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処刑された賢者はリッチに転生して侵略戦争を始める  作者: 結城 からく
第四章

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第94話 賢者は魔王軍の出発を見送る

 四日後、魔王軍は出発しようとしていた。

 向かう先は奴隷自治区だ。

 今回はグロムとヘンリーが話し合い、具体的な侵略計画を立案している。

 私も軽く目を通したが、特に引っかかる点はなかった。


 ちなみに私は王都で待つつもりだ。

 旧魔族領関連で、不穏な予感がするためである。

 いつでも動けるようにしておこうと考えたのだった。

 奴隷自治区に関しては、二人に任せればまず問題ないだろう。


 魔王軍には、ひとまず隣接する自治区の侵略から始めてもらう。

 此度は全領土の一割の奪取を目標に定めていた。

 立案したグロムとヘンリーの二人が主導で侵攻する。


 自治区は国家の形態を取っていない。

 領内の頭領が縄張り単位で独自に支配している。

 言うなれば小国が寄せ集まっている状態に近いだろう。


 その性質上、通常の国のように首都だけを攻撃するという手段が使えない。

 だから此度の攻撃を受けて、自治区の横暴が抑制されればいい。

 自治区の人間も、蚊帳の外ではないと気付かせるのだ。

 魔王は全人類の敵だと認識させる。

 それだけで効果は十分だった。


 とは言え、自治区は世界規模の役割を有している。

 具体的には、各国への恒久的な人材補給を担っていた。

 自治区は保有する奴隷を他国に売り払って利益を出している。


 今まで私は各地で大量虐殺を行い、さらに領土までもを奪い取ってきた。

 こうした被害を受けて、立ち行かなくなる国も頻出する。


 それを助けるのが自治区である。

 金さえ支払えば、彼らはほぼ無尽蔵に奴隷を提供できる。

 それを可能とするだけの地盤を整えていた。


 確かに自治区には倫理的に問題がある。

 善悪で判別するのなら、間違いなく悪に属するだろう。

 あまり肯定したい場所ではない。

 むしろ率先して取り潰したいところだった。


 しかし、自治区は今後の世界にも必要である。

 魔王が滅ぼしたり、完全に支配してはいけない。

 理想を言えば、奴隷自治区を崩壊させて、世界から奴隷がいなくなるように仕向けたい。

 だが、実際はそれが不可能であった。


 綺麗事だけでは世界が破綻する。

 私はそれを理解している。

 だから譲れない部分以外の悪を許容することにした。


 不死の魔王になってから、ずっとやってきたことである。

 最善に近い選択を取り続けねばならない。

 過度の偽善や憎しみに駆られては、いつか破滅しかねなかった。


「では魔王様。行って参ります」


 グロムが私の前で敬礼する。

 すべての角度がお手本のように完璧だった。

 眼窩の炎もやる気に漲っている。


 私は彼の熱意に頷く。


「気を付けて行ってこい。くれぐれも注意を怠るな」


「分かってるって。さっさと占領してくるさ。茶でも飲んで待っててくれよ」


 ヘンリーが俺の背中を叩いて笑った。

 顔が仄かに赤い。

 配下の魔物達は、微妙に気まずげな表情をしている。


(……ひょっとすると直前まで酒場にいたのか?)


 ヘンリーならありえる。

 いつでも彼は気楽なのだ。

 戦いに慣れ過ぎた弊害なのだろうか。

 従軍していたという経歴を疑いたくなる。


 もっとも、これに関しては注意するまでもなかった。

 私はヘンリーの性格と実力を知っている。

 彼は誰よりも戦いに馴染んでいた。

 それが日常であり、至上と考えていた男である。


 たとえ酒で酔っていようが、ヘンリーは片時も油断しない。

 遠方から放たれた死角からの矢さえ、鼻歌交じりに躱してみせるだろう。

 そして、自前の弓矢で狙撃し返す。

 ヘンリーとはそういう男だ。


「弓兵よ。酒は適量を守るのだぞ。飲みすぎは身体に毒である」


「もちろんさ。戦争前だからな。それなりに控えている」


 苦言を呈するグロムに、ヘンリーは赤ら顔で返す。

 グロムもそれ以上は追及しない。

 無駄だと分かっているからだ。


 この二人も長い付き合いになってきた。

 一年以上は共に活動している。

 互いの気質は把握しているだろう。


 二人は魔王軍を初期から支えてくれており、主に軍部において多大なる戦果をもたらしてきた。

 密偵によると、他国でもその名を知られているらしい。


 特にヘンリーは元から有名だったが、現在は魔王軍一の弓兵と評されている。

 国によっては、彼の狙撃の対策が研究されるほどだ。

 戦場で次々と指揮官を射殺される現状を打破したいらしい。

 もっとも、それらが成功したという例は聞いたことがなかったが。


 ヘンリーの技術は飛び抜けている。

 弓の名手であるエルフですら一目を置くほどだ。

 今回も強烈な弓術を披露してくれるだろう。


 その後、私は配下達の前で演説を行った。

 士気を上げるための話だ。

 場が熱狂したところで、魔王軍を転送する。


 転移先は魔王領の最北端――奴隷自治区の目の前だ。

 そこから不意打ちで侵攻してもらう。

 明日には都市の一つや二つが陥落しているはずだ。


 私は城に戻ろうとするも、唐突に袖を引かれた。

 視線を下ろすと、そこにはユゥラがいる。


「マスターに疑問を提示――なぜ待機なのですか。自己分析によると、既に水準以上の戦闘能力を有しています」


 彼女は平坦な口調で不満を訴える。

 今回、ユゥラには待機命令を出していた。

 それに納得できないようだ。


 彼女の主張する通り、戦闘能力については申し分ない。

 それこそ研究所で製造された専用機のゴーレムを使えば、一騎当千の力を発揮する。

 魔王軍の中にも、ユゥラと拮抗する実力者は珍しい。


 しかし、それだけでは足りないのだ。

 世界との戦いは、ただ強ければいいというものではない。

 様々な思惑を前提に、器用な立ち回りが要求される。


 そういった面でユゥラはまだ加減が苦手で、融通も利かなかった。

 今後、学んでいくべき点だろう。

 私はその旨を簡潔にまとめてユゥラに伝える。


 ユゥラは暫し沈黙した。

 やがて彼女は頷いた。


「与えられた課題を理解――以降、改善に努めます」


「ああ、楽しみにしている」


 私はユゥラに告げる。


 彼女ならすぐに克服できるだろう。

 魔王軍の幹部達はユゥラに目をかけている。

 その中で彼女は、着々と成長している様子だった。

 これからどうなっていくのか期待である。


 静かに張り切るユゥラと共に、私は城内へ転移した。

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