始まりはある日の知らせ
ある晴れた日の昼下がり。
春がきて、花々が色とりどりの色彩を庭一面にみせる頃、突然その知らせはやってきた。
「近々、テオフィル王太子殿下の妃選考が行われることが決まった。ルル、ジュジュ、お前たち二人ともその選考の参加候補だ」
父のその言葉は、ルルことルイーズの胸に複雑な思いを抱かせた。
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その日、ルイーズは日当たりの良い窓辺で歴史の勉強をしていた。
ルイーズの趣味は勉強だ。小さい時から彼女が机に向かわない日はなかった。
学んでも学んでも、知らないことがでてくる。学べば学ぶほど、わからないことが増えていく。
彼女の学ぶ姿勢は、何かに追い立てられているかのようにも見えた。
そんな彼女の集中を、突然のノック音が遮った。
彼女は本にうずめていた顔をあげ、「はい」と返事をする。
ドアを開け、入ってきたのは父の執事だった。
「ルイーズお嬢様。マクシム様がお呼びです」
「今行きます」
父の執事が直接やってきたということは、かなり急ぎの用事なのだろう。
ルイーズは持っていた本を置いて立ち上がり、執事と連れ立って父の書斎へと向かった。
「失礼致します」
ノックをして声をかけ、書斎に入る。
そこには父の他に、妹のジュリエットの姿があった。
マクシムは、娘たち二人を交互に見ると、少し優しい顔をして座るようにうながし、言った。
「突然すまなかったな。実は、さきほど王城から知らせが届いた。――」
そして告げられたのが、冒頭の言葉である。
妃選考とは、この国で代々行われている王太子の婚約者の選定行事で、最終的に選ばれたものが未来の王妃となる。
諸事情で幼いころから婚約者が決まっている王太子だったり、近隣諸国との関係強化のために他国の姫を輿入れさせなければならない王太子の時代には行われないときもあったが、ほとんどの場合王太子が結婚適齢期になるころに3ヶ月ほどの期間をかけて行われてきた。
その候補となるのは国内でも爵位の高い家の16歳から20歳までの令嬢で、4回の選考を通して王妃の器たる知性・教養・品格・社交性を持っているかが試されるため、たとえ最後に選ばれなくても、最終選考まで残れば国内外から引く手あまたの求婚を受けるとの噂だ。
ルイーズとジュリエットが何か言う前に、マクシムは言葉を続けた。
「もちろん、断ってもらってもかまわない。私はお前たちの考えを尊重したい。さて、ルル、ジュジュ、お前たちはどうしたい?」
父の問いかけにルイーズはごくりと一度唾を飲み込む。
そして、はっきりした声で答えた。
「ぜひ、選考に参加させてください」
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ルイーズはここローレン侯爵家の三女として生まれた。
ローレン侯爵家は代々優秀な人材を輩出してきた家柄で、父も、二人の姉も、妹のジュリエットも、例にもれず何かしら突出した才能を持っていた。
そんな家族のなかで、他家から嫁いできた母を除いて、ルイーズだけが何もなかった。
何をやってもある程度はできるけれど、ある程度までしかできない。
多種多彩な才能をもつ人間の揃うローレン侯爵家のなかで、ルイーズはまさに平凡だった。
だからといって、両親はルイーズを他の姉妹たちと差別したりはしない。
「ルル、いつもがんばっているね」という言葉はもらっても、「お前はこの家の恥だ」なんて言葉は一度ももらったことはない。
それが逆にルイーズには苦しかった。
二人の姉が生まれた後は、本当は父は男の子が欲しかったことも知っている。
数年前、この家で働くメイドたちがそう噂していたのを偶然聞いてしまった。
ルイーズのさらに下には妹のジュリエットがいるが、ジュリエットは四人の姉妹の中で一番優秀で美しい。
ルイーズは、“ローレン侯爵家始まって以来の傑物”と評判のジュリエットが羨ましかった。
だから、ルイーズは必死に勉強した。
どんな分野でも幅広く、あらゆることに興味をもって学んだ。
どこかに自分の才能が埋まっているんじゃないかと信じて。
しかし、それはどこにも見つけられなかった。
学んだことはきっと無駄にはならないし、勉強はいまや趣味のようなものにまでなってしまっている。
でも、自分は何のために勉強し続けているんだろう。
いつからかそんなこともぼんやり考えるようになっていた。