薄汚い中年不倫カップル編-6
文花はその後、夫と智香は頻繁に尾行をしたが、指一本触れずに純愛不倫という矛盾しきった関係を楽しんでいるようだった。
決定的な不倫の証拠は一枚もあげられていない。逢瀬の写真はあるが、ただ見つめあってファミレスのドリンクバーや牛丼屋、ファストフードにいるだけだった。仕事の打ち合わせをしていると押し通されたら、不倫とは言えるか微妙なところだった。その上、智香の万引きの証拠も抑えられなかった。相変わらずドケチではあるが、決定的な万引きの証拠もない。
頼りの探偵の向井は、ハワイでバカンス中だし、常盤が全く頼りにならない。それどころか『愛人探偵』が返品の山だとか聞きたくないニュースまで耳に入れてくる始末。
夫の担当編集者でもある町田からも連絡がきた。声は半分笑っていてた。
「そうですか。不倫の決定的な証拠なかったんですね〜」
明らかに小馬鹿にしているのが伝わってきて、文花は顔を顰める。
「しかし今回の先生の純愛小説は傑作ですよ。これは売れる。きっと坂井のおかげだろう」
そんな事まで言って明らかに文花を挑発してきた。
「そんな事はどうでも良いでしょ」
文花は冷ややかな声で怒りを滲ませ、電話を切った。
そこへ夫が離れからやってきた。寝癖をつけ、だらしない格好だった。表情もいつもに増してだらしなく、目は死んでいる。
「腹減ったよ。なんかない? ハンバーグとか」
文花はため息をついて、食事の支度をした。当然ハンバーグなど夫好みのメニューなど出すわけない。
昨日作って置いたご飯とカボチャの煮物をあたため、玉子と豆苗の炒め物をさっと作って出した。文花なりの節約メニューである。豆苗は二回、三回再生できるので、根に水をつけてキッチンの窓辺に置いてある。昼の日差しを浴びて、心なしか豆苗も元気に見えた。
夫は不満げ顔で、ボソボソと食べ始めた。
「この卵は、平飼いのいいやつよ。美味しくないの?」
「いや、僕はそんな食に意識高くないし、どうでもいいから。業務スーパーか100円ローソンでももっと安い卵売ってるだろ」
カボチャにも箸をつけているが、ちっとも美味しそうにしていない。無添加の瓶入りの醤油やみりんで味付けしたが、夫は砂でも噛んでいるかのような表情だった。
料理の作りがいがない。
ミイの事件後、一緒に食事する事は多くなったが、相変わらず文花の作る料理は口に合わないようだった。たまにピザやクッキーを作ってやると喜んで口に入れているが、基本的に文花が作るような意識が高い健康的な和食は好きではない。文花が夫のために執着した結果がこの料理というのもどっと夫の気分を重くした。
「卵は一体いくらしたわけ?」
「500円ぐらいだったから。オーガニックのお店で」
「無駄遣い!」
夫はハッキリと言った。
不倫も腹に据えかねるが、こうして料理や材料費に文句をつけられる事も文花を苛立たせた。夫とは金銭感覚がやっぱり合わないようだ。
「智香さんと飲んだドリンクバーや牛丼は美味しかった? 添加物たっぷりのコスパ重視で愛も栄養もないジャンクフードは美味しかった?」
夫はチッと舌打ちを打つ。
この様子では文花に不倫が悟られた事に全く気づいていないようだった。
「あんなコスパ重視のお店はダメよ。目先の利益に飛びついて、結局、将来的に私達が働く場所なくなるんじゃないの。実際今の世の中、質の良いおじいちゃんやおばあちゃんがやってる店が潰れてブラック企業だらけ」
「だからって文花ちゃんの料理が美味しくなるわけじゃないしな〜。本当、意識高すぎて美味しくない!」
「作った本人の目の前でいう事かしら? よっぽど、毒まみれのドリンバーや牛丼が美味しかったのね」
文花はわざと笑って見せた。怒りで作った嘘くさい笑顔だったが、夫はそれに気づくことがなかった。
「文花ちゃんこそ企業努力で作ったものを毒まみれなんて言うモンじゃない」
「それはそうだけど…」
「僕は智香と別れないさ。どんなに文花ちゃんに馬鹿にされてもね。我々はピュアな恋愛なんだよ」
「何言ってるの? 薄汚い中年不倫カップルが」
馬鹿馬鹿しいのにも程がある。
夫の頭の中では、さぞ美しいカップルの設定になっているようだが、見た目も性格も根性も悪い薄汚い中年不倫カップルだった。
おそらく仕事に役立つイマジネーションは高まっているのかもしれないが、現在進行形で妻を傷つける行為だとは思っていないらしい。肉体関係がなければ許されると思っているらしい。夫は芸の肥やしだと全く罪悪感は持っていないようである。
「うるさい。我々はピュアで真剣なんだ」
そう言って夫は再びどこかへ行ってしまった。
どうやら夫の頭の中では大量にお花が咲き乱れているようだ。薄汚い中年不倫カップルである事が客観的に見えないようだった。
文花はため息をつき、今後の戦略を考えた。とりあえず、尾行は一旦やめておこう。




