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処刑された賢者はリッチに転生して侵略戦争を始める  作者: 結城 からく
第四章

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第93話 賢者は吉報を喜ぶ

 私達は城内の巡回もとい散歩を開始する。

 廊下を通りかかる配下と挨拶をしながらすれ違う。

 その際、彼らの視線はグロムの肩に乗るユゥラに向けられていた。


 やはり気になるらしいが、呼び止めて触れることまではしてこない。

 私に対して慇懃な態度を徹底するグロムだが、他の者にはやや尊大な言動を取っていた。

 全体の雰囲気や口ぶりは、私よりよほど魔王らしい。

 そのため近寄りがたいと思われている節がある。

 気遣いができるので嫌われてはいないが、親しげに話しかけるのは躊躇われるのだろう。


 考えてみればグロムは、魔王軍の中でも私に次ぐ立ち位置である。

 実質的な右腕とも言えよう。

 一般の配下にとっては雲の上の存在だった。

 彼の気質を除いても、やはり気さくに接しにくいものだと思う。


「そういえば聞きましたか魔王様」


 食堂付近を進んでいると、グロムが思い出したように切り出した。

 私は心当たりが無かったので訊き返す。


「何をだ」


「帝国が全領土を奪われて滅亡したそうですぞ」


「そうか」


 私は平然と相槌を打つ。


 初めて聞いた情報だが、別に驚く話でもなかった。

 あの状況は遅かれ早かれ滅ぶとは思っていた。


 帝国は、大精霊の暴走を受けて帝都が消滅している。

 その被害は計り知れない。

 犠牲者の中には、皇帝を始めとする国家の首脳部も含まれていた。

 そのような状態で、まともに運営できるはずがない。


 地理的にも他国に囲まれている。

 今まで好き放題にやってきた帝国に手を差し伸べる国などいなかった。

 帝国は立て直す猶予もないまま蹂躙された。


 当然の流れだと考えているので、帝国の滅亡自体にそこまでの関心はない。

 ただし、帝国領土を巡った争いは問題だった。

 現在、周囲の国々がそれぞれ領土を奪っている状態だが、取り分を巡っていずれ争いが起きるのではないかと睨んでいる。

 それが私の懸念する展開だった。


 多少の小競り合いなら黙認しよう。

 しかし、戦争に発展するのならば、私が介入しなければならない。

 関係国に打撃を与えて、領土問題で争っている場合ではないと理解させるのだ。


 各国の処置について考えていると、前方からルシアナが歩いてきた。

 彼女はこちらを珍しそうに見る。


「まあ。皆で揃ってどうしたの?」


「個体名ルシアナに回答――城内の巡回です。新たな危険や問題がないか探しています」


「ふーん……巡回、ね」


 ルシアナが意味深な笑みを浮かべ、じっと私を見つめてきた。


 察しの良い彼女のことだ。

 これが散歩であることに気付いたのだろう。

 肯定の意を込めて、私は小さく頷いておいた。


 ルシアナは優しげな笑みでユゥラを褒める。


「自分で仕事を見つけるなんて立派ねぇ。骨大臣よりよほど働き者だわ」


「貴様は、我の逆鱗に触れるのが得意なようだな……」


 グロムがぶるぶると震える。

 体外に瘴気が滲み出していた。


 常人からすれば卒倒するほどの威圧感だが、ルシアナはわざとらしくとぼける。


「あら、事実を言われて焦っちゃった? ごめんなさいね」


「この小娘がァ……ッ!」


 グロムが激昂した。

 彼はルシアナに向けて跳びかかろうとする。


 そんなグロムの頭にユゥラの手が置かれた。

 ユゥラは平坦な口調で告げる。


「殺気と魔力の上昇を検知――個体名グロムに警告。城内での争いは迷惑です」


「ぐぬ……」


 注意を受けたグロムは、ばつが悪そうに動きを止める。

 ユゥラの主張が正しいので言い返せないようだった。


 その姿に勝ち誇るルシアナだったが、ユゥラを見てふと手を打つ。


「あ、そうそう。ユゥラちゃんにこれをあげるわ」


 ルシアナが懐から取り出したのは小瓶だった。

 中には青い液体が入っている。

 背伸びをしたルシアナは、それをユゥラに手渡した。


 小瓶を受け取ったユゥラは中身を凝視する。


「液体の成分を解析――魔力回復のポーションですね」


「ええ、そうよ。実験的に甘くしてみたの。よかったら飲んでみて」


「個体名ルシアナの指示を承諾――ポーションの摂取を開始します」


 ユゥラは小瓶のコルクを外すと、それを顔に運んだ。

 彼女には飲食のための口が見当たらない。

 ところが小瓶を傾けると、中身が徐々に減っていった。

 常人とは異なる方法で取り込んでいるのだろう。


 小瓶が空になったところで、ルシアナはユゥラに尋ねる。


「どう? 美味しい?」


「摂取物の味を確認――甘くて美味しいです。ポーションの提供を感謝します」


「そう。気に入ってもらえてよかったわぁ」


 ルシアナは嬉しそうに空瓶を回収する。

 今のポーションは、ユゥラのために調合したのだろうか。

 彼女も何気にユゥラを気にかけているようだ。

 ひょっとすると、私が最も無関心のような状態かもしれない。


 私の疑念と反省をよそに、ルシアナが手を振りながらそばをすれ違う。


「それじゃ、アタシは別の仕事があるから。魔王サマも巡回頑張ってね。骨大臣は、ちゃんとユゥラちゃんの面倒を見なさいよ」


「分かっておる! 貴様に言われずとも我は完璧にこなす!」


 グロムが威勢よく言葉を返した。

 曲がり角にルシアナが消えたところで、彼はため息と思しき動作をする。


「……まったく、あのサキュバスはいつも無礼ですな」


「仲が良いようで何よりだ」


「何をおっしゃるのですかっ! わたくしとあやつの仲が良いなど……ッ!」


 グロムは両手を慌ただしく動かしながら叫ぶ。

 よほど否定したいらしい。


 そんな彼の頭にユゥラが手を置いた。


「個体名グロムに警告――廊下で騒ぐと迷惑です。声量を落とすことを推奨します」


「す、すまぬ……」


 再びの注意を受けて、グロムは項垂れて謝罪した。

 慣れたやり取りなのだろうか。

 日常的に行っているように見える。

 その姿がなんとなく想像できた。


 ルシアナと別れた私達は、散歩を再開した。

 途中、グロムが新たな話題を提供する。


「話は変わりますが、聖杖国と魔巧国が和平を結んだそうですぞ。正式発表は少し先とのことですが、魔王討伐を志す同盟となるようです」


「ほう。それは興味深いな」


 私は新たな報告に関心を覚える。


 グロムに詳細を聞いたところ、聖杖国と魔巧国は休戦を経て和平条約を結んだらしい。

 今代の魔王が滅びるまでは協力するという決まりだ。


 二国は少し前まで熾烈な争いを繰り返していた。

 これによって疲弊した両国は、戦いを長引かせるべきではないと判断したのだろう。

 そこで共通の敵である魔王の討伐を掲げて、上手く終戦に持ち込んだのである。


 悪くない展開だ。

 いや、それどころか理想そのものであった。

 当初から私が思い描く世界の形を、限定的ながらも実現している。


 軽率に二国を滅ぼさなくてよかった。

 もし再起不能になるまで破壊していれば、この報告を聞ける日は訪れなかった。


「この調子で魔王様の望む形で世界が動けば良いですな」


「まったくだ」


 和平の前例ができたのは大きい。

 今後、別の国々が同じような事態に陥った場合、必ず脳裏を過ぎることになるはずだ。

 それが採用されるか否かはともかく、少なくとも選択肢には挙がってくる。

 喜ばしい変化である。


(聖杖国と魔巧国が良好な関係を続けられるように、私達も手を貸さねばならないな……)


 いきなり不仲になって和平が破棄されても困る。

 魔王の仕業だと分からないように、様々な形で裏工作をしておきたい。

 二国の連携が円滑に回れば、他の国々が模倣する可能性が上がる。


 後ほどルシアナに相談してみよう。

 これは単純な侵略戦争とは異なってくる。

 もっと繊細に進める必要があった。

 進展した世界に合わせて、魔王軍も暗躍していこうと思う。

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