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最愛なる猛毒、致死量の慈愛。  作者: 悦司ぎぐ
【第三章】 あかつき、のち雨
26/92

25  『選択』




 おかえりなさい。


 視聴覚室に飛び込むなり、仲村は笑顔で迎え入れた。

 絶対、ここだと思った。現に二人は、いた。


 仲村は椅子で脚を組んでいて、雨宮は少し距離をとった後方で構えるように佇んでいた。見たところ暴行された様子は無い。僕は息切れの合間に安堵の溜め息をつく。

 なんだか、若頭とヒットマンみたいだな。そんなくだらない例えがよぎるくらいの余裕も出てきた。


「じゃあ、受け付けよっか。質問。」


 手のひらをこちらに翻して、仲村は小首を傾げた。僕は呼吸を整えながら視線を外し、雨宮へと向けた。


「雨宮……おまえ、くれた……あの、プリント、って、」

 まだうまく喋れない。息切れと疑惑が邪魔をする。


「話されているのはセージさまよ。」

 雨宮は冷たく突き放した。


「うるせーよ、肥溜め。」


 割って入るように、仲村が雨宮に罵声を浴びせる。それからすぐに僕のほう向くなり、にこやかな優等生の表情を戻した。


「ごめんね、気分悪くさせて。聞きたいことはわかってるよ。テストのことだよね?」


 まばたきを挟んで、仲村は核心に触れた。


「こいつが作成したプリント。俺が渡したUSB。今回の試験問題。すべての内容が一致した件について、きみは困惑している。」


 すいすいと言葉滑らかに見透かしてくる。身じろぎ一つできずに、僕は口を噤んだ。



「たぶんお察しの通りだよ。俺とこいつは、盗み出した試験問題を共有した。そしてきみも、その恩恵にあずかったってわけ。」



 いとも容易く暴露された優等生たちの秘密に、頭が追いつかない。



 盗んだ……? 学校から? ……どうやって? 今回だけ……か?

 いやそんなはずはない。それならいつからだ? 常習犯?

 僕も共犯になるのか? ばれたら、ばれたらどうなる? 学校に、家族に、世間に……


 収拾がつかない思考なんて、正直どうでもいいことばかりだ。

 でも、瞬時に閃いた推測だけは見過ごせなかった。彼らの主従関係の理由。きっと、ここにあるに違いない。

 手に入れた試験問題を盾に、彼女を下僕にしているのか。僕は詰め寄った。


「勘違いしないで。セージさまに、そんな薄汚いことさせないわ。」

 淡々と雨宮が口を挟む。

 言葉を失う僕に更なる追い討ちをかけた。


「汚いことはあたしの仕事よ。」


 あたしの仕事。主人の後方で腕を組んで誇る。


「こいつ、調達だけはお手の物なんだよ。教師たちもこいつなら警戒しないしさ。」


 そこからも信じられないような、事実と認めるしかない追い討ちが続いた。


 雨宮は俺たちの代の新入生首席。不正を疑う教師なんていない。素行に悪評も無く、成績以外目立つ部分も無く存在感も薄い。校内に晩くまで残っていようと、試験期間中教務室への出入りが頻繁になろうと、警戒されることもない。

 その実、この女はけっこう手癖が悪い。

 そのうえ記憶力は良い。

 最近は試験問題をデータ管理する教師ばかりだ。調()()なんて、さほど難儀なものではない。


 以上の事を、仲村はかいつまんで説明した。



 その内容と、これまで遭遇した雨宮との記憶が、一致してゆく。



 初めて喋った夜更けの校門。

 慌てて隠していた鞄の中身。

 幻聴にも思えた二度目の夜更け。

 当たりすぎるヤマ。


 不自然が、音をたてて昇華してゆく。



「まあ、どうしてもガードが固い場合は俺も手助けしてやるんだけどさ、たいていは余裕で成功するよ。まさか学年ツートップがグルだなんて、誰も思わないでしょ。俺たち、普段は他人同然だし。」


 痛み入ります、セージさま。雨宮が俯いて瞼をふせる。


「良かったね。こんなゴミクズ女とでも仲良くしていたお陰で、きみもおちこぼれから見事脱却だ。…………でも、残念だなあ、」



 流暢な言葉が途切れる。とたんに目元から笑顔が消えた。



「こいつなんかより、俺を使ったほうがもっと良い結果出せたのに。俺のほうが、ぜったい、役に立ったのに……どうしてかな。おれのほうが、きみのこと、こいつなんかより、絶対……」


 仲村は曇った声で、悔しそうに不平不満を並べた。


「ぜったい、ぜったい、おれのほうが、きみを……きみのことを────」


 ぼそぼそと唱える独り言が、聞き取れなくなってゆく。



「────まったく使えねえなてめえはぁッッ!!!!」



 次の瞬間彼は豹変した。

 怒号を浴びせながら雨宮に歩み寄り床へと突き飛ばす。倒れ込んだ彼女の三つ編みを引っ張りあげると、吊り上げられた雨宮は無抵抗のまま表情を歪めた。


「なあんでてめえが二位に居座ってんだよブス。皆口くんに八位取らせるとか、ふざけてんの? この役立たずがさあッ」


 三つ編みを離すと同時に足蹴にして突き飛ばす。倒れこんだ雨宮を前に、吐き気を催しながら僕は駆け寄った。


「やめろッ!!!」

 頼りない壁になって仲村を睨む。


八位(あれ)以上の結果が出せなかったのは……俺の責任、だろ、」


 庇って抱いた雨宮の身体はなんだか無機質で、いつもの体温が嘘みたいだった。怯える僕の腕から、作り物みたいな身体がするりと離れる。



「…………セージさま、」



 茫然とする僕をよそに、雨宮は額を床にあてて跪いた。


「はばかりながら、申し上げます。……やはり、段階は踏むべきかと。」


 雨宮は淡々と続けた。


「二位となれば、全教科の高得点が必須条件となり、それでは些か違和感が生じます。……まずは特定の教科で点数を稼ぎ、他の教科は赤点のまま留めておけば、『特定の教科だけ猛勉強した結果』として、周囲も教師も納得した状態で、自然と十位圏内に入り込むことができます。これにより皆口旭は、『努力が成果となる人間』として認知され、次回からは()()()()()()()()()()、疑惑の目を向けられることはありません。」


 ひと息に、冷静な見解を示す。

 あくまで従順な彼女を見おろしたまま、仲村は読めない表情をしばらく保った。


「んー……それもそっかー。」


 やがて例の、わざとらしいしぐさで、人差し指を顎にあてた。



 僕はかっとなって雨宮の肩を掴んだ。


「何考えてんだよ……? なんでこんな奴に従うんだよ!?」



 起き上がらせて、向かい合わせても彼女は無機質なままで、電源が切れてしまったみたいに、ただただ揺さぶられた。


「おまえにこんなことさせてまで、俺は結果なんて出したくない! おちこぼれのままでいい……! もうこいつに関わるのなんてやめろ!!」


 どんなに語りかけても視線さえ合わせてくれない。素っ気ない言い草も、豊富な悪口も、返ってこない。僕のぜんぶが彼女には届かないのだと、絶望した。


「俺……おまえを────」


「皆口くん、」

 落胆する背中に仲村の声を浴びた。



「それ以上は言わないほうがいいよ。俺が我慢できなくなる。」



 忠告か脅迫か、危険を察した体がこわばる。


 雨宮……どうして。僕は情けなく呟いた。


「きみには解らないよ。」

 わずかに仰いだ先で、仲村は頬杖をついていた。僕を、見おろしている。


「こいつのことも、俺たちのことも。知る必要なんて無いんだ。

 とるに足らない興味でしかないんだよ。役に立たない好奇心なんて捨てなよ。損得を見極めてよ。上手に生きようよ。もう高二なんだからさ、俺たち。」



 口元だけで仲村は笑う。



「きみには、おれだけを知ってほしい。きみを知るのも、おれだけでいい。」



 隣から気配が忍び寄る。気づけば、硬直する僕の首筋で、雨宮が顔をうずめていた。

 細い腕で絡みつき、かよわい力をこめて抱きついてくる。


「…………皆口(みなぐち)、……おねがい、」


 (ひび)われた声が、耳もとで鳴いた。



「あんただけ……あんたじゃなきゃ、だめなの、」


 懇願が、体温を連れだって身体へ浸透してゆく。



「このひとを……捨てないで。」



 どうしよう。悔しいくらい身に覚えのある、雨宮(あめみや)糸子(いとこ)

 認めたくない体が抱擁を返せないまま、離れてゆくのを待つ。差して時間も経てずして雨宮は僕を解放し、無機質な塊に戻った。



「選択肢をあげるよ皆口くん。俺のお願いを叶えてくれるか、こいつの願いに唾を吐くか。さっそく見極めよっか? あはー。」




 透きとおる声と共に差し伸べられた手は、薄暗い部屋に白く映えていた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ワーイワーイ繋がったー伏線が繋がったっぅ!(←大丈夫かこの人) なるほどですね。仲村の何考えてるのか分からない怪しい調子でのネタバラシはゾクゾク感がマシマシで大変美味でした。その調子でもっ…
2021/05/30 12:57 退会済み
管理
[良い点] なんでしょね。この悲しいくらいの断絶具合。 一途に見つめる方向には壁があって、自分の周りにも進行方向以外は全て壁。見つめ合うことは出来ない。 他は要らないのに、肝心の相手には壁。要らないも…
[良い点] いやもうこの高校生たちになんて言葉をかけて良いかわからなくてですね! 8位おめでとう!? でたー、せいじきたー!! さて。 本日はぎぐさんの投稿時間のこだわりについて! 予約一括投稿より…
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