決意
ルイーズの参加表明に、マクシムもジュリエットも驚きを隠さず目を見開いた。
今回の妃選考を主催する人物であるテオフィル王太子は、ルイーズの幼馴染だ。
最近会っている様子がないとはいえ、家族の目からみても二人はとても仲が良かった。
それだけ聞けばルイーズが参加することは変な話ではなさそうに思えるが、ルイーズはとにかく恋愛に興味がなかった。これまでのルイーズの18年の人生で、浮いた話など一度もない。
そのため、二人ともルイーズは勉強を理由に断ると思っていたのだ。
「ほ、本当か?ルル。これは強制ではないんだぞ……?」
「はい、お父様。私は私の意思で、参加したいと思っています」
「しかし……」
難しい顔で考え込むマクシムに、それまで黙っていたジュリエットが口を開く。
「お父様。それではわたくしも選考に参加致しますわ」
「なんだと?ジュリエット、お前まで…」
マクシムは眉を寄せてジュリエットを見つめる。
しかし、ジュリエットの目からは何も読み取れず、やがてマクシムは諦めたようにため息をついた。
「わかった。お前たちの意向は城の方へ伝えておく。……参加は悪いことではない。我がローレン家から王妃が誕生すれば、それはとても名誉なことだ。二人とも、真剣に臨むように」
「わかりました」
「用事はこれだけだ。もうさがっていい」
父の言葉に、ルイーズとジュリエットの二人は部屋をあとにした。
父の書斎を退出し、ルイーズはしばらくジュリエットと並んで歩く。
二人ともしばらく黙っていたが、書斎が遠くなったところでジュリエットが口を開いた。
「ルルお姉様、本当によろしいんですの?もし妃に選ばれたら、もう取り消すことはできませんわ」
「もちろんよ、ジュジュ。それに、それを言ったらあなただって……」
正直、ルイーズはジュリエットまで参加を申し出るのは予想外だった。
ジュリエットは現在国の最高研究機関で医学の研究を行なっている。その最高研究機関に入るだけでも狭き門だが、さらに中でも数人しか選ばれない研究チームに選ばれ、日々忙しく過ごしていることをルイーズは知っていた。
ジュリエットは困ったように少しだけ笑って言った。
「まあ、数日でしたら休暇が取れるでしょう。なんといっても、テオお兄様のお妃選考ですから」
ジュリエットがテオお兄様、と呼ぶのはつまり、テオフィル殿下のことだ。
ジュリエットは更にルイーズを射抜くように見つめて言葉を続けた。
「ルルお姉様が参加するなら、わたくしも参加しないわけには参りません」
なんだか強い決意のようなものを感じて、ルイーズは少し怯む。
(……もしかしたら、ジュリエットはテオのことがずっと好きだったのかしら……?)
しかし、それを聞いて、「そうだ」と答えをもらってしまったら自分の決意が揺らぐ。
そう、ルイーズは決意していた。
今回の妃選考で必ず選ばれてみせよう、と。
今までどんな分野にも選んでもらえなかった自分の、これが最後のチャンスであるように思えたのだ。
ここで妃に選ばれたら、自分も何か特別なものを持っていたと思えるんじゃないか、と。
だからジュリエットの真意を聞くことはできなかった。
ジュリエットは黙っているルイーズを見て、少しだけため息をついてから薄く微笑んで言った。
「きっと、テオお兄様もルルお姉様が参加なさること、喜びますわ。お会いするのも久しぶりでしょう?」
「ええ、そうね。テオはきっと驚くでしょうね」
テオフィルとルイーズの出会いは12年前にさかのぼる。
ルイーズが6歳の頃、あまりにもルイーズが勉強をせがむため、「もっと良い環境で勉強を」と父がプライベートで親交のある王に頼み込み、結果王太子であるテオフィルと同じ教育が受けさせてもらえることになった。
その教育の場でテオフィルとルイーズは仲良くなったのである。
テオフィルと一緒に過ごしたのは7年くらいだっただろうか。
テオフィルの王になるための教育や仕事が忙しくなったあたりから会えなくなってしまい、結局王城でのテオフィルとの勉強はそのあたりで終わってしまったが、テオフィルと過ごした時間はルイーズにとって良い思い出となっていた。
それから一度も会えないままルイーズは18歳に、テオフィルは19歳になった。
ルイーズは今回の妃選考に際して、自分を試したいという本来の目的がありつつもどこかでまたテオフィルに会えるのを楽しみにもしていた。
今日初めて見せたルイーズの柔らかい表情に、ジュリエットは目を細める。
そして一歩ルイーズに歩み寄り、手を差し出した。
「がんばりましょうね、お姉様。わたくしはこれから研究所に行かなければならないので、そろそろ失礼いたします」
「ええ。いってらっしゃい、ジュジュ」
ルイーズは差し出されたジュリエットの手を握り、離す。
そうしてジュリエットが去って行くのをしばらくそのまま眺めていた。