第2話 脱獄計画
「単刀直入に言わせて貰うが…お主らは全員、人体実験によって殺される手筈となっておる」
久礼との面談の後、時間が押しているからと、一度に四人と面談を開始したエルカ。
集められた流刑囚の四人にとっては、その発言は目を背けたくなるような現実であった。
「よいか、お主らは罪人じゃ。生殺与奪権はこちらにある。そしてこの研究所の実質トップはミスヴァルディア王国の王女、ドエスナ…鬼畜喰らいのドエスナと言った方が分かりやすいかのぉ?つまり、お主らの生殺与奪権は、鬼畜喰らいのドエスナに握られておると言う事じゃ!」
鬼畜喰らいのドエスナ。それは近隣諸国にまで悪名を轟かせる、ミスヴァルディア王国の若き指導者。
国王は病床に伏せており、十年ほど前に国の舵取りをドエスナが握る様になってからは、国の空気が一変。ミスヴァルディア王国は独裁者による圧政によって、統治される事になるのだった。
天候不良による食糧難に陥った年、国民からの陳情に対してドエスナは「パンが無ければパ○パンを食べればいい」と、国内のロリを国外へと奴隷として輸出。食糧難は解消されたが、その非人道的な政策に誰もが恐れ慄き、畏怖する事に。
また、ある時は大規模な治水工事を提案し、その働き手として老若男女問わず、国民を強制召集。更には貴族までもが同様に治水工事へと強制召集。
ドエスナにとって王族以外とは、皆平等であり同格だと言わんばかりの提案。気位の高い貴族達にとって、これほどの屈辱は無いであろう。
泥に塗れて肉体労働へと励む貴族達の不満は、日に日に募るばかりであった。
こうした傍若無人な態度をとるドエスナに対してクーデターの兆しが見え始めると、王女直属の親衛隊が首謀者とその一派を迅速に武力制圧。
そしてドエスナの悪名を不動のものとする「鬼畜喰らい事件」が、街の中心にある中央広場にて始まるのであった。
クーデターの首謀者とその一派、およそ百余名が一つの檻に入れられ、中央広場にて見せしめとして晒される。勿論、それだけでは無い。
檻の前に建てられた立札には『食料を与えた者には死罪』の文字が。そう、ドエスナがクーデターを企てた者に対して行ったのは、三ヶ月間の禁固刑。それも食事抜き。
そんな状況下で「三ヶ月間、見事禁固刑を全う出来た人を無罪放免とする!」と宣言し、周囲を驚かせた。
三ヶ月間、檻の中に閉じ込められて食事抜き。食料を与える者には死罪。
それが何を意味するものなのか、捕らえられた者達にはすぐに理解できた。まさに鬼畜の所業と言わざるを得ない処罰だ、と…。
一週間としないうちに檻の中では餓死者が出始め…その死体を生き残った者が喰らい始めた。
そう、それこそ三ヶ月間の食事抜き禁固刑の意味するところ。
中央広間に漂う死臭と腐臭。檻に近寄る者はおらず、遠巻きにてその鬼畜の所業を見守るしかなかった。
そして三ヶ月が経ち、生き残った者は百余名から僅かに五名のみ。死臭に塗れ、必死に生き延びた五名。その満身創痍の五名に対してドエスナが放った言葉が…。
「私は『生き残った人』と言ったのだ!人を喰らい生き延びる者など、鬼畜の所業!この鬼畜共が!天に代わって裁かれるがイイ!」
…そう言い放ち、生き残った者もまた、ドエスナの裁きによって処刑。
その時、誰もが思ったのだ。「この者達が鬼畜ならば、それ以上の鬼畜の王女は何なのか?」と。
この事件が後に「鬼畜喰らい事件」と呼ばれ、そして「鬼畜喰らいのドエスナ」の名を不動のものとするのであった。
さて、そんな悪名高い鬼畜喰らいのドエスナに、生殺与奪権を握られた流刑囚達。生きた心地などする筈も無い。
元々、流刑囚などは鉱山や炭鉱などの鉱夫として働かされるのが一般的だ。鎖に繋がれ、落盤の危険の中、一生を終えるのだ。
しかし、鉱夫ならばそこから逃げ出して自由の身になる者や、恩赦によって解放される者がいる。
そう、本来であれば僅かばかりの希望があるのだ。ドエスナに生殺与奪権さえ、握られていなければ。
突き付けられた現実に悲観する流刑囚達。そこにエルカが話を持ちかけた。
「鬼畜喰らいの王女に生殺与奪権を握られているお主らは鬼畜…いや、家畜か?この鬼畜以下の家畜という現状…そこから脱却したいと思う者はおらぬか?」
エルカが声を潜めて、流刑囚達に問いかける。顔を見合わせる流刑囚達。え?もしかして逃してくれるのかと、色めき立つ。
「あの…ひょっとして、逃してくれるんですか?」
一人の流刑囚が囁くと、エルカはニコリと笑って己の腕に装着された腕輪を見せつける。
「これが何か分かるか?これは『魔封じの腕輪』じゃ。魔力を封じて魔法を使えなくするマジックアイテム。それを二個も付けられ、ワシは無理矢理ここで働かされているのじゃ。家族を人質に取られてな」
エルカは自身の現状を流刑囚達に語った。二年前に家族を人質にとられ、無理矢理働かされていること。闇魔法の使い手でありながら、魔力を封じられて抵抗が出来ないこと。そして流刑囚の阿鼻叫喚に苛まれ、逃げ出したい…と、いうことを。
話を聞き終えた流刑囚四人に対し、エルカは脱獄の提案を持ちかけた。
「今回、九人の流刑囚が連れてこられたが…その中でもお主達四人ならば、何とか脱獄が可能かも知れぬ。まあ、残りの五人には残念だが、お主達四人の脱獄の為の犠牲になって貰うがな」
目の前にいる四人だけでも助けたいと思うエルカは、五人を犠牲に脱獄を提案。
「じゃが、五人の犠牲によってワシとお主ら四人が逃亡出来れば…隣国に非人道的な研究を明るみにし、外交手段によって研究の凍結も可能かも知れぬ。どうじゃ?今後の犠牲者を無くすためにも、お主らの命を…ワシに預けてみてはくれぬか?」
エルカの持ちかけた話に拒否権は無かった。今月中には実験体として爆死が予定されている流刑囚達が生き残るには、この話に乗るしかないのだから。
四人の承諾を得たエルカは、脱獄計画の詳細については後日話すとして、四人の流刑囚を地下牢へと見送った。
そして別室にて待機させていた残りの流刑囚、四人を呼び出して尋問が始まった。先ほどと同じ様に人体実験によって殺される予定だ、と。そして…。
「鬼畜喰らいの王女に生殺与奪権を握られているお主らは鬼畜…いや、家畜か?この鬼畜以下の家畜という現状…そこから脱却したいと思う者はおらぬか?」
エルカはもう一組の流刑囚四人にも、同じ質問をした。そう、残りの五人を犠牲にしての脱獄計画だと、同じ様に持ちかけたのだ。
…つまり、四人一組の脱獄組を二組作り、その二組に別々に脱獄計画を持ちかけ、その隙にエルカが逃げ出す為の計画を実行する手筈なのだ。
流刑囚全員を囮にしての、エルカのみの脱獄計画。それが真の計画の全容であった。
因みに久礼はどちらの脱獄計画にも不参加である。本物の馬鹿が参加しようものなら、計画に支障をきたすのは目に見えている故の、エルカの英断であった。
◆
八人の流刑囚に脱獄計画を持ちかけてから数日後、エルカは久礼と二人で話をしていた。
「明日はいよいよ実験が開始される。久礼よ、覚悟はいいか?」
エルカが真剣な顔で問い掛けるが、久礼は相変わらずマヌケな顔をして応対する。
「はい!頑張ります!」
…自分が置かれている現状を未だに理解していない。仕方なく、エルカはそれとなく説明をする。
「よいか、久礼よ。田舎者のお主は知らぬかも知れないが、世の中には『七大厄災』と呼ばれ人に仇を成す、大いなる厄災が存在する。そのうちの一つが負のエネルギーの集合体、カオスドラゴンだ。二、三百年間に一度、世界中のあらゆる負のエネルギーを吸収、蓄積して目覚める最恐のドラゴンだ。体長はおよそ二百メートル。その化け物の討伐こそ、実験の目的。その意味が理解できるか?」
エルカの問いに再び元気良く答える。
「はい!頑張ります!」
…やはり、何も分かっていない。だが、その無邪気な笑顔がエルカを苦しめる。
明日の実験で、いよいよ脱獄計画が実行される。流刑囚を見捨てて、自分だけが助かる脱獄計画が。
その脱獄計画によって久礼がどうなるかは分からない。囮にすら利用していないので、エルカにとっても全く先が見えないのだ。
だが、放っておけば死ぬ事はだけは間違い無いだろう。こんな馬鹿を助けようとする奇特な者など、この研究所には存在しないのだから。
負のエネルギーの権化であるカオスドラゴン。そこから瘴気を抜き取り、人間の体内に取り込むのが人体実験の全容。
勿論、その様な実験が成功することなど、到底あり得ない。
強大なるカオスドラゴンの負のエネルギーを、矮小なる人間の体内に取り込んだところで、瘴気が暴走して肉体が内側より爆破。
今までの人体実験では、その繰り返しだった。
だが、今回の脱獄計画は流刑囚を囮にし、眠れるカオスドラゴンを強制的に目覚めさせて混乱を起こす予定だ。
久礼が人体実験によって死なずとも、暴れるカオスドラゴンによって死亡する可能性は高い。
エルカが助けなければ、おそらく久礼は死ぬ。だが、助ければエルカの脱獄計画の成功率は低下する。
思い悩むエルカ。と、そこに予期せぬ来訪者が訪れた。
「失礼する。どうだね?研究の成果は」
ノックの後にドアが開き、部屋に入って来たのは今、一番来て欲しくない来訪者であるドエスナ王女。そしてその横に付き従うのは側近の親衛隊隊長、女騎士のカナリエムだ。
綿密に計画された脱獄計画に、本格的な暗雲がたちこめるのであった。