殺人事件編-5
もう十月を半ば過ぎたというのに蒸し暑く、九段下駅に着くとじっとりと汗ばんだ。
「それにしても愛人ノートはどこにあるのかしらねぇ」
「おそらくあのドケチ編集者が持ってる可能性が高いだろう」
向井の推測と文花の意見は一致していた。
なるべく浮かれた恋人同士に見えるようにくっついて歩く。向井のタバコ臭さが鼻について仕方がない。思わず顔を顰めるが、彼は全く気にしていないようだ。
夜出版の前にあるカフェに入り、智香が出てくるのを待つ。
「智香が愛人ノートを盗んでいるとしたら、女優の秋野涼子、セレブ妻の佐野杏子、アイドルの七絵、結婚間近の滝沢を脅してる可能性があるんだけど、どう思います?向井さん」
「うーん」
しばらく向井は腕を組み、考え込んでいた。
「智香は地元で脅してお金取っていたのよ。そっちの被害者も多いと思います。愛人ノートを使えば脅ししようと思えば出来ると思うのよねぇ」
「うーん。それもアリだが、一人でできるか?」
「そうなよねぇ。いくらドケチ女でも、脅しはリスクがある犯罪行為ですし。下手したら返り討ちにあう」
二人で考えてみたが、答えは出なかった。
「まあ、今、脅されて一番困るのは女優の秋野涼子ね」
「そういえばあの日向久美子の代役が秋野涼子に決まったんだよな」
日向久美子も女優で好感度が高いが、先日若手俳優との不倫が報道された。もともと優等生的な演技派女優だったが、この件でイメージダウンが必須だった。
決まっていたドラマのヒロインの母親役も降板となり、急遽秋野涼子に決まった。ドラマスタッフは、秋野涼子も恋愛小説家とゲス不倫をしていた事など知らないのだろう。不倫降板の代役が、不倫女だとはなんという皮肉だろう。
しかも秋野涼子のブログを見ると、パワーストーンのおかげかも知れないと降って湧いた幸運を喜んでいた。相変わらず占い脳のようで、今だに佐々木数也という占い師も信頼しているようだ。その事も報道されていないが、人気女優の裏面を知ってしまった文花と向井は苦笑する他ない。
「あ、智香が出てきたわ」
「オッケー、行こう!」
二人は腕を組み、恋人のフリをしながら、智香の背中を追った。




