妃選考三回目(4)
『』内は西の大国の言語だと思ってお読みください。
『こんにちは。おひとりですか?』
ルイーズが最初に声をかけたのは、所在なさげな表情でグラスを傾ける中年の女性だった。
カナリヤイエローが一部差し色として入っている落ち着いたドレスを召したその女性は、西の大国の言語で話しかけられたことに少し驚きつつ、うっすら笑顔を見せる。
『ええ。夫と来たのだけれど、夫が友人と話し込んでいるものだから……。失礼ですが、あなたは?』
『失礼いたしました、私ローレン侯爵家のルイーズと申します』
『まあ、じゃあもしかして、あなた妃選考というものの候補者かしら?』
『恥ずかしながら』
ルイーズがうなずき答えると、女性は楽しそうに笑った。
『いいわねえ。こちらの国では、王族の婚約者は生まれてすぐ決められてしまうから、味気ないものだわ。もし私もそちらの国に生まれて若かったら、きっと選考に参加していたわね』
茶目っ気のある発言をする女性に、ルイーズもおかしくなって小さく笑い声をあげる。
それと同時に、女性のお腹がぐう、と音を立てた。
『実はお昼から何も食べていないの。こちらの国は初めてで、料理の食べ方がよくわからなくて……』
恥ずかしそうに笑って首をすくめながら言う女性に、ルイーズは提案する。
『それでしたら、よろしければ私がご案内します。一緒にいかがですか?』
『まあ、いいの?ぜひご一緒したいわ』
喜ぶ女性の表情にルイーズも嬉しくなりながら、一緒に料理の並べられたテーブルへと向かった。
しばらくしてルイーズと女性が楽しく話しながら料理をつまんでいるところに、ひげの生えた恰幅の良い男性が近づいてくる。
女性はその男性に手を振りながらルイーズに言った。
『夫です。迎えに来たみたい』
『よかった!ご主人と引き続きパーティーを楽しんでください』
『ありがとう。あなたと話すのもとても楽しかったわ』
女性はルイーズに飛び切りの笑顔を見せて、夫である男性と去って行った。
ルイーズが一安心しながらふと横を見ると、料理を目の前にして食べ方がわからず、困惑した様子の初老の男性が目に入る。
(さっきの女性と同じ悩みかしら。私たちの国と西の大国は、隣り合っているのに食文化がかなり違うものね……)
ルイーズは小さくかがむようにしながら、男性に声をかけた。
西の大国のマナーとして、女性から男性に声をかけるときは低い位置から話しかけなければならないのだ。
『こんにちは。もしよろしければお手伝いいたしましょうか?』
男性はルイーズの言葉に、ほっとしたような笑顔をみせて答えた。
『お嬢さん、ありがとう。実はとても困っていたところです』
『この食材は、そちらの国にはありませんものね。どうぞ』
『おお、とてもおいしそうだ。いただきます』
ルイーズが料理を切り分けて差し出すと、男性はうやうやしく受け取って料理を口にする。
それからびっくりしたような顔になって言った。
『これは、見た目は全然違うのに、ジュリーの実と同じ味がしますな』
『ジュリーの実というのは、そちらの国の北の地方で取れる果実でしょうか?私は口にしたことがないのですが』
『そうです、そうです!そこはわたしの故郷でね。懐かしい味だ』
ルイーズと男性は、そのまま男性の故郷の話に花を咲かせる。
『北の地方といえば染め物が有名ですね。私、あの染め物が大好きで、いくつかハンカチにして持っております』
『おお、そうですか!わたしの友人の家業が染め物で、わたしも幼い頃たまに友人の手伝いに付き合って染め物をしたものです。実はジュリーの実から染料を作ることもあるんですよ』
『それは素敵です!私はリリコの葉を使った染め物しか存じ上げませんでした』
『お嬢さん、よくご存じですなあ。うちの国の人間でも、染料にまで詳しい人間はそこまで多くないというのに』
男性は感心したように何度もうなずく。
それから二人はおしゃべりを続け、男性の食事が終わるころに別れた。
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その後も、ルイーズは一人で過ごしている人や困っていそうな人に声をかけ続けた。
そしてそれが一段落した頃、ひと息つくために周りを見渡してみる。
すると、遠くでテオフィルが妃選考に参加するライバルの令嬢たちに囲まれているのが目に入った。
(彼女たち、きっと話す相手がいなくて暇なのね……)
会うのが最後になるかもしれないからか、テオフィルにべたべたと触りながら話しかける令嬢を見ていると、もやもやしてなんだかどっと疲れを感じる。
(駄目だわ、いったん休憩しよう……)
ルイーズは近くにあったグラスを手に取ると、大広間の一角にあるテラスから一人外に出て行った。




