ドケチ少女小説編集者編-1
最初の違和感は、夫が執筆のためにプレハブの離れに籠るようになった事だった。
あの事件以来、夫はいくら仕事があっても一日中離れに籠る事はせず、夜には家の方に戻って眠るようになった。
しかし最近、再び離れにこもるようになり、ついに昔のように家の方に戻らなくなった。
二つ目の異変は、頻繁に出版社に足を運ぶようになったこと。出版社といっても常盤がいる昼出版ではない。もう一つ取引がある夜出版に足を運んでいるようだった。
夜出版でもミステリの企画は通らず渋々恋愛小説を書くことになったようだ。昼出版に比べると夜出版での出版実績は少なく、文花もあまり関わりがなかった。メンヘラ地雷女という悪評もほとんど広まっていないはずだ。
週刊誌やセクシーな小説や漫画が屋台骨になっている出版社で、夜出版で夫が描くものも濡場が含まれるものも多かった。
ただ古い体質の会社なのか、理由はよくわからないが、編集者は男ばかりで担当編集者と不倫に至る可能性は低かった。その点、文花も安心していて、不倫の文句をつけに言った事は今まで一回しか無い。夫の恋愛小説がコミック化した時に漫画編集者と不倫に至った事があったが。
文花は夜出版の事はノーマークで油断していた面もあった。
嫌な予感が胸をしめ、結局夫がいない間離れの中を漁る事に決めた。
夫が夜出版に出かけたのを確認すると、忍び足で離れに侵入。
夫は執筆に専念している時は、文花がこうして私物や仕事道具を漁っている事に気づかないが、今はそうでもない。なるべくモノを動かさないように気をつけながら、夫の仕事用の机を確認する。
そこには新作プロットと進行表が貼られていた。どうも夜出版用に恋愛小説を先に執筆しているらしい。
次回作は未亡人の女性と青年のラブストーリーらしい。あんなゲスい男でも書くものは美しい。夫の不倫はさておき、新作は楽しみだ。
未亡人も青年もごく普通の会社員という設定らしく、今はまだ特に取材先は決めていないようだ。取材先で女と知り合った可能性は低そうだ。
机の周りには、落書きを書いて丸めた付箋やチラシの裏が散らばっている。夫はお金を使えない小心者なので、チラシの裏も大事にとってメモ帳代わりにしている。全くケチ臭いったらない。メモ帳ぐらい買えばいいのに。
しかしそのチラシの裏を一枚、一枚チェックしていくと、文花の顔は真っ白になった。
チラシの裏にはとんでもない事が書いてあった。
『智香は可愛い、愛おしい』
『智香はなんていい女。メンヘラ地雷女の文花ちゃんと大違い!』
『智香と結婚したい…』
智香ですって!?
文花はバレるリスクをすっかり忘れ、チラシの裏を指でビリビリに引き裂いた。