16.ネズミが悪い
ジェンは両手を背後に縛られ、地面に跪坐させられる状態でツワトたちの事情聴取を受けることになった。
「で、ジェンはなぜ封鎖命令を無視して外に出ようとした?」
「それは当然中に居るより外に出た方が安全だと思ったからです」
「何でそう思った? さてはこの騒ぎはお前が起こしたな。だからこっそり逃げようとした」
「ち、違いますよ~」
ツワトの同期の質問に図星を指されたようで、ジェンはぎくっと身震いをして目をそらした。
「いや、どう考えてもお前だろう」
「ジェン、どうしてこんなことを……」
「ち、違います! 私のせいじゃないです!」
2人に猜疑と非難の目で見られたジェンは慌てて頭を横に振って否定した。
「ネ、ネズミが悪いのです!」
「ほう、どういうことか言ってみ」
ツワトの同期は「こいつどんな言い訳するんだろう」と内心面白がって先を促した。
「実は私、結構好奇心旺盛なんです。気になったことがあればとことん追究しちゃうんです。
それである日、燃えやすい物を割合よく混ぜたらより盛大に燃えるじゃないかと思って、仕事の合間で色々試行錯誤の末に予想外な燃えぶりを見せる大変面白いものを作ったんです! それはなんと……」
「待て待て、要点だけ言えばいいんだ。どうしてネズミのせいでこの騒ぎになったかは全然説明してないじゃん!」
話がどんどん本題から逸れていったと気づいたツワトの同期は話の腰を折ってジェンを制止した。
「それはですね、実は前々から提灯や燭台がネズミに倒されたせいで小さな火事が割とよく起きるんですよ」
「うん、それで?」
「それでその火が私の作った物に点いてしまったとしか思えないこの騒ぎが起こったんです」
「待て待て! 要点を言えとは言ったが、これはぶっ飛び過ぎだろう! それにお前、なんでこんな危ねえもんを作った! どう考えてもお前のせいだろう」
「ええ~ ご要望通りに要点だけ言いましたのに~ 何で作ったと聞かれましても最初から言ったように好奇心旺盛だからとしか……、そして私に否があるんでしょうけどそれは一部であって全部じゃないと思います、つまり私に責任があっても過失の部分だけそれ以外はただの事故なのです」
ジェンは悪びれることなく胸を張って言い切った。
「は~~、ツワトこいつはいつもこうなのか?」
ツワトの同期は長いため息をついて、呆れ顔になった。
「うん、いつも通りのジェンだ」
「は~~、誰に責任があるかは言うまでもないだろうけど一応聞いてあげる、その過失ってどういう事だ?」
「それは私の不注意でした。昨日の夜で『それ』を作っていましたが、完成した時もう夜が明けてしまいました、慌てて時間を確認するとなんともうすぐ朝礼の時間です。私が遅刻しようものなら上司に長い説教される上その日丸一日時間が潰される量の仕事をさせられるんです。
なので、私は蝋燭の火も消し忘れて完成品も適当に置いたまま慌てて朝礼に行ったんです。まあ……結局間に合いませんでした。間に合っていればこんな騒ぎになるはずはなかったんです」
「……ツワト、ここは俺がみておくから頼むさっさとこいつを守備隊のところまで連れて行ってくれ」
ジェンが話し終わってからツワトの同期がまるで受信に遅延がある機械のように反応に少し時間がかかった。
「それは構わないが、お前が哨戒を自ら進んで引き受けるとは珍しい」
「流石お前の友達だ、これ以上関わるのはもうゴメンだ。類は友を呼ぶとはよく言ったもんだな」
「どういう意味?」
「そのままの意味だよ、しっしっ、さっさと行け」
ツワトはこれ以上深く考えないでジェンを正式の守備隊員のところまで連れていくことにした。
ジェンを先に歩かせるツワトはジェンを縛った縄の端を持ちながら進む方向の指示を出している。ジェンはそれに逆らうことなく素直に従っている。
「ツワトさんは今も変わらずに訓練とかに励んでいますか?」
「うん、そうだ」
「やはりそうでしたか、ふふ、変わらなかったのは私だけじゃないと知って安心しました……実は私多かれ少なかれ自分の好奇心を呪ったことはあったんですよ」
「そうだったのか? 知らなかった」
ツワトの淡々とした返事にジェンは苦笑を浮かべた。
「様々なことに興味を持ってできる限りの方法でそれを調べ理解した。そのお陰で色々なことを知ることができてしまったんです」
「それはよかったじゃないか?」
「よかったですよ、殆どの場合。今はよくないです」
「何で?」
「もう着いたみたいです」
ツワトはジェン越しに前方を見るとそこはロビーだった。
集められたのか、見渡す限り殆どの人は職員の制服を着ている。ツワトが守備隊員を探そうとロビー見回したら、すぐ見つけることができた。それは職員と隊員は違う制服を着ているからというのもあるが、ちょうど守備隊員の1人がテーブルを登って演壇代わりに立ったところだった。
「おい! この中にジェンというやつはいるのだろう、早く出てこい! そして、一体何が起きたかを簡潔に説明しろ!」
ジェンたちはちょうど演壇を注目する職員の群集の後ろ側にいるため、職員たちの視界に入っていなかったが、守備隊員の呼びかけに「またあいつか」、「早く名乗り出ろよ」と耳打ちする職員たちは自然に視線が移動して縄に縛られたジェンの姿を否応なく目に止まった。
「何だ、お前。なんで縛られている?」
そんな目立つ格好をしているジェンはもちろん壇上にいる守備隊員にも見つかり、指差された。それによってジェンを見た職員たちが騒ぎ出すよりも早くジェンがここにいることが知れ渡った。
「これはそのう……」
「何だ、はっきり言え!」
「ちょっと出かけようとしたらこうなりました」
ジェンは苦笑しかみえない笑みで微笑みかけた。
「貴様、封鎖命令が出ているのが知らないのか」
ジェンは嘆息してぽつと言った。
「知りたくなかったです」
その一言でロビーは静寂包まれたが、それも束の間だけのことその静寂が嘘と思えるほど瞬く間にどよめきが充満した。
「何が知ら……待って、貴様! ふざけるな! 今なんと言った! おい、ツワトそいつをこっちに連れてこい!」
距離があって話を聞くのも怒るのも不便と感じた守備隊員が命令を出すと、ツワトは言われた通りに連れて行こうと歩を進めた、そしたら進路に阻む職員はツワトたちに距離を取った。2人は水の中を昇っていく泡の如く人垣を通り抜けた。
演壇まで行くと壇上に居る隊員が飛び降りてジェンの襟引っ掴んだ。
「貴様! さっき何と言ったかもう一回言え!」
脅迫まじりの口調で怒鳴った。
「知りたくなかったと言いました」
「貴様!」
隊員はジェンを放り投げるように掴んでいた手を離した。反射的に体のバランスを保とうとしたジェンは踏み留まることに失敗してそのまま転倒した。
「命令違反したやつはどうなるか言うまでもあるまい、今ここで魔物退治を行う!」
隊員は自分の腰に佩いてある剣を抜き放ち、振り上げた。
それを見たジェンは何も言わずただ受け入れるとばかりに目を瞑った。