ドケチ少女小説編集者編-2
文花は不倫相手・智香を調べる必要はなかった。
智香は四十一人目の愛人だった。おそらく復縁してしまったのだろう。
書斎に閉じこもり、愛人の情報をまとめた愛人ノートを読み返していた。
このノートは、夫がミステリを描く為に離れに置いてあったが、「もう必要ない」と夫からつき返された。
『愛人No.41
坂本智香。50歳、独身。夜出版の漫画・少女小説編集者。
神奈川県出身。東京都在住。難関大学T大出身のキャリアウーマン。
かつて人気アニメ「名探偵⭐︎クリスティ!」の原作の担当編集者だった事もあるが、出世にはあまり恵まれず、いくつかの少女漫画雑誌の編集部を渡り歩いた後、現在は少女小説レーベルの副編集長。
韓国アイドルと韓国ドラマヲタク。他、台湾や日本のアイドルのおっかけもしていて常に金欠状態。ドケチ。お金がないので美容は手抜きで歳より老けて見えるが、夫とは節約ネタで意気投合。金銭感覚が一致。
SNSでは意識高い系で左翼発言も目立つ。フェミニズム思想も強い。韓国語講座に大金を支払っていたが挫折してものになっていない。
実家も貧乏で、同級生の弱みを握り脅して金を貰っていた。地頭は良い女だから警戒』
智香は浅山ミイと競えるぐらい極悪女だ。同レベルと言っていい。
この女は実際に略奪しようとしていた。夫とは金銭感覚があい、夫も智香と結婚したいと言わしめるほど。歳も同年代だし、金銭感覚以外でも食の好みなど気が合う所も多いようだった。
ただ、智香は浅山ミイのように影で嫌がらせをする事はなく、堂々と家までやってきた。全く悪びれず、「あなたの旦那さんを下さい」とのたまった。
さすがの夫もそんな智香に引いていた。
もちろんそんな要求は許せる訳がない。文花は頑固として智香の要求は突っぱねた。
するとどうだろう。
智香の態度は豹変。
夫が過去に不倫した女優との写真を持ち出して脅してきた。女優との不倫は週刊誌にはバレずにすんでいたのに。その写真をネタに金を要求してきた。
このネタの出元はどう考えても文花の愛人ノートと証拠写真のデータだ。智香が文花以上に夫の愛人を調べられずはずもない。週刊誌記者が何かかぎつけて女優との写真を持っていた可能性みあるが、智香と週刊誌記者と接触している形跡はなかった。
智香は自宅に勝手に侵入して、愛人ノートの情報や写真のデータを盗んだのだろう。スキだらけの夫から自宅の鍵を盗み、合鍵を作る事も可能だろうし、文花だって引きこもりではないので外出する事はある。その隙に愛人ノートを盗み見て、写真のデータを盗む事は不可能ではない。その可能性の方がとても高い。
自分の調査の結果が愛人に悪用されたのなら文花は余計に智香を許す事ができなかった。
さすがの夫も智香の行動に恐ろしくなり、別れた。
家の鍵も全部付け替えた。不倫された側であるのに、理不尽な事にこちらばかりお金がかかった。
ただ、夫は智香の脅しには屈せず、ご自由に週刊誌にでも売れば良いと堂々としていた。
智香もケチだったが、夫も相当なケチだった。不安定な作家という仕事にヒット作を出しても金銭的不安が夫には常にあった。衣食住も金かける事に興味がなく、文花が健康の為に取り寄せる無農薬野菜や無添加調味料などにも眉を顰めているぐらいだった。
それに週刊誌に醜聞が載っても、さほどダメージが無い事も知っていたのだろう。夫は作品さえ面白かったら、人柄は多めに見てもらえる。芸能人の様にイメージに縛られる事はない。スポンサーがいるわけでもない。
昔も週刊誌にゲス不倫が載って炎上した事があったが、かえって本が売れてしまい、夫は何のダメージを受けていなかった。ダメージを受けたのは、人々にある事ない事言われた文花だけと言って良かっただろう。
ミイの事件では殺人犯扱いされるかもしれないので、醜聞が載るのを小心者らしく恐れていた。流石に殺人犯扱いされるのは、夫もダメージを受けるだろう。
智香の脅しに屈して払う額と、週刊誌に載る売名行為のどちらが、利益があるか。
夫は頭の中でそろばんを叩いたのに違いない。頭に悪い小心者のくせにお金の計算ではよく頭が回る。
結局、智香は女優との不倫を週刊誌に売らなかった。なぜ売らなかったは不明だが、脅しも同時にやめた。夫によればあまりにも毅然と脅しにNOを突きつけたので、心が折れたんだろうと分析していた。
夫は智香は金銭感覚が合う女だと未練はあるようではあった。次の愛人も書店で知り合った貧乏臭いシングルマザーだった。顔つきもどことなく智香に似ている幸薄い顔の女だった。
今更なぜ智香と再び不倫?
文花は再び、智香を詳しく調べる事に決めた。まずはあの男に事情を聞いたら良いかもしれない。