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最愛なる猛毒、致死量の慈愛。  作者: 悦司ぎぐ
【第二章】 沈みゆく天道
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10  『同属』




 百香は一日だけ学校を休んだ。

 翌日には普通に登校してきて、目が合うなり何事もなく、「おはよ。」と笑顔を向けてきた。

 でも言葉を交わしたのはその一言だけで、休み時間も放課後も、彼女が駆け寄ってくることはなく、僕に親しんでいた時間を女友達と費やすようになった。



 今の状況を亀裂と捉えるか距離と考えるかは、僕と彼女とで違うと思う。ひとつだけ言えるとするのなら、これは変化だ。

 そしてこの()()は、百香だけにとどまらなかった。


 談笑する程度に親しかった者。挨拶を交わす程度に近しかった者。百香を介して親交があった程度の女子生徒。いわばクラス全員との関係も変化した。


 一言で表すのなら、よそよそしい、それに尽きる。

 無視やいじめというほどの域でもなく、揶揄されたりいじられるような距離にも届かない。


 つまり今の僕は、雨宮(あめみや)糸子(いとこ)と同じ『孤立者』の扱いだ。


 自分でも不思議なくらいにダメージが無かった。


 放課後の一件から、何かしら余波があるのは覚悟していたし、もともと親友って人間もいなかったし、そもそも女子とは普段から喋らないし、当然といえば当然だ。


 それに、彼らは一致団結して僕を孤立者に仕立てたのではない。大前提として、大半が僕より賢い連中だ。あの一件で、彼らが僕の扱いを改めたにすぎない。

 僕だって、彼らへの見方を改めた上で、あの一件を起こしたのだから、お互い様だ。


 動き始めた新しい日常は、少し肩身が狭いけれど、妙な自己満足に守られていた。



 変わりゆく日常のなかで唯一、雨宮だけが、彼女のままだった。



 授業は真面目に取り組み、休み時間は活字だらけの本を読み耽る。機能性重視の三つ編みも、当世風ではない眼鏡も、裾が長めの制服も、小奇麗にまとまってはいるけれどやっぱり地味で、何者にも関わらず、馴染まず、溶け込まず、誰に対しても、当然僕に対しても、他人を貫く。


 同じ孤立者に属してから、より彼女の行動が目に付くようになった。


 そのせいで以前に増して、雨宮と仲村の関係に疑問を抱くようにもなった。


 表向きの二人は、徹底的に他人だ。

 学内で一緒にいるところなんて見たこと無いし、言葉すら交わさない。


 一度、雨宮が仲村のグループを横切る場面に、遭遇したことがある。雨宮は仲村に横目すら向けなかったし、仲村も雨宮に声一つかけなかった。

 他人を装って擦れ違う二人に、鳥肌が立った。



 あの夜の光景が鮮明に蘇る。

 無抵抗な雨宮を、容赦なく踏みにじる仲村。

 人格者と孤立者、二人の間には高い壁がそびえていて、汚く罵るほどに圧倒的な力の差を、思い知らせる。


 そんな理不尽を隠し、何食わぬ顔で高校生活をおくっている二人の異端者に、僕は目が離せなくなっていた。


 自分に余裕ができたからこそ、余計に。








「穴場だな、ここ。」


 声をかけると、雨宮は唖然と表情を固めた。

 その表情(かお)はノートを拾い集めたときの、あの顔に似ていて、僕は込み上げてきた笑いを、ふん、と鼻からだした。



 話は少し、遡る。





 滅多に席を立たない雨宮が、昼休みに限り不在になると気づいたのも、僕が孤立者に属してからだった。


 午前の授業が済めば鞄ごと消え、午後の授業開始前に帰って来る。

 最初は仲村との逢引(不当な表現だろうけど仮に逢引としよう。)を疑ったが、彼はたいてい学友たちに囲まれて昼を過ごしているので、その線は消えた。


 それならきっと、どこか静かな場所で昼食を摂っているのだろうと考えたが、見当がつかない。


 教室や食堂は充分賑やかだし、テラスや中庭にも誰かしら生徒はいる。僕が逃げ場としている屋上で、彼女と鉢合わせたこともない。あれこれ推測を巡らすうちに、雨宮をつけていた次第だ。

 いやな行動力まで身についてしまったなと、我ながら呆れたけれど。



 行き着いたのは、あの夜も訪れた視聴覚室だった。

 入った瞬間、なるほどと感心した。

 この(へや)には、映写室が設置されている。雨宮はそこに潜んでいた。機材に囲まれた六畳程度の空間で、本を片手に弁当を広げていた。



「鍵かかってないんだなー、ここ。」


 硬直する彼女を無視して、真正面のパイプ椅子に座った。ラックをテーブル代わりに弁当を広げる。


「な、なな……ななんなのよ! あんたっ、」


 当然、雨宮は抗議してきた。狭い空間いっぱいに距離をとり、人差し指を向ける。


「なんなのって、同じクラスだろ。」

「そ、そういう話じゃないわよ愚鈍! なっ……ななななに居座ろうとしてんのよ!」

「おかげさまで、ぼっち認定なもんで。」

「あ、あああたしのせいじゃないでしょ! じ、じ、自業自得よ単細胞っ!」


 意地の悪い話、僕は少し楽しくなっていた。


 あえて無神経を振舞う新鮮さはもちろん、雨宮の反応が、実に興味深かったからだ。

 仲村を欠いた彼女は、臆病で人嫌いで、そのくせ口が悪く、すぐ虚勢を張る。当初はその悪態に度肝を抜かれたけど、教室内での無口な彼女とのギャップを考えると、申し訳ないが面白い。


「冗談だって。」

 とはいえ被害妄想の激しそうな相手なので、からかうのもほどほどにしておいた。


「むしろ助かったよ。おまえがドジってくれて。」

「は……はあ?」

「なんか吹っ切れたっつーか。やりづらかったから、あのクラス。」


 雨宮が僕の話を聞いているかは定かでなく、距離は保ったまま警戒をみせていた。

 昼休み終わるぞ、と、僕は彼女に座るよう促す。彼女は先ほどまで腰掛けていたパイプ椅子を自分のほうへ引き寄せ、恐る恐る座った。



 当然会話が弾むはずもなく、じろじろ見ていても怒られそうなので、僕は室内を見渡した。



 ここは実にいい隠れ家だ。

 外からの雑音は聞こえないし、機材のために空調も調っている。なぜかテレビも設置されていて、棚には誰が持ち込んだのか、雑誌が置いてある。

 視聴覚室とを隔てた硝子窓も、内側の斜光カーテンを閉めてしまえば壁同然になるし、もし人が入ってきても、一見無人でごまかせそうだ。


 真面目な生徒である雨宮がよくこんな場所をみつけたもんだ。いや、真面目だからこそか。

 散々視線を走らせておきながら、最終的には彼女へと落ち着いた。片手に本、もう片手にジュースのパックを持っている。


「な……なによ、」

 視線に気づかれ、やはり睨まれた。


「何読んでんのかなーって思って。」

 咄嗟に嘘をついた。雨宮は眉間に皺を寄せて口を噤むと、すぐに本を閉じて箸を取り、昼食だけに集中しだした。


「難しい本? おもしろいの?」

 また意地の悪い僕が始まった。彼女の次の反応が気になってしょうがない。


「……あ、あんたみたいな無能には、と、到底理解できない内容よ。」


 案外無視されないもんだな。


「前から思ってたけど、悪口のレパートリーすごいよな、」

「なっ……、あ……ああんたの語彙が、貧弱なのよ。」

「そこは否定しないけど。あとさ、もっと楽に喋れって。」

「ら、らく……?」

「なんでいちいちビビッてんだよ。」


 これも前々から思っていた点だ。

 罵詈雑言はさほど気にならないけれど、常に畏縮しているような喋り方だけには、どうも参る。こっちが苛めているみたいだ。


「び、びびってなんかないわよ! ああああんたみたいな下等生物と話してやってるだけでも、あ、あ、ありがたく思いなさいよ、この凡愚っ!」


 反論の勢いで、握っていたパックから中身が飛び散った。

 不幸にもストローは僕のほうに向いていて、ブレザーとネクタイに染み模様を作った。



「あ。」

 目を合わせ、二人揃って一瞬停止する。



 先に動いたのは僕で、込み上げてきた笑いを堪えきれず腕で顔を隠した。

 雨宮はというと、慌ててポケットからハンカチと、使い捨ての洗浄綿を取り出し、染みに宛がった。

 僕はますます堪えきれなくなった。


「何? 持ち歩いてんの、それ。」

「う、うるさいわね、」

「牛乳じゃあるまいし大丈夫だって、」

「濃縮還元なめんじゃないわよっ、」


 なんだこいつ面白すぎる。

 変な真面目さも、読めない言動も。あんなに距離をとっていたくせに、触ることには抵抗無いのか。



「……なにが可笑しいのよ、」

「凡愚ごときに親切なんだなーって思って。」

「責任と賠償の問題よ。……揚げ足……とるんじゃないわよ。」

「そりゃどうも。ていうか、普通に喋れんじゃん。」



 指摘すると、雨宮は手を止めた。



 染み抜き中のネクタイを握って、睨みつけてくる。

 きまり悪そうな目つきが妙にいじらしかった。


「案外簡単だろ。どうせ俺だし。」


 得たばかりの、浅い知識を披露して僕は笑った。

 今度は視線に配慮して、そっぽを向きながら。





 残りの時間は特に何もなかった。

 一つ二つ、何か言葉を交わしたような憶えもあるけれど、会話といえるほど大層なものでもなかったし、やっぱり、特に何もなかったで正解なんだと思う。


 映写室を別々に出て、教室へ帰り、いつもどおり他人に戻った。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 吹っ切れ旭良きかぁ…雨宮との掛け合い良きかぁ…好(言いに来ただけでした) [気になる点] さぁ、どう来る仲村。
2021/05/03 12:44 退会済み
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