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お茶会後、図書室にて


「……テオフィル殿下?大丈夫ですか?」

「すまない、聞いていなかった。どうした?」

「この書類なのですが――」


 お茶会の場から自身の王太子としての仕事に戻ったテオフィルだったが、先ほどのことを思い返すとなかなか仕事に身が入らない。


 ルイーズときちんと話ができたことは、それほどまでにテオフィルを浮かれさせた。


(ルルは、やはりあの頃と全く変わっていなかった。相変わらずかわいくて、賢くて、思慮深い……)


 また思考が仕事から逸れていっていることに自身で気づき、これではいけない、とテオフィルはおもむろに立ち上がる。


「殿下?どうなさいました?」

「頭を切り替えてくる。悪いが別の仕事を進めていてくれ」


 突然立ち上がったテオフィルに驚いて尋ねてきた部下にそう返し、テオフィルはマントを羽織りながら執務室を後にした。



 執務室を出たテオフィルが向かった先は、王城の図書室だ。

 ここはルイーズとも昔よく一緒に過ごした場所だった。


(思い出が多すぎるからしばらく遠ざかっていたが……)


 図書室の重厚な扉を開け、中に入る。開けた瞬間少し埃くさい図書室特有の本の香りが鼻をついた。

 

 突然開かれた扉に図書室の管理人である老人が驚いて振り向く。

 しかし入ってきたのがテオフィルだと気付くと、丸い眼鏡をかけたその顔に人懐こい笑顔を浮かべた。


「これは、テオフィル殿下。ここにいらっしゃるのは久しぶりですな」

「ああ、モロー殿。いつも世話になっている」

「なんの、なんの。ご自身でいらっしゃるとは、何かありましたか?」


 テオフィルは図書館から足が遠ざかってから、必要な本はすべて部下に取りに行かせていた。

 数年ぶりに現れたテオフィルにも気さくに話してくれるモローに少しほっとしながら、テオフィルは言葉を返す。


「あったといえば、あった。……奥の席を使ってもいいだろうか?」

「もちろんですとも」


 この図書館の奥の席は、ルイーズといつも使っていた場所だ。

 日光が本棚に遮られないそこは、日当たりがよくて二人のお気に入りの席だった。

 

 モローは何か察したように嬉しそうににこにこしていたが、特に何か聞いてくることはない。

 テオフィルはそんなモローの気遣いに感謝しつつ、奥の席へと向かった。


 机の前で一度止まり、いつも座っていた席の椅子を引いて座る。


(……あの頃よりずいぶん小さく感じられる)


 ルイーズも、そして自分も、一緒に過ごしていたころから比べたら随分成長した。


 かわいらしかったルイーズは綺麗と形容する方がふさわしくなったし、自分もかなり背が伸びたと思う。


 テオフィルは、心の中で成長をとめていた恋心も、再び形を変えて動き出すのを強く感じていた。

 ルイーズのことはずっと大好きだったが、どこか子供が持つような初心(うぶ)な想いだったことは確かだ。

 それが、今女性として成長したルイーズに会ったことによって、もっと別の、劣情さえ伴うような生々しい気持ちに変化してきている。

 それをテオフィルは、戸惑うことなくすんなり受け止めた。


(やっぱり、俺はどうしたってルルが好きなんだ……)


 妃選考なんて中止にして、今すぐルイーズに求婚したいが、そんな無責任なことはできなかった。

 国の名前を使ってこの選考を始めてしまった以上、この国の上に立つものとしてテオフィルにはこの選考を公平に的確に終わらせる責任がある。


 最初の選考でも、ルイーズを選んだのは、もちろん好きだからなのも理由だが、なにより最初に話しかけてきたルイーズの勇気と度胸を評価したからだ。

 また、ローレン家の今までの功績も大きい。そのためジュリエットも一回目の選考を通過した。


(そしてブリジット嬢……。彼女は一回目の選考では一度も姿を見なかったから顔と名前が一致しなかったが、クラルティ伯の功績を買わないわけにはいかなかった)


 そう、ブリジットが一回目の選考を通過できたのは、ひとえに家の功績のおかげだった。つまりブリジットの作戦は無意味だったわけだが、それをブリジットは知る由もない。


(まさかあんな強烈な令嬢だとは思わなかった……)


 ブリジットの他者に攻撃的な姿に、テオフィルは頭を悩ませる。

 しかしなまじ二回目の彼女の選考結果が優秀だっただけに、下手に落とすわけにもいかなかった。


(……きっと、ルルは最後まで残ってくれる。だから俺は、ルルに好きになってもらえるようにがんばるだけだ)


 テオフィルには、誰よりルイーズを信じているのは自分だ、という自信があった。

 誰より近くで、休まず勉強に励むルイーズを見てきたから。

 そのことを再確認したくて、ここに来た。


 心が少し落ち着いたテオフィルは、仕事を再開するために静かに立ち上がり、モローにお礼を告げて歩き出した。


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