白雪姫編-6
凛子は蒸しパンが入っていたアルミカップを名残りおしそうに見ていた。アルミカップに蒸しパンが少し付いている。さすがにアルミカップを舐めたりはしなかったが、そうしそうな雰囲気はある。
「ごめんなさい。このノート持っていました」
凛子はとうとう観念して、持っていたトートバッグの中から愛人ノートを出し、頭を下げた。
文花は紅茶を啜りながら、しょげた様子の凛子を見ていた。
「どう言う事だ?」
向井は全く気を緩まず質問を続けた。文花が丸くて可愛らしい蒸しパンのフォルムを見ていると、そんな気が失せそうで、気を引き締めて凛子を見つめる。
「実は、トモちんと一緒にこのノートを使って脅してたんです」
「トモちん?」
トモちんとは、坂井智香の事だと説明された。こも口ぶりでは、智香と凛子は親しいようだ。
凛子の話はこうだ。
家に来て頻発に過去の不倫をバラすと涼子を脅す智香の存在は知っていた。もともと涼子と折り合いの悪い凛子は、鬼のように脅す智香に好感をもち、親しくなった。お互いに友達がいない事や韓国アイドルのファンという共通点で盛り上がり、親しくなるのにそう時間はかからなかった。
ある日、二人とも好きだった韓国アイドルの引退コンサートが開かれる事になるが、プラチナチケット化してどうしても入手できない。何十万円で転売されていて困っていた。
そんな時、智香はあの愛人ノートを持ってきた。どこから入手してきたかは不明だが、不貞の証拠が揃っている。ノートの中で脅されたら困るものをピックアップし、金銭を二人で強請っていた。主に計画を立てるのは智香で実行犯は凛子だった。
文花の推理はほぼ当たっていた。二人とも韓国アイドルファンで、その為にお金を強請っていた事は予想していなかったが。
「それは分かったが、どうして私の所に来たの?」
「それは…。あの週刊誌の報道を見て怖くなったんです」
「本当か?智香が死んだ事について何か知ってるんだろ、さあ、吐け!」
向井が怖がらせると、凛子は口をつぐんだ。
文花は向井を廊下まで引っ張り出して、言った。
「向井さん、仕事は? 帰った方がいいんじゃない?」
「そうは言ってもアイツを問い詰めないと」
「あの子、怖がってるみたい。北風と太陽じゃないけど、脅しても話さないんじゃない? あの様子だと」
向井はそう言っても納得いかないようだった。普段、浮気調査ばかりやっている向井が殺人事件に関わる事ができて少し興奮しているのだろう。
「まあ、とりあえず今日は帰って。蒸しパン全部あげるから」
文花が作ったチョコや抹茶、ほうじ茶の蒸しパンを箱いっぱいあげると、向井は渋々帰っていった。
こうして家には文花と凛子だけが残された。夫のあの様子だと家に帰ってくる可能性は低いだろう。凛子が事件について何か知っているのは間違いないようだ。慌てて問い詰めて心を頑なにされるより、じっくりと心を開かせた方が良いだろう。眠っている白雪姫の目を覚ますのは、王子様のキスだけでは無いはずだ。
「ねえ、ちょっと頼みがあるんだけど、手伝ってくれない?」
文花はエプロンを凛子に渡した。
「え?」
「これから蒸しパン作るんだけど、手伝って欲しいのよ。手伝ってくれたら、いくつでも食べて良いから」
その言葉に凛子は目を輝かせた。




