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12.ただの忠告

 学習所別棟の入り口。

 ツワトたちが火葬場から学習所に戻るのを待っていたようで、歴史の先生であるビニアが二人を視認したら近づいていった。


 「ツワトさん、シハトさん未だ半日だが、こっちの授業はどうだった?」


 「僕は料理をしたことなかったから、料理の授業は面白かった。でも……さっきのあの授業は怖かった」


 シハトの抑揚のあるコメントと違い、ツワトは「別にただの授業だ」と淡々と答えた。


 「そう……ですか」

 先生はそのコメントに困ったように苦笑した。


 「先生、これを聞くためにわざわざここで待っていたの?」


 「違うよ、君たちは次の授業の場所まだ教えてもらってないでしょう。私は君たちを次の場所に案内するついでに聞いただけ」


 学習所の別棟はそれぞれ専門とする職業がある。例えばツワトたちが今通っているのは料理専門の別棟、一週間の体験が終わって志望届を提出すれば今のように近隣の学習所にではなく選択した職業の専門学習所に通うことになる。

 もちろん同じ都市にあるとはいえ選択した職業の学習所が徒歩圏内にない場合に備えて寮もある。


 「そうか、でも場所を教えてくれればいいじゃない? なんでわざわざ案内までする?」


 「それもついでだよ、私このあとは出席しないといけない会議があるんだ。ちょうど会議する場所がその近辺だから、それでいっしょに行こうと思ったんだよ」


 「会議? 何の会議?」


 「詳しく教えられないが、その会議は会議というより情報交換のためのようなものよ。それより帰って間もないでわるいが、そろそろ行かないと遅刻するよ」


 「え?! ちょっ」


 ビニアはさっきから質問ばかりの二人の手を引いて強引に出発した。




 ツワトたちはビニアに連れられ次の授業の場所であろう学習所にきた。学習所の建物はレンガ造りで高さは4階ほど、隣接している川に水車が設置してある。建物の中に入ってすぐ見えるのは3階ほどの高さのある高炉、そこから発生した熱気のせいで室温は高く、ツワトたちはまたたく間に発汗した。


 ビニアはツワトたちをこの製鉄所(学習所)の先生のところに連れていってこの授業について説明してもらうかと思ったら、ここの先生は学生の一人を呼び寄せてその人に丸投げしてビニアといっしょに会議に行った。


 ツワトたちはその生徒に製鉄作業の説明してもらいながら製鉄所の各所を案内してもらった。

 原料や燃料の石炭を投入するための高台、水車からの動力を利用した送風装置、完成品や燃料などを運搬するための搬入出口。

 ちょうどそこに石炭を運び終わった一人の学生が荷台部分が完全な真っ黒になった空っぽの荷車を引いて三人の横を通った。

 しかし疲れたのか、荷車を引いている生徒の足は重くまるで重いものでも引いているような動きをしている。


 「おいおい、空の荷車ぐらい元気に引けよ」


 「わるい、ちょっと疲れた」


 「そう? なら少し休んだらどうだ? ちょうど今は案内が終わったところだし、この2人がお前の分をカバーするから遠慮しなくてもいいぜ」


 「大丈夫だ、俺はそこまで疲れてねぇよ。それより早くこいつらに働いてもらったらどうだ?」


 「わかった、大丈夫ならいい。おい、お前ら行くぞ」


 案内の生徒の指示に従ってツワトたちの午後の体験授業が正式に始まった。




 製鉄所(学習所)の地下の裏駐屯地にある会議室に各学習所の先生が集まって会議している。


 裏駐屯地は漏れなく地下の秘密空間にあるが、秘密空間は騒乱の時代で造られたため中に今の政府も把握していないものもある。それは制限された土地で各派閥が自分たちの安全や手の内を隠すためと思えば、当然とも言えるであろう。


 「それでビニア先生、君は自分の同僚の心境を察することもできなかったから自殺を止められなかったということですね。これだから人の心がわからない野蛮な連中に困る」


 会議の内容が「殺人鬼の夫と自殺したシクバイ先生」になったところ、監視部門の先生がビニアに都合のいいことしか訊かない上、さもすべてはビニアが悪いかのように結論付けた。


 バン!

 「ちょっと! 野蛮な連中ってどういう意味だ」

 ビニアと同じ暗殺部門の先生がテーブルを叩いて抗議するのを見て、監視部門の先生は軽く鼻で笑った。


 「乱暴にテーブルを叩いた上、声を張り上げるなんてこれが野蛮じゃないなら何が野蛮なんですかね」


 「なっ、このーー」


 「まあまあ、我々の仕事がこう思われているのは仕方がない」


 煽られた暗殺部門の先生が何かを言う前に大先輩らしき初老の先生はそれを宥めた。


 「でもっ」

 「でも、我々の仕事も繊細にやらないといけない部分があるんだ」

 初老の先生は宥める言葉を受け入れられない後輩の言葉を遮った。


 「ほう、それはなんですかね」

 何を言っても反論してやると言わんばかりの顔で訊いた。

 それに対して初老の先生は目を細め微笑みながら話し始めた。


 「知っている通り、我々の仕事は魔物が人を襲う前に()()に処理することだが、しかしその過程にあからさまな跡を残せば民衆に恐怖を与えてしまう」


 「それがどうした? 恐怖を与えることも貴方たちの仕事の内でしょう」


 「それはそうだが、必要な以上の恐怖を与えると『政府に従っていれば安全』という民衆の常識が打ち破れてしまうんだ。

 しかしだからと言って処理しないわけにもいかないから、過剰な恐怖を与えない処理法を色々編み出して繊細に民衆の恐怖心をコントロールしてきたんだ。

 例えば、陸屋根のパラペットが落ちて運悪く通行人にあたって死人が出たとかね」


 「なっ、それって」

 監視部門の先生が何かを気づいて顔が青くなった。


 「過去に誰かがヘマをしてその系統の仕掛けを誤作動させたせいで仲間が死んだこともあった、なので君も気をつけてね」


 「き、貴様私を脅すつもりか」

 初老の先生は変わらない笑みを見て青くなった顔が今度血の抜けた白になった。


 「いえいえ、ただの忠告だ」


 「嘘つけ!」


 「2人ともそろそろその辺にして頂戴、話はもう会議と関係なくなっているわ。これ以上は会議の妨害よ」


 年配の先生はかなり地位があるようで止めに入ったら、会議室が無人になったかのように静まり返った。


 「シクバイ先生の件はここまでだ。進行役、次の議題を教えて頂戴」


 「はい、次の議題はネズミです」


 「ネズミか、確かにこの前は大体の潜伏区域を把握していて巣穴さえ見つかれば殲滅できるだったわね、誰かその位置を掴んだか」


 その問いに答える人はおらず、監視部門の先生たちは一斉に俯いて年配の先生と目を会わないようにした。


 「まったく、何の理由も言い残さずに職務放棄するだの責任をなすりつけるだの、本職は何の成果もないのにこんな碌でもないことばかり上達する。お前たちの先輩として恥ずかしいと言ったらありやしないわ」


 しょぼんとしているのを見て暗殺部門の先生は普段の貼り付け笑顔ではなく本心からの笑みを浮かべた。


 (しかし、奴らは本当に本物のネズミのようにどこでも湧いてくるわね)

 年配の先生はため息をついて天井を見ながら思った。

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