妃選考三回目(2)
ブリジットが現れたのを見て、すかさず彼女の脇を取り巻きの令嬢たちが固める。
入ってきた瞬間こそ恐ろしい表情をしていたブリジットだったが、今はもう読めない笑顔を浮かべていた。
「ブリジット様、とても美しいですわ!」
「間違いなく会場中で一番の麗しさですわね」
取り巻きたちがさかんに褒め称えるブリジットのドレスは、たしかにとても美しい。
上から下へ薄い水色から濃いターコイズブルーのグラデーションになっているそのドレスは、全体に宝石がちりばめられていて光が当たるたびにきらきらと輝く。
さらにその形は胸元が大きく開いたマーメイドラインとなっていて、ブリジットのスタイルの良さを際立たせていた。
ブリジットは騒ぎ立てる取り巻きたちを制するようにして、ルイーズたちの方へ近づいてきた。
「ごきげんよう、皆さま。素晴らしい夜ね」
「ごきげんよう。とても豪華なドレスですね」
ルイーズたちを代表して、カサンドラが返事をする。
ブリジットはふふっと妖艶に笑うと、わざとらしく首をかしげて見せた。
「あら?ジュリエットさん、もしかしてドレスコードをお忘れ?お忙しかったのかしら」
彼女の含みのある言い方に、カサンドラも何か気づいたようで顔をゆがめる。
しかし対するジュリエットは相変わらず余裕の笑顔を浮かべていた。
「忘れていたわけではないのですが、なぜかどのお店でもターコイズブルーの生地が売り切れていて用意できませんでしたの」
「まあ、それは残念ね。準備を始めるのが遅すぎたのではなくて?」
「そんなつもりはなかったんですけれど」
内心を隠して上品な笑顔を浮かべながら会話する二人を、ルイーズは複雑な気持ちで見つめた。
(きっとジュリエットは、自分があえて罠にかかることでブリジットの溜飲が少しでも下がるようにしてくれたんだわ……でもどうして)
自分だって、何かしらの理由があってこの妃選考に参加したはずなのに。
こんなことで、失格になってよいのだろうか?
ルイーズがもやもやと考えているうちにジュリエットとの会話を終えたブリジットは、今度はルイーズの方へ向き直る。
「それに比べて、ルイーズさんはとても素敵なドレスね。妹さんがドレスを用意できていないのに、自分だけそんな素敵なドレスを用意するだなんてなんだか冷たいこと」
「ええ、まあ。……ブリジット嬢こそ、よくそんな立派なドレスを準備できましたね?ここ周辺のお店は、すべてターコイズブルーの生地を切らしていたというのに」
悔しい気持ちを隠して、ルイーズはブリジットにかまをかける。しかし、ブリジットがそれにかかるはずもなかった。
「私はクラルティ領の方から取り寄せましたの。間に合ってよかったわ」
そうしてもう一度ジュリエットの方に目を向けると、勝ち誇ったように笑う。
「ジュリエットさん、残念ですがきっとあなたはここまでね。せいぜい最後の選考を楽しんで」
ブリジットはそう言い捨てると、取り巻きを引き連れてルイーズ達の前から立ち去った。
ブリジットが去ってから、カサンドラが絞り出すような声をあげた。
「なにあれ?!最低じゃない!?これ、執務官に報告すべきだと思うんだけど」
「駄目よ、何も彼女がやったという証拠がないわ。下手に言い立てると、こっちが妨害行為をしているとみなされてしまう」
ルイーズはカサンドラの背中をさすって落ち着かせるようにそう言うと、ジュリエットの方を向いた。
「ジュジュ……どうして盾になってくれたの?」
しかし、ジュリエットが微笑んで何か言いかけたところで、執務官が三回目の選考の始まりを告げるためにこの部屋へやってきてしまった。
「皆さんすでにお集まりですね。ではさっそく今回の選考を始めましょう。すでにお気づきの方も中にはいらっしゃるとは思いますが、今夜の選考では西の大国との交流パーティーに参加していただきます」
そこで執務官は言葉を切り、令嬢たちの装いを確認するように一人一人へと目を向ける。
手首にリボンを巻くことができている令嬢は半分くらいで、残りの令嬢は手袋をつけたり長袖のドレスを身に着けたりしていた。
間違えた令嬢たちは、恥じ入るように執務官から目をそらす。
執務官はまさかジュリエットがドレスコードを守れていないとは思わなかったのか、ジュリエットに目を向けたところで一瞬驚いたような顔をしたが、すぐにいつもの表情に戻って言葉を続けた。
「もちろんもう選考は始まっています。こちらが送った手紙から全てを読み取れなかった方……つまり、手首にリボンを巻けていない方は、減点対象となります。……それから、こちらが指定したドレスコードを守れていない方も」
最後の言葉は当然ジュリエットのことだろう。
ルイーズは悔しい気持ちでジュリエットを盗み見るが、その表情からは何も読み取れなかった。
「今夜のパーティーのゲストは、あちらの国の王族の方々と、国境付近の貴族の方々、それとこちらの国に滞在中の大使です。あちらの国には一応これが妃選考の一環であることをすでにお伝え済みなので、万が一何か失礼があっても許してもらえるとは思いますが、粗相のないようおもてなしをお願いしますね」
執務官の言葉によって、令嬢たちの間にピリッと緊張が走る。
西の大国との交流パーティーだと読み取れなかったのであろう、手袋をつけた令嬢は、すでに泣き出しそうな顔をしていた。
執務官は少しだけ表情を和らげて、さらに続けた。
「ちなみに、こちらはあなた方にとっての朗報になるかと思いますが……今晩こちらの王族の代表として出席予定だった国王が体調不良のため、急きょテオフィル殿下が今夜のパーティーに出席することとなりました」
「えっ」
「うそ……」
その知らせに、令嬢たちは喜色をあらわにする。しかし、なだめるように執務官は彼女たちを見回した。
「で、す、が。あくまで、テオフィル殿下は国王の代理として参加するだけであって、殿下との交流は、今回の選考に関係ありません。今回の選考でみるのはあくまでも西の国の方々との交流です。くれぐれもその意味をはきちがえないようにお願いしますね」
「はい……」
圧をかけるかのような執務官の様子に、興奮していた令嬢たちはすぐに小さくなった。
そんな彼女たちを見て満足そうに執務官は笑顔を浮かべる。
「わかっていただけてよかったです。それでは最後に、今回の選考であなた方のお手伝いをする私の補佐官を紹介させていただきます。アラン、トマ、ダニエル。こちらへ」
執務官に呼ばれて三人の男性が前に出る。
アランは赤髪、トマは金髪、ダニエルは黒髪で、三人ともあまり特徴のない顔をしていた。
「この三人が常に会場に控えておりますので、何かありましたらこの三人にお申し付けくださいね。何か質問はございますか?」
首を横に振る令嬢たちに、執務官はにっこり笑って言った。
「よろしい。それではさっそく参りましょうか」




