脅しと呪い編-5
「は? 蒸しパン?」
数也は、蒸しパンを見て面食らっていた。この話題の流れから蒸しパンは場違いだったかもしれない
「私、あなたにお礼が言いたいの」
「は? お礼?」
「週刊誌のインタビューに答えてくれてありがとう。お陰でちょっと話題になって、夫の本に重版がかかったの。あと、涼子に変な占いを吹き込んでくれてありがとうね。あれでさすがの夫もドン引きして、涼子との付き合いをやめたから。あなた、私の幸運を運ぶ人物?」
長々と礼を述べると、数也は明らかに不快な表情を示した。一瞬だったが、口元が歪め、いかにも文句を言いたそうな顔をしていた。文花はその表情の意味が分からず、疑問に思うだけだった。
数也は蒸しパンには目もくれずピンク色のハーブティーをすすっていた。
「ところで私を霊視したんですってね。結果はどう?」
「もう一度、ご本人を目の前に霊視してみますよ」
数也はウンウン唸りながら、文花を見つめた。指をくるくると動かしたり、手のひらを上下させている。占いに興味のない文花は過剰なパフォーマンスにしか見えず、しらけるばかりだった。むしろこの茶番のようなパフォーマンスを信じられる涼子はすごいのではないかと思うぐらいだった。
「見えました」
「どうだった?」
文花は冷めた口調で言う。
「あなた、前世は魔女ね。まるで白雪姫の魔女みたいに毒林檎で数々の女性を呪っていてた。今もその影響がある。だから不倫される」
「ふーん」
興味がない話題なので、眠気が襲ってくる。仕方がないので蒸しパンを食べ、気を紛らわせる事にした。
いくら前世だからといって身の覚えがない事だ。記憶すら無い。そんな事を持ち出して「不倫されるのが悪い」だなんて理不尽にも程がある。ブスだから不倫されるのだと夫の姉もよく言っていたが、それ以上におかしな考えだ。そんな事を言われても努力の仕様がない。本人の力で改善出来ない事で脅してくるなんて、詐欺の類にしか見えない。こんな馬鹿馬鹿しい発想は聞く価値すら無い。無視でいいだろう。
「ちょっと聞いてる?」
「聞いてますよ。で、魔女だから何なの?」
「前も言ったけど、その呪い返しがやってくる。もう、そろそろだ。今は幸せかもしれないが、もう手遅れかもしれない」
「ふーん」
話を聞きながら数也なりにスピリチュアル風に脅しているのだろうと察した。目的は定かではないが、おそらく何十万円もする壺やパワーストーンを売りつける為だろう。占い師というより詐欺師では無いだろうか。まあ占い師なんてもともと詐欺師みたいなものだが。
不倫されていて不幸な状況にある妻という立場は、数也にとって絶好のお客様なのだろう。夫はケチとはいえ、ヒット作は一応出しているので金が無いわけでもない。占い師からすれば自分は良いターゲットだと思う。
夫の数々の不倫のせいですっかりメンタルが鍛えられてしまった文花は、いくら占い師に脅されても全く怖くなかった。そもそも占いやスピリチュアルも全く信じていない。不倫も全肯定しているスピリチュアルにどこに魅力があるのだろうか。ミイの事件でも占い師・桜村糖子がニセモノである事がはっきりしている事の影響も大きいだろう。
「このままのしていると地獄行きだ」
「で、私はどうすれば良いの?お高い壺やパワーストーン、それから先祖参りや神社参拝でもすれば良い?」
蒸しパンをちぎり、口に入れてもぐもぐと咀嚼する。自分で作ったものなので、さほど美味しくは感じなかったが、一定のリズムで咀嚼しているとだんだん頭が冷えてくる。
結局スピリチュアルは本人が改善できない目に見えない不思議なものを使って脅して、占い師に頼るように誘導される。マッチポンプ商売だ。馬鹿馬鹿しくて仕方がない。こんな下らないものを信じる人の気が知れなかった。
「いや、それはいい」
「え?」
拍子抜けした。この流れではてっきり、壺やパワーストーンの営業に持っていくとばかり思っていた。
「とにかく大人しくしていなさい。家事をして、騒がず家にいなさい」
そういえない前回会った時も大人しくしている事を命令された。どうも不自然だ。文花の頭の中で何かが引っかかっていた。
「え、いやよ」
「なぜ?」
「夫の事が心配なの。夫に巻き込まれた事件を調べて、また話題になりたいのよねぇ」
文花はうっすらと数也に笑ってみせた。数也は不快な表情などは全くみせず、文花と全く同じ表情をした。
「地獄に落ちるよ」
笑いながら脅されたが、文花の気持ちは全く動じなかった。




