薄汚い中年不倫カップル編-5
二人は昼出版のある飯田橋駅から九段下のほうへ歩いていた。手も繋がず、微妙な距離を取って歩いているが、時々熱い視線を交わしている。
文花たちの距離からは会話が聞こえないが、何かを話しているのはわかる。親密と言えばそうだが、傍目から見れば不倫カップルかはどうかは微妙な所だったら。
夫と智香は歳も近いし、一見同僚同士か、上司部下の関係にしか見えない。髪の傷んだ様子や、体型がどことなくだらしない雰囲気も似ていて、二人が並んでいると違和感がない。兄弟にも見える。
文花と夫が並んでいると、夫婦に見られることが少なく、親戚同士だと誤解されることが多かった。歳も離れてるし、だらしない雰囲気の夫と芯の強そうな雰囲気の文花ではあまり共通点があるようには見えなかったようだ。お似合いの夫婦だと言われた事も一度もなく、文花の実家の両親もこの結婚にいい顔はしていなかった。
二人は、しばらく歩いたのち、ファミレスの入店した。文花と常盤も時間をずらして入店し、二人のテーブルが死角になる席を選んで座った。
店内は意外と広く、バレるリスクは低そうで常盤はホッと胸を撫で下ろしている。文花と常盤はとりあえず軽めのコーヒーゼリーやフレンチフライを注文した。
二人はドリンクバーを注文したようで、キャッキャとはしゃぎながらコーラや野菜ジュースをガブガブ飲んでいた。案の定智香も夫もコーヒークリームやシロップ、ストローや紙ナプキンを余分に拝借している。智香はともかく、身内である夫がこの有様で恥ずかしくて仕方がない。常盤もさすがに呆れていた。
「それにしてもファミレスでデートってアリですかね?」
「知らない。私は、あの人とにデートはさすがにファミレスは無かったけど」
しかしデート中にあれだけはしゃいだ夫は見たことがない。
単なるドケチでドリンクバーを楽しんでいるのか、智香と一緒にいるからそうなのか判断がつかない。とりあえず愛人ノートに彼らの様子を書きつけた。
二人は本当にドリンクバーだけで二時間近く粘っていた。使用済みのグラスを片付ける店員の目が厳しいが、夫も智香も全く無視。何かを話し込んでいる。文花より常盤の方が耳がいいのか、彼らの会話をよく聞いていた。
「何話してた?」
「なんか創作論みたいのに熱中してますね…。読者の心の掴み方など…」
「他に不倫っぽい会話は?」
すると二人の笑い声が聞こえた。人目をはばからず、二人は大声で話始めていたので、文花の耳にも届く。
「いや、うちの文花ちゃんは本当にメンヘラで、メイクも手抜きのブスでさぁ。料理も下手じゃないけど、ヘルシーすぎてクソ不味い。ははは。うん、彼女モデルにした『愛人探偵』は打ち切りさ。とんだサゲマンだよ」
この場で夫の頬を叩いてやりたかったが、奥歯を噛み締め我慢する。すっかり鬼の形相と化した文花がただただ恐ろしく、常盤は微動だにせず二人の様子を見ていた。
「そうなのね! 私とた方が良い純愛小説が書けるわ!」
「そうだ。智香はアゲマンだ!」
サゲマンだ、アゲマンだという下品なワードに文花はさらに怒りで震えるが、どうにか理性で抑え込む。
「文花さん、大丈夫ですか?」
「大丈夫なもんですか。もとはといえば、『愛人探偵』が打ち切ったのが問題だったのよ」
「それについては謝りますから」
いくら常盤に慰められても文花の気持ちはおさまる事はなかった。
二人はたっぷりドリンクバーを楽しんだ後、そのまま智香の家に向かった。智香の家に入る瞬間を写真に収めれば、少なくとも不倫の証拠は抑えられる。夫と不倫相手に侮辱された事には腹に怒りがたまるが、せめて不倫の証拠がおさえられれば溜飲は下がる。
町田に証拠を叩きつけ、智香をさらに社内のお荷物部署に移動させる事も可能だ。
しかし文花の予想は裏切られた。
夫は智香の家に入らず、マンションのエントランスの前で熱っぽく見つめ合うだけだった。
「今はまだ文花ちゃんと結婚しているからね。ごめんよ、智香」
その謝罪は、妻ではなく、智香に向けたもので文花の腹はさらに怒りが満ちて行く。
「わかってるわぁ。奥さんがいるんですもの。我慢する」
まるで文花は悪役だ。しかも悪役のおかげで二人は余計に盛り上がっているようだ。熱っぽく見つめ合い、悲劇のヒーローやヒロインのように目に涙まで浮かべている。
「馬鹿らしい。薄汚い中年不倫男女がなに純愛を気取っているのかしら」
文花のその言葉はとても冷ややかで、常盤の肝も冷やすのに十分だった。他人事ながらこんな嫁がいるのに堂々と不倫を繰り返す田辺の神経は実は太いのではないかと常盤は思った。
「そうねぇ。『愛人探偵』の打ち切りが巨悪の根源だわ……」
それを言われると常盤は何も言えず、励ましの言葉も何一つ浮かばなかった。本当に『愛人探偵』を打ち切った事を後悔した。




