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第1話 エルカと久礼



「これが今回の被験体だ」


 看守が連れてきた九人の流刑囚。その経歴を記した書類を客員教授のエルカが受け取ると、顔をしかめながらも目を通す。



 ミスヴァルディア王国、王立魔道研究所の客員教授エルカは、褐色の肌に無数のシワが刻み込まれた三百歳を超えるダークエルフだ。

 『漆黒金剛石(カーボナード)のエルカ』の異名を持つ、闇魔法の老練家(スペシャリスト)であるエルカは、二年程前にその実力を買われて客員教授に抜擢されたのだが、当初はこれを拒否。


 拒否した理由は三つ。その内の一つが、他の国から先に仕事のオファーがあったこと。二つ目が非常に危険の伴う研究だったこと。

 そして三つ目がミスヴァルディア王国の悪名…いや、国のトップである王女の悪名が知れ渡っていたからである。


 故に客員教授は辞退すると申し出たのだが、拒否したところでそれを認めるようであれば、悪名など轟く訳がない。

 エルカは故郷にいる家族を人質に取られ、強制的に王国へと連れてこられると、無理矢理に研究員として働かされる事になった。


 そう、人体実験と言う…(おおやけ)にする事の出来ない、非人道的な研究に携わる研究員として…。




 研究所に連れてこられてから早二年。エルカのストレスは限界に近づいていた。やりたくもない人体実験を強制されているのだ。ストレスが溜まらない訳がない。


 エルカは闇魔法の使い手とは言え、無闇矢鱈に殺生をする趣味など持ち合わせてはいない。にも拘らずの人体実験。

 被験体の阿鼻叫喚が、いつまでも耳に残る。


 それでも二年間、人体実験を続けられたのは被験体が罪人である事による、罪の意識の軽減があったからだろう。

 当初は身元不明の孤児などを犠牲にするのが研究所の方針。それに異議を唱えて、エルカが罪人による人体実験を提案。

 これによって無辜の孤児による犠牲者が無くなったのは、せめてもの救いと言えよう。


 とは言え、人体実験を続ける事には限界を感じていた。罪人とは言え、身体の内側からエネルギーの暴発で爆死する様を、間近で観察するのだ。それも自身の研究結果として。

 とても耐えられるものでは無い。



 日に日に被験体となる罪人の数が増えていく。先月までは一ヶ月に十人程の被験者数であったが、今月は既に二回目の被験体が運び込まれている。一回目の八人と合わせれば、今月だけで十七人に。来月は更に増える見込みだ。



 そうして運び込まれた流刑囚、九人の前でエルカが挨拶を始めた。


「ようこそ、流刑囚の諸君。ワシがお主らの面倒を見る事になったエルカじゃ。見ての通り、ダークエルフの老婆…非力が故、ワシが暴力を振るう様な事はせぬから安心せい。じゃからお主らもワシに暴力を振るう様な事だけは、せぬ様にな」


 挨拶をするエルカ。優しく微笑むが、殆どの者が警戒心を解く事は無い。

 この部屋に通されるまでに見てきた、拷問部屋や血生臭い監禁部屋。これから始まる己の危機に、相手が老婆だからと言って警戒を解く事など、まずあり得ないのだ。


 そう、ただ一人を除いて…。


「ふむ…今回も中々の粒揃いじゃのう。放火に窃盗、詐欺師にスリ。よくもまあ、これだけの罪人を集めたものじゃ」


 流刑囚の書類に記された名前と罪状を見て、溜息混じりに呟くエルカ。しかし、ペラペラとめくる書類の束の最後に目をやると、その手をピタリと止める。




 羽賀(はが) 久礼(くれい)


 年齢:19歳


 罪状:馬鹿




 罪状に『放火』や『窃盗』と書かれた流刑囚の中に、一人だけ『馬鹿』と書かれた者がいる。二年間、研究所にて多くの罪人を見てきたエルカではあったが、罪状が『馬鹿』と記されているのは初めてである。


「おい、この羽賀 久礼と申す者は?」


 エルカに呼ばれて手を挙げたのは、九人の流刑囚の中で唯一、警戒心を持たずにマヌケな顔をしている若者であった。


 流刑囚の中で一人だけ場違いな空気を漂わせる久礼。只者ならぬ男…と、言うよりも馬鹿者なる男と言ったところだろう。

 何故か罪状が『馬鹿』と書かれていても、納得のいく顔立ちと佇まい。故にエルカの興味を引いた。


「ではこれより個人面談を開始する。久礼よ、お主からじゃ。他の者は看守の指示に従い、各自の部屋にて呼ばれるまで待機を。久礼よ、お主はそこに座るがよい」


 そう指示されると、久礼は素直にテーブルのある椅子に腰掛けた。そして対峙する様にエルカも椅子に腰掛ける。


「では、まず名前と年齢じゃが…羽賀 久礼19歳に相違無いな?」


「はい、先日19歳になったばかりの羽賀 久礼です!」


 自分の置かれている現状を理解していないのか、久礼は元気良く返事をした。

 そんな久礼の態度に眉をひそめながらも、エルカは話を進める。


「さて、お主の経歴についてなのじゃがな…この罪状、馬鹿と言うのは一体どう言った事情から記されたのじゃ?」


「え?罪状?馬鹿?それって何の事?」


 キョトンとする久礼に、エルカもキョトンとしてしまう。


「いや、お主…自分の置かれている現状を理解しておらぬのか?今、お主は、流刑囚として、ここに連れて来られたのじゃぞ⁉︎」


「え?何で?僕は何も悪い事なんかしてないよ?」


 …何かがおかしい。話が噛み合わない。


 そこでエルカは順を追って話を聞いてみた。


「久礼よ、お主の出身は?」


「はい、ジプアングの紐手山(ひもてやま)にある紐手村の出身です!そこで農家を営んでました!」


「ふむ…ジプアング出身じゃが、サムライでは無いと。で、何が故に農家の(せがれ)がこの様な場所に連れて来られたのじゃ?」


「えっと…まず、僕は農家の三男坊でして、家を継げるのが長男の架礼(かれい)兄さん何ですよ。次男の喜礼(きれい)兄さんは同じ村の娘っ子のトコに婿入りして、残った僕も婿入りをと思ったのですが…生憎と小さな村で、結婚相手が見つからなかったんですよ」


 小さな村だからでは無く、久礼が女にモテないから相手が見つからなかったのではないのかと、そう思ったエルカであったが…話しの腰を折るのもどうかと思い、そのまま黙って話を聞いた。


「結婚相手が見つからなくて途方に暮れましたが…それでも自分は諦めませんでした!そう、(みやこ)に出向いて職探しと嫁探し、同時に行おうと決意したんです!」


「成る程。故郷に居場所が無くなり、都会に出れば自分の居場所を見つけられると思った訳じゃな?」


「はい、その通りです!都で一旗揚げようと出立(しゅったつ)する時、村人が総出で見送りをしてくれましたから!自慢じゃないですが、本当に村の皆からも期待されてたんですよ!特に普段、見向きもしてくれない村の女の子達が、満面の笑みを浮かべて僕の出立に手を振ってくれましたから!これは何としてでも結果を残して故郷に錦を飾らんと、意気込みも新たに都へと上京したんです!」


「それはお主が村から出ていってくれるから、喜んで手を振っていたのでは…いや、まあいい。それで?都に着いてからはどうしたのじゃ?」


「それが…田舎者の自分には都の事など右も左も分からずじまいでして。都に着いたまでは良かったのですが、その後どうしたものかと思い悩んでいたんですよ。でも、渡る世間に鬼はなしって言いましてね!道端で佇んでいると、とても親切な方が心配して、話し掛けて来てくれたんですよ!」


「ほう。どこの国にもお節介なお人好しは居るものじゃのぉ。それで?」


「そこで出会った…権兵衛さんって方が、親切にモテる秘訣を教えてくれたんですよ!」


「何やら悪い予感がし始めて来たが…それから?」


「権兵衛さんが言うには、大陸に行くと若い男を求める『まだむ』なる方が多数存在すると。更に、とても勇敢なる『まだむ』は若い男にお金を払って凄い気持ちイイ事をしてくれると、夢の様な話をしてくれたんです!」


「……」


「そこで僕は思ったんです!ああ、これこそ僕の天職であり、天命なんだと!」


「…おい」


「でも、大陸に渡るには沢山のお金と手続きが必要だって権兵衛さんが。田舎から出て来た僕にはそんな費用を出せるわけが無いし、無理だって話したら俺に任せろって、権兵衛さんが!」


「ちょっと待て、それは…」


「その後は権兵衛さんの指示に従って、有り金全部と(ふんどし)以外の身に付けているもの、全てを預けて大陸に渡って来れたんです!いや〜本当に大陸に渡れるとは!流石は権兵衛さんです!感謝してもしきれません!一生の恩人です!」


「ちょっと待てと言っておるだろうに!お主、ここまで来て騙されてる事に気が付いておらぬのか⁉︎」


「え?誰が?誰に?騙されてるの?」


「お主が!権兵衛にじゃ!」


「僕が?権兵衛さんに?」


「そうじゃ!」


「あ、もしかして…権兵衛さん、若い頃にモテてたって話の事?そりゃ権兵衛さんを見たら、若い頃にモテてたって話を信じる人は少ないかも知れませんが…でも、僕は信じてますよ!だってほら、権兵衛さんって優しくって話が上手いじゃないですか?」


「違う!いや、そもそも権兵衛がモテてたかどうかなど、ワシが知る由も無いじゃろうが!」


「え?それじゃあ騙してたってのは…」


「お主…そんなんだから、罪状に馬鹿などと書かれるのじゃぞ?いいか、よく聞け…お主は…嵌められたのじゃ!」


「は、嵌められたの⁉︎」


「そうじゃ、嵌められたのじゃ!」


「ハメに来たのに…いつの間にか嵌められたの?」


「くだらない事をぬかすな!いいか、お主は、罪を犯していないにも拘らず、だ!お金を払って罪人になり、流刑囚として大陸に売り飛ばされたのじゃ!そんなお主を見て『罪状:馬鹿』と書かずにはいられなかったのじゃろう!今頃、ジプアングで高笑いをしておるところであろうな、権兵衛の奴は!」


「そっか、権兵衛さん…喜んでくれてるのか!」


「自分を騙した奴を喜ばせてどうする!本物の馬鹿か、お主は⁉︎」


「でも大陸に渡る渡航費用の百両を、有り金全部合わせても五両にも満たないのに、残りの金額を工面してくれた権兵衛さんに文句は言えないですよ」


「おお…本物の馬鹿であったか…何で権兵衛が残りの渡航費用を工面したと思うのじゃ?お主は流刑囚として島流しに…つまり、大陸の奴隷商に奴隷として売り飛ばされたのじゃ!それなら渡航費用など存在せぬではないか!奴隷売買に費用の負担は組み込まれているのじゃからのぉ。権兵衛が金を出す必要など、どこにも有りはしないのじゃぞ⁉︎」


「つまり…お互いにウィンウィンな関係に?」


「違う!どう言ったら分かるのじゃ!お主は騙されて売り飛ばされた!なら売り飛ばされたその先に、お主の求めている『勇敢なるまだむ』が存在するとでも思うのか⁉︎」


「ま、まさか…『まだむ』はここに居ないの⁉︎」


「居るか!ここは研究所でお主は実験の被験体!お主の言っている有閑マダムなど、居る訳が無かろうに!そんな事よりも、お主は自分の心配をせい!」


「じゃあ…どこに行けば『まだむ』に…」


「筋金入りか⁉︎筋金入りの馬鹿なのか!もう、お主に自由など無いのじゃ!これからお主は被験体として、死ぬまで実験の道具として使い潰されるのじゃ!泣いても、叫んでも、誰も助けてはくれぬ!何故、分からぬ⁉︎褌一丁で両腕を縄で縛られて…その状況が何を意味するのか、考えた事は無いのか⁉︎」


「え?それは『まだむ』が若い男を縛るのが趣味だから、今のうちに慣れておけって権兵衛さんが…」




「…もうイイ…お主の事はよく分かった…面談は終わりじゃ」



 短い時間の中で、久礼という男の本質を理解したエルカ。看守に命じて久礼を地下牢へと送らせると、頭を抱えて机に伏せ込んだ。


「なんじゃ、あの馬鹿は…罪の無き者を殺さなくてはならないワシの立場を少しは考えよ…いや、これから沢山の無辜の民を殺さなければならぬのじゃ…たった一人の馬鹿の死に動じてどうする…うむ、死んで当然の者が死ぬだけじゃ…そう、人間なんぞ死んで当然…そうで無ければエルフの里にも被害が…人間の自業自得に、ワシが責任を背負う必要など…」



 エルカはブツブツと、必死に言い訳の弁を自身に言い聞かせ、気を取り直すと残り八人の面談を再開するのであった。



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