2.謎の理論と謎の行動
ツワトとシハトの家。
家に戻ったツワトとシハトはまず裏に回って汲んできた水を保存用らしき大きな甕に入れた。
甕の高さは3、4歳の子供の身長ぐらいで、直径はその半分ぐらい。
他にも同じな甕が3個あるが、ツワトたちは空になった1つに入れた。しかし、少年2人で一回汲んできた量は当然そう多くなかった。水面は容器の半分にもいかなかった。
「ふあぁ~~」
ツワト兄弟とお母さんが食卓を囲い朝食を摂る中、早起きに慣れていないのか、シハトはジャムを塗ったパンを片手に盛大に欠伸をした。
「シハト、だらしないから食事中にあくびはやめなさい」
その盛大さはお母さんが注意しないわけにはいかないほどのものだった。
「だって眠いだもん」
「だからってこんな大声でする必要はある?」
「だって」
「だってじゃない。いい? 今度食事する時は我慢しなさい、我慢できないなら小声でしなさい。じゃないと……
「じゃないと……」
わざとらしい間を空けた言い方するお母さんにシハトは思わずオウム返しした。
「お尻ペンペンだーー」
「嫌だーー」
そして、お母さんはまるで空気を溜め込んだ風船が爆発したような勢いでシハト脅した。お母さんの勢いに驚いたか、それとも処罰に対するトラウマか、あるいは両方か、シハトは叫んだ。
「嫌なら、今度あくびする時はちゃんと小声でしなさい」
「はい」
シハトが元気なく返事したちょうどその時ーー
「ごちそうさま」
ツワトが食後の挨拶した。
「お兄ちゃん早い!」
「いや、俺が早いじゃなくてシハトが遅いだ。お前がのんびりとジャムを塗り終わった時、俺はもう半分食べた」
お母さんに注意されている短い間に朝食を食べ終えたツワトにシハトは驚いた。そして、弟の反射的に出た言葉にツワトは淡々と返事した。
「えぇ! でも僕が塗り終わった時、母ちゃんもちょうど塗り終わったよ」
「いやいや、お母さんは俺たちにパンを出してから、自分のパンにジャムを塗り始めたよ。そして、シハトはお母さんより先に塗り始めたのに、お母さんと同じ時に終わった。つまりシハトが遅い」
「えぇ! 母ちゃん、僕は本当に遅い?」
兄の謎理論に揺さぶられたシハトは自分を疑い始めた。
「そんなことはないよ、シハトは普通よ。ただお兄ちゃんが早すぎるだけ。母さんも何度もゆっくり食べなさいと言ったけど、全然聞かなくて今は諦めたわ。ツワト、あんたは何故そんなに急ぐの?」
「ほら、お兄ちゃんが早すぎるって母ちゃんも言ったよ」
「俺こそ聞きたい、何でお母さんたちはそんなにゆっくり食べるんだ? さっさと食べて余った分の時間をもっと価値のあることに使う方がいいじゃない」
「例えば?」
「トレーニング!」
ツワトは考えるまでもないと言わんばかりに即答した。
「はぁーーそうだった。あんたがこういう子だと忘れてた」
「そういうことで、俺は先に出かけるよ」
「あっ! お兄ちゃん待って、僕は学習所の場所がわからない、教えて」
「何で俺に聞く? そんなことはお母さんに聞けばいいじゃない」
早くトレーニングしたいツワトは弟のことをお母さんに丸投げしようとした。
「ちょっと、ツワト! 普段はともかく、シハトは今日初めて学習所に行く日のよ! 今日ぐらい訳のわからないトレーニングはやめてお兄ちゃんらしく案内してあげなさい」
「嫌だよ! だって、シハトを待つ時間は俺が城壁外の畑にいるお父さんに会って帰ってきても余るぐらいだから」
「お兄ちゃんひどい、僕はそんなに遅くないもん」
抗議するシハトをよそにお母さんは不敵な笑みを浮かべた。
「それならちょうどよかった、父さんが弁当を持っていくのを忘れたから、あとで届けにいくつもりだったけど、ツワトがそういうなら届けてくれるよね」
「え~~」
「え~~じゃない、早く届けてきてシハトを案内しなさい」
ツワトが嫌がるとお母さんは命令しながら勢いよく弁当をツワトに突き出した。
「……はい~~」
暫しお母さんに気圧されたツワトは不満そうにお父さんの弁当を受け取って出ていった。
……
「お兄ちゃんは食べるのがこんな早いなんて初めて知った。 なんで誰も教えてくれないの」
「いっしょにご飯を食べればわかることよ。わざわざ教えるわけないでしょう」
「でも、僕は知らなかった……痛っ」
お母さんはシハトの頭を軽く叩いた。
「普段アンタが早くご飯を食べに来ないからだ」
「は~~俺のトレーニングの時間が父さんの弁当に負けたか……」
玄関のドアを閉めるとツワトは愚痴をこぼした。
「1人で大丈夫? いっしょに行く?」
ちょうどその時、付近から話し声が聞こえてきた。
(この声……また始まったか)
ツワトは辺りを見回すことなく、直接隣の家の方に向いた。そこに話し声の主であろう2人がいた。
「大丈夫よ。お母さんは心配しすぎ」
デツィとデツィ母さんだ。
「何を言っている、親が子供を心配するのは当たり前でしょう」
「だからって毎回私が出かける時について来ようとするのはやりすぎだと思う」
「そんなことはないよ、デツィはママとパパずっとずっと願ってやっとできた大切な一人娘だから、このぐらいは当然よ」
言いながらデツィママはデツィの手を両手で強く握りしめた。
「だからそれはやりすぎと言っている」
「いいえ、最近はこの辺りに魔物が出没して子供が襲われたから。むしろ、私は足りないと思うぐらいよ」
「それは私も聞いた、でもだからって学習所に行かないとか、お母さんが付いてくるとかはありえないでしょう。ちゃんと気をつけるから心配しないで、じゃぁ行ってきます」
デツィは自分を握っていたデツィママの手を解いて走り出したが……
「あっ」
「ちょっと、デツィどうした? 本当に大丈夫?」
ツワトの存在に気づくとまるで固まるように止まった。すると、デツィママは何事かと思って近づいてきた。
「おはようございます」
「あら、おは……」
デツィママがツワトの挨拶に返事しようとしたところ、デツィは突然顔が真っ赤になって大声でこう言った。
「お、覚えれていろよ」
2人はチンピラのような捨て台詞を残して赤面のまま全力疾走していったデツィの背中を呆然と眺めることしかできなかった。




