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最愛なる猛毒、致死量の慈愛。  作者: 悦司ぎぐ
【第九章】 月の枷
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57  『救出』




 百香の目論見どおり、その後彼女が記者に付き纏われたり、週刊誌に取り上げられるような事はなかった。状況から察するに、今のところ普通科の生徒たちにも広まってはいない。


 しかし、特進ではそうはいかなかった。

 今やクラス内での百香の立場は、最悪だ。


 判り易いいじめとは違い、クラスメイトの誰もが彼女と距離を置いた。軽蔑だったり畏怖だったり、何かしらの異質として遠巻きに眺めつつも、そこに『桂木(かつらぎ)百香(ももか)』なんて人間は存在しないかのように、無視に徹したのだ。


 百香も、その扱いに準じた。


 むりに友人たちの輪に入り込もうともせず、理不尽な扱いに怒りも悲しみも見せず、自分に原因があると認めるかのように、孤立者に徹した。

 そして僕と雨宮さえ、一切寄せ付けなくなった。




 誤報の日、僕と百香が非常階段でもめていた頃に登校してきた雨宮は、僕と同じように、クラスメイトから一連の報せを受け、しまいにはこんな『助言』も貰ったらしい。



 “殺人犯の身内だって 雨宮さんも気をつけなよ”



 しかし雨宮はそんな助言を無下に、教室に戻ってきた百香へ声をかけた。

「桂木、おはよ。」

 百香はそれに応えなかった。


 それは休み時間でも、昼休みでも、放課後でも同じだった。

 雨宮が近づこうとするものならば、百香は逃げるように姿をくらます。そして授業が始まるぎりぎりで、教室に戻る。終礼が鳴り次第、一目散に逃げてゆく。着信にはでない。メッセージには返信しない。


「超感じ悪くない?」

 百香の雨宮に対する態度について、全く関係の無い女子生徒が聞こえる音量で呟き、それに賛同した別の女子生徒が、「ねー。雨宮さん。」と、賛同に雨宮を巻き込もうとしたけれど、雨宮は雨宮で、彼女たちを無視していた。



 翌日から、雨宮は再び孤立者となった。百香は、新しい孤立者となった。そして僕もまた、孤立者に戻りつつある。

 三人とも、クラスでの扱いはそれぞれ違うけれど、孤立者として、ばらばらになった。






「で、どうする気よ、あんたは、」


 騒動から翌々日、僕と雨宮は久しぶりに映写室に集合した。正確には、集合、じゃなくて、居合わせた、のだけど。お互い孤立者に戻って、お互い以前の行動にでた結果だ。

「どうする……たって、」

 本を開きながら素っ気なく質問してくる雨宮に、僕は真剣に向き合うべきか、適当にふざけるか、対応に悩んだ。少なくとも後者を選んだら、それこそクズだけど。


「俺だってどうにかしてーよ。」

「だったらさっさと行動に移しなさいよ、クズ。」

 どちらにしてもクズ認定は受けてしまった。ぐうの音も出ない。


「悠長なこと、言ってられないみたいよ?」


 口調だけは素っ気ないまま、雨宮はどこか険しい目つきでスマホ画面を向けてきた。もう何度も見た、あのスレッドだ。見飽きたくらいなのに、また心臓が止まりそうになる。スレッド内の続報に、百香の新たな画像が載せられていたのだ。


「明らかな盗撮よ。しかも、教室での物ばっかり。……桂木のこと、まだ普通科には広まってないんでしょ? つまり、」


 雨宮の冷静な見解は、盗撮してネットに上げている人物が、クラスメイトの中に存在することを示唆していた。



「ずいぶん楽しんでるみたいね、あいつら。」



 声に宿る軽蔑の影は、クラスメイトが百香に向けるものなんかより、ずっとずっと濃かった。

 雨宮のことばに後押しされるかのように、僕は躊躇うことなく、百香へのメッセージ画面を開いた。



「一応言っておくけど、早まるんじゃないわよ。」

「心配ご無用。わかってるって。」



 僕らは彼らに心底軽蔑しながら、おそらく、憤りも携えながらも、いつもの調子で会話を交わした。きっと考えていることは、同じだったから。






「つーわけで、この度ぼっちが増えました。」

 転入生を紹介するかのように、僕は百香を隣に並べ、雨宮に披露した。


「そう。」

 彼女は相変わらず、ぶれずに素っ気ない。


 一方百香は、半ば無理やり呼び出された放課後の映写室に、戸惑うばかりだった。

「旭、これ、どういうこと?」

 少々不機嫌に、大分気まずく、頬を膨らませて睨んでくる。


「ここさ、ぼっちの社交場みたいなもんだから、まあ気軽に来いよ。昼休みとかさ。」

「ちょっと、低脳な名称つけてんじゃないわよ。」

「俺たち前からここで逢引しててさー。」

「無視してんじゃないわよ。あんたが勝手に居ついたんでしょ。ていうか、逢引きって辞書引いてみろ、たわけ。」

「すげーだろ? こいつ、ここだとめっちゃ喋るんだ。んで、すっげー口悪い。」


「ちょ……ちょっとストップ!」

 僕と雨宮のやりとりを遮って、百香は困惑した表情をみせた。


「……だ、だめだよ。百香と仲良くしてると、二人にだって迷惑が、」

「だから、映写室(ここ)なら堂々とできるだろ、」

「で、でも、どこで誰が見てるかなんてわかんないし……」

「つか、もともと俺のせいじゃん。」



 そこまで話すと百香は息を飲んだ。ちらりと雨宮へ視線を配る。



「雨宮は俺と名塚月乃のこと、知ってるから。」

 百香の憂いを晴らすつもりで、さらっと告げた。思わぬ事実に一瞬驚愕した様子の百香だったが、すぐにまた意見してきた。


「それじゃ……なおのことだめだよ。糸子ちゃんまで巻き込めない。」

「こいつ元々ぼっちじゃん。痛くも痒くもねーよ。」

「なんであんたが威張んのよ。」


 決着のつかない僕と百香の間に、ようやく雨宮が入ってきた。


桂木(かつらぎ)、」

 厳しめな声音で百香を見据える。


「正直、あたしはこのバカの計画に反対なの。」

 そしてまさかの主張をしてきた。


 おいおい何言ってくれてんだ。ここまで無理して飄々と振舞っていた僕だったが、つい口を開けて固まる。百香もさすがにショックだったのか、言葉を失って目を潤ませた。

 今にも泣きそうな百香と、気まずく固まる僕を順番に見たあと、雨宮は呆れるように溜め息をついた。



映写室(こんなとこ)じゃなくても、堂々と教室で話せばいいじゃない。」



 ……え?

 別々の表情をしていた百香と僕が、一瞬にして同じ顔になる。


「あんたの好きにしなさいよ。」

 素っ気なく、雨宮は続けた。


「あたしに迷惑かかるのが嫌ってんなら、無理に一緒にいなくていいわ。独りでいようが距離置こうが、あたしは余計なこと言わない。全然気にしない。でも、あんたと一緒にいることで周りが何言ってこようが、それも全然気にしない。」


 だから好きにしなさいよ。言い終わりにはまた本を開いて、普段どおりの雨宮(あめみや)糸子(いとこ)を貫いた。


 その姿に、僕は変な笑いが出た。嬉しいような、安堵したような、単純に、ぶれない彼女が面白いような。とにかくツボに嵌ってしまって、にやけ顔が治まらない。



 雰囲気が回復したところで百香を見ると、これまた面倒くさい状況になっていた。


「……! ちょ、ちょっと、」

 さすがの雨宮も動揺の声をあげた。百香が黙ったまま、ぼろぼろと涙を溢している。

「なっ……なななに泣いてんのよ!」

 僕らに注目されたところで、百香はいよいよ声を漏らして泣き出した。何かがぷっつりと切れてしまったみたいに、涙も泣き声もしゃっくりも止まらない。


「……っく、ごっ……ごめ、……っく、なさいっ……いっ、いとこ、ちゃん、すっ……好きぃ……っく……」


 泣きながら、わけのわからない告白までしてくる。雨宮は更に慌てふためく。その光景がますますツボに嵌ってしまい、僕は声を殺しながらしばし二人を眺めた。

「わ、笑ってないで、なんとかしなさいよっ!」

 当然、理不尽な苦情を貰う。


「俺もー、イトコちゃん大好き~。」

「……くたばれボンクラ。」


 文庫本でも顔面に直撃すると、けっこう痛かった。






 これで良かったんだ。

 百香の気持ちを無下にせず、出来損ないの僕なりに、彼女を救う方法。半分……もしくは大半、雨宮の手助けあってこそだけど、それこそ今はくだらないプライドなんて捨てるベきだと、自分を納得させておく。

 まだクラス内での百香への疑念は晴れないけれど、僕か雨宮が常に近くに居ることで、盗撮への抑制には繋がるだろう。僕らも目を光らせるつもりだ。


 そしてすっかり忘れていたが、この度、ひのでが休学中で本当によかった。

 もし、今の百香の状況を妹に知られでもしたら……と想像すると、血の気が引く。きっと二学年特別進学科の教室が、惨劇に見舞われていたことだろう。


 不幸中の幸い、なんて軽薄な言い方だけど、起きてしまった事態のなかで、僕はぎりぎりの平穏を保った。

 百香には、本当に申し訳ないことをした。彼女の件に関しては絶対修正するつもりだ。時間は掛かるかもしれないけれど、もう一度、百香の日常を取り戻す。

 その際にはちゃんと、僕なりの言葉を、この、優しすぎる厄介な幼馴染に、捧げよう。


 クラスメイトと距離を置き、百香への視線に目を光らせ、三人で映写室に集う日々が、定着しつつあった。





 『昼休みあいてる?

  話したいことがあるんだ』





 星史(せいじ)に呼び出されたのは、そんな折だった。

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