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短編小説集

大祭の犠牲者

作者: 大西洋子


大祭の最中に血の穢れが起き、犠牲者が殯屋へ運ばれる頃には、大祭の賑わいを目当てに遠くのムラから集まっていた者達は、蜘蛛の子を散らすように去り、ムラはおそろしいほどの静けさに包まれていた。

「イト、お前も殯屋に向かうのじゃ。中でお前のお母様を山神様の元に送る準備をしよう」

 イトと呼ばれた幼女は祈祷師ヤナの声に促され、ムラ外れの殯屋に入った。その中央にはすでに事切れたイトの母が横たわり、ヤナはその遺体に向かい合うように腰を降ろし、イトを自分の横に座わらせた。

遺体は額から頭頂部にかけて大きく陥没し、その顔には苦悶がはりついたまま。ヤナは話しかけながら苦悶に満ちた顔を何度も擦り、ようやく見開いたままの瞳を閉じさせた。

 ヤナは大きく息をつくと、イトの母の両腕を胸の上に組み、勾玉を通した紐で両手首を揃えて縛りあげ、未だじわじわと滲み出る血を藁で拭いとっていく。

その間中、イトは膝を抱え、その作業をぼんやり見ながら、今朝の出来事を思い出していた。

『あら、イト、もう起きたの? まだ寝ていてもよかったのに』

 ムラ中の女達が集い、大祭に集まる人達にふるまわれる料理が作られているムラ長の居の一角。イトが目覚め、そこに来たときには、イトの母はいくつもの料理を作り上げていた。それらの匂いがイトの鼻孔に入るなり、きゅううとお腹がなった。

『ふふ、育ちざかりだものね』

 そう笑いながら、裏方の者らで食べるためにとっておいた品をいくつか葉に載せて手渡した。イトはそれを受けとり、その場に座り、大きな口を開けて頬張った。

『食べ終わったらお手伝いお願いね。お手伝いが終わるその頃には、お父様がムラに戻ってきますからね』

 だが、未だイトの父の姿はない。

 ヤナが炉に薬草の粉を振りかける。殯屋につんとした香りが満ち溢れ、死者を弔う言霊が唇から紡ぎ出される。朗々と紡がれる言霊は何時しかイトを眠りに誘う。そうして弔いの祷りが終わる頃には、イトはヤナにもたれ掛かるように眠りについていた。

 ヤナは眠るイトのその頭を撫でながら、これからのイトのことに思いをはせる。これから数日間、イトはこの殯屋に籠り、腐敗し朽ちていく母の姿と向き合わねばならない。

眠るイトは時折うなされている。無理もない。イトの母が血の穢れの犠牲者になった時、イトはそこから少し離れた場所に身を潜めていたのだから。

その時の状況の詳細が少しずつ明らかになっていく。報告を耳にするたび、ヤナの腹の奥が重くなっていく。石造りのクニの中核から、このムラに与えられた山神様の化身である翡翠が失せ、石造りのクニを統べる姫の配下である白姫の行方がわからないと。その白姫の護衛として遣わされた者が、既にこのムラを去っているという報告に、ヤナの目の前が真っ暗になった。

(石造りのクニを統べる姫に、このムラの醜態が晒される)

 おそらく、このムラは他のムラをつなぐ交易から外されることになるだろう。交易すべてが閉ざされることは、ムラの滅亡を意味している。

 ヤナは寄りかかるイトを殯屋の端に寝かせると、殯屋を出て待ち構えていたムラ長と共にムラの中心に向かった。

本来ならムラの中心では、大祭が最高潮をむかえ、ムラの女手が腕によりをかけた料理が振る舞われ、歌い踊り、力比べの勝者を讃えていたいたであろう。

ムラの中心で燃えさかる薪の前で固唾をのんでいた者らに、イトはこのムラに何か起きたのかを語り、血の穢れでムラが閉ざされるまでに、このムラを去らねばならないと告げた。

 大祭にふるまわれるはずだった料理は、ムラの者らに分け与えられ、当面の食事と保存食へと変えられた。

三日後、イトの母は慌ただしく葬られ、葬儀が終わるやいなや、ムラの多くの者が持てるだけの荷をもって、家族と共にこのムラを去っていく。

その間中、イトはヤナと共に墓地に立ち尽くしていた。やがて、空が鮮やかな朱の色に染まる頃、ヤナに促されてイトは自分の家に足を向けた。

「ヤナ様、わたし、くやしいです」

 ヤナはイトを抱き締めた。その時になってやっと、殯屋に入って今までの間、イトが涙一つこぼしていないことに気づいた。


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