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処刑された賢者はリッチに転生して侵略戦争を始める  作者: 結城 からく
第四章

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第92話 賢者は提案を受ける

 十日後、捕縛した魔族の拷問が終了した。

 残念ながら新たな情報は得られず、彼らは研究所に提供した。

 所長は喜んで実験体にすると言っていた。

 魔族達の犠牲は、何らかの発明に貢献するのだろう。


 各地の密偵には、魔族と接触した人間を捜索させている。

 既にどの国が関わっていそうかまで絞っていた。

 確定情報はないものの、大きな間違いはないと思われる。

 ここから先は精査していく段階であった。


 接触した人間が分かり次第、即座に私が乗り込んで拉致する。

 そしてルシアナの魅了で目的を吐かせる。

 私に関係するか否かはともかく、何をするつもりなのかは把握しておきたかった。

 今後、世界に害を及ぼす恐れもある。


 私としては、管理できない脅威は不要だった。

 それが小規模ならまだ黙認できる。

 大勢に影響がないからだ。


 ただし、対象が国や大陸となるなら話は別である。

 大精霊と魔巧国の一件などが分かりやすい例だ。

 私は全力で原因を排除しよう。


(まあ、あのような事態が何度も発生するとは思えないが……)


 そう思うも、油断は禁物だ。

 世界の意思は、どこからともなく問題を誘発してくる。

 今回も無関係だと思わせながら、どこかで関与している可能性があった。

 常に目を光らせておかねばならない。


 そこで思考を中断した私は、玉座にもたれかかった。

 不死者は肉体的な疲労とは無縁だが、一方で精神の摩耗はある。

 神経を使いすぎると、休みたくなるのだ。


 最近、日常の中で幹部達から気遣われることが多かった。

 疲れているように見えるらしい。

 生前のように顔色からは判断できないはずだが、何かと心配される。


 彼らともそれなりに長い付き合いになってきた。

 些細な変化も察しが付いてしまうのかもしれない。


(私にも気晴らしが必要だろうか)


 ふとそんなことを思う。

 そういえば、あの人にも気晴らしや趣味について言及されたことがあった。

 当時は魔王討伐を使命を受けて、精神的に追い詰められていた。

 彼女からすれば、触れざるを得ない状態だったのだろう。


 振り返ると恥ずべき失態である。

 本来は従者として私が気遣わねばならない立場だというのに。

 こういった部分は、人間を捨てた後も変わっていない。

 我ながら不器用な気質だ。


 したいことを挙げるならば、旅だろうか。

 修練を兼ねて各地を巡った日々が懐かしい。

 様々な風景を訪ねて、特産の料理に舌鼓を打つのは純粋に楽しかった。

 見聞を広めるきっかけにもなった。


 もっとも、魔王が呑気に旅なんてできるわけがない。

 様々な方面を警戒しなければならなかった。

 気を抜いて暗殺なんてされたら冗談にもならない。

 すべての苦労が水の泡である。


 生前、私は人々の希望として戦った。

 あの時も重責を抱えていたが、現在はそれ以上のものを背負っている。

 軽率な行動は禁物だろう。

 気晴らしについては、別の方法を考えようと思う。


 その時、扉の向こうからノック音が聞こえた。

 私は意識を現実に戻す。


「魔王様、少しよろしいですかな」


 グロムの声だ。

 何かの報告だろうか。


「ああ、入ってくれ」


「失礼します」


 グロムは流れるような動きで入室する。

 その肩には、ユゥラが当然のように座っていた。


「…………」


 私はグロムを見る。

 彼は素早く顔を逸らした。

 心なしか気まずげな雰囲気を漂わせている。


 向こうから切り出す気配がないので、私から尋ねることにした。


「それは一体どうしたんだ」


「マスターの質問に回答――個体名グロムの提案です。この状態は本棚の高い位置にも届きます。移動も楽で非常に合理的です」


「か、勝手に喋るでないっ!」


 グロムが大いに慌てる。

 なぜか触れられたくなかったらしい。


(そんなに隠したいことなのだろうか)


 私は疑問に思う。

 彼の優しさがよく分かる提案だ。

 確かに肩に載せれば、ユゥラも書物を手に取りやすくなる。

 いちいちグロムに頼むより効率が良い。


 配下同士が親しくするのは歓迎だった。

 やはり険悪な仲だと、いざという時にも連携が取れない。


 現状、幹部や準幹部の関係は良好と言えよう。

 特定の者達の仲が悪いという話も聞かない。

 私もそういった場面を見たことがなかった。


 グロムとルシアナは頻繁に言い争っているが、あれはじゃれ合いだ。

 むしろ仲は良い部類だろう。


 私はグロムに労いの言葉をかける。


「すまないな。熱心に世話を見てくれて助かる」


「い、いえ、とんでもございませぬ……」


 グロムはぎこちなく応じる。

 彼は照れているようだった。

 そういった一面をあまり見られたくないのだろうか。


 この話題を長引かせるとグロムに悪いので、私は話を切り替えることにした。


「それで何か用か」


「はい、少しご報告があったのと、此奴が魔王様に会いたいと申しまして……」


 グロムは肩の上のユゥラを一瞥する。

 彼女が私に会いたいとは珍しい。

 こんなことは初めてではないだろうか。


 興味を覚えた私は尋ねる。


「ユゥラ、どうした」


「マスターに要望を提唱――共に城内を巡回しましょう」


「巡回? 何か不審な点があったのか」


 私はすぐさま感知魔術を行使し、城内を瞬時に調べ上げた。

 敵性反応はない。

 何らかの魔術に干渉された痕跡もなかった。

 その辺りの対策は徹底している。


 この城は至って安全だった。

 巡回の必要性はない。

 しかし、提案したのがユゥラというのが気になる。


 彼女は大精霊の分体だ。

 私とは別系統で特殊な存在である。

 独自の力で何かを感知したのではないだろうか。

 ありえない話でもない。


 そう思った矢先に、ユゥラは首を横に振った。


「マスターの質問に回答――現在、不審点は発見していません。問題を未然に防ぐか、早期発見するための巡回です」


 ユゥラは毅然と述べる。

 予想とは異なり、特に何かを察知したわけではないらしい。

 問題がないようでひとまず安心だった。


 一方、グロムは諭すような口調でユゥラに告げる。


「魔王様はお忙しいのだ。お主の戯れには付き合えぬ」


「個体名グロムの意見に反論――戯れではありません。居城の安全確認は重大な仕事です」


 ユゥラは負けじと言い返す。

 意外と強情だった。


 それにしても戯れとは、一体どういうことだろう。

 気になった私は考え込む。

 そして、一つの推測に辿り着いた。


(もしや、巡回という名目で散歩がしたいのか?)


 好かれるようなことをした覚えはないが、気まぐれということもある。

 ただ散歩を要求するのでは迷惑な上、断られる可能性が高い。

 だからユゥラは、巡回という建前を使ったのではないか。

 彼女ならそういった知恵も回るだろう。


「魔王様、申し訳ありません。此奴はわたくしから注意しておきますので……」


「いや、その必要はない」


 私は謝罪するグロムに告げる。

 そして改めて提案した。


「ちょうど時間もある。ユゥラの言う通り、城内を巡回しよう」


「さ、左様ですか……では、ユゥラ。我の肩から下りるのだ。魔王様にご迷惑をかけるでないぞ」


「そのままでいい。グロム、お前も同行するんだ」


 私は続けてグロムに命じる。

 現状、急ぎの用事はなかった。

 奴隷自治区への侵略準備も大詰めだが、今日や明日に出軍するわけでもない。

 仮にそうだとしても、城内の散歩くらいは問題ないだろう。

 大して時間のかかることでもない。


 グロムは恐る恐るといった調子で私に確認を取る。


「……よろしいのですか?」


「ああ、許可する」


 私が頷くと、グロムは胸に手を当てて背筋を伸ばした。

 弾みでユゥラが落ちかける。

 それにも気付かず、彼は大声で宣言した。


「ありがとうございます! 不肖ながらこのグロム、張り切って巡回致しましょうぞ! わたくしが生きている間は、どんな小さな悪も見逃しませぬ」


 不死者のグロムが"生きている間"と言うと、何か大きな違和感がある。

 加えて小さな悪どころか、私という世界規模の巨悪が目の前にいた。

 見逃す見逃さないの話ではない。


「……そうだな」


 一連の指摘を飲み込んだ私は、ただ頷くのであった。

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[一言] グロムかわいい
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