第91話 賢者は魔族を尋問する
ドルダが斧を一閃する。
軌道上にいた三人の魔族の首が刎ねられた。
生首が綺麗に宙を舞う。
淀みのない見事な斬撃だった。
魔族達は反撃を目論むも、ドルダには通用しない。
姿を消したドルダは、次の瞬間には魔族達の只中に突進していた。
彼は斧を振るってさらなる犠牲者を叩き出す。
雷魔術と身体強化を使った高速移動だ。
目視は困難である。
動きを完全に見切るには、私でも魔術による補助が必要だった。
この場にいる魔族が対応できる領域ではない。
「首ィ、首ダァッ! モット首ヲ寄越セェッ!」
叫ぶドルダが斧を振るう。
そのたびに魔族達の首が飛んだ。
恐ろしいほどの手際の良さであった。
彼は的確に首だけを斬っている。
高速移動も相まって、殺し方に一切の無駄がない。
半ば理性を失った彼だが、戦闘技術は全盛期にも引けを取らないだろう。
私はドルダの殺戮を横目に移動する。
ルシアナにも声をかけた。
「行くぞ。この隙に件の魔族を捕縛する」
「はいはーい」
件の魔族は、騒ぎの中で廃墟から逃げ出そうとしていた。
部下らしき者を引き連れている。
他の魔族達を囮に、この場から離脱するつもりらしい。
無論、そうはさせない。
私は彼らの行く手を阻むように転移した。
瘴気の槍を生成して、部下の一人を刺し貫く。
「うあ、ぁっ!?」
悲鳴を上げた部下は、あっという間にスケルトンに変貌した。
それを目の当たりにした魔族達は、足を止める。
彼らは踵を返すも、そこにルシアナが立ちはだかった。
「逃がさないわよぉ」
ルシアナは腰に手を当てて嬉しそうに言う。
彼女は今の状況を楽しんでいるようだ。
目が愉悦に潤んでいた。
一方で私は魔族達に告げる。
「逃げ場はない。大人しくしろ」
「そんな命令に我らが従うと思っ――」
勇ましく反論してきた部下にスケルトンが襲いかかる。
馬乗りにされた部下は、瘴気の槍で滅多刺しにされた。
最初は苦悶の声を上げていたが、すぐさまスケルトンに変化する。
そのまま起き上がって魔族達と対峙した。
抵抗できないと悟った魔族達は、悔しげな顔をする。
彼らは憎しみを込めて私とルシアナを睨んでいた。
「魔王サマ、もうちゃっちゃと捕まえちゃったら?」
「そうだな」
ルシアナの提案に私は頷く。
大人しく従ってくれるのなら良かったが、生憎とそれは望めそうにない。
見せしめに殺した部下も、彼らの神経を逆撫でしただけだった。
私は魔術の蔦で魔族達を拘束する。
彼らの反撃も気にせずに動きを封じてやった。
そのまま私達はまとまって移動する。
行き先は廃墟から離れた地点だった。
魔族達は荒野に横たわる。
彼らを拘束する蔦は、魔力を吸い取る性質を有していた。
早くも魔術が使えなくなる頃だろう。
ここならば邪魔も入らない。
そう判断した私は、件の魔族を見下ろす。
「人間と接触した目的は何だ」
「な、何を言っている……人間だと? このような地に人間がいるはずないだろう」
件の魔族は苦し紛れにとぼける。
この期に及んでも素直になれないらしい。
「…………」
私は無言で部下の一人に触れた。
瘴気が流れ込み、その部下は白目を剥いて悶絶する。
やがて肌の爛れるグールへと変貌した。
涎を垂らして呻き始める。
「隠し事すればこうなる」
「……っ」
件の魔族は息を呑む。
さすがに恐怖しているようだった。
他の者達も気を失いそうになっている。
「なぜ人間と接触した。理由を言え」
「くぅ……っ!」
改めて問いかけるも、まだ口を割らない。
意外と強情だ。
何らかの魔術で言えないようになっているわけでもない。
彼個人の判断で黙秘していた。
(仕方ない。こういった手法はあまり好まないのだが……)
私は件の魔族の脚に触れる。
今から行うのは簡単な拷問だ。
爪先から徐々にアンデッド化を進行させて、その部位を切断していく。
この苦しみは生物にとって致命的だ。
多少の手間はかかるが、死ぬ前に音を上げるだろう。
そう考えて実行しようとしたその時、唐突にルシアナが挙手をした。
彼女は自身の顔を指差して言う。
「アタシが魅了で聞き出した方がいいんじゃない?」
「……頼む」
私はただ静かに頷く。
こちらにはルシアナの魅了能力があったのだった。
すっかり頭から抜け落ちていた。
因縁の地を訪れたことで、思考が暴力的になっているようだ。
完全な無意識である。
(あれはもう十年以上も前のことだ)
当時、勇者と共に戦った賢者はもういない。
ここにいるのは不死の魔王だ。
短絡的な行動をしていては、いずれ致命的な過ちを犯しかねない。
心を切り替えなければ。
その後、ルシアナが魔族達を魅了し、骨抜きにしてから情報を聞き出した、
結論から述べると、魔族達は大した情報を持っていなかった。
彼らと接触した人間は素性が不明らしい。
魔族達は、どこの国の人間かも知らずに応じていたのだ。
両者のやり取りはそれほど複雑ではない。
人間側が食糧や魔道具を提供する代わりに、魔族達はこの地に自生する植物や水、鉱石等を収集して渡す。
簡単な交換である。
魔族達は人間側の目的を知らない。
ある日、突然やってきてやり取りを提案されたそうだ。
魔族達は困窮する生活をなんとかするため、彼らの提示した条件を承諾したのだという。
両者がやり取りを始めたのは四年ほど前。
以降、密かに関係を維持してきたらしい。
今回はそれが密偵の目に留まった形であった。
四年前となると、私が魔王になった時期よりも前になる。
ちょうど死者の谷にいる頃だろう。
(もし世界の意思が関連しているのなら、私が地上に出た一年前が契機となるはずだ)
ジョン・ドゥの時もそうだった。
彼の研究が加速し始めた時期は、私が魔王になった時と重なる。
しかし今回はそうではなかった。
ただの暗躍に近い。
どこかの人間が魔族と密約を交わしている。
おそらく魔王討伐とは別件の悪事だろう。
それでも詳細は調べておこうと思う。
関係ないと判断して放置すると、後になって悔やむ恐れがあった。
もし何もなければ、取り越し苦労で済むのだ。
それを調べる配下には申し訳ないが、ここは手間をかけて調査してもらう。
「さて……」
一通りの情報を取得したところで、私は残る魔族をさらに拘束した。
蔦で包み込んで球状に仕立て上げる。
五感のすべてを奪い取って無力化した。
ここまですれば、自殺すらも叶わない。
次に私はグロムに念話を繋げる。
「聞こえるか」
『は、はい! しっかりと聞こえておりますぞ!』
グロムは相変わらず元気だった。
この時間帯は、ユゥラの面倒を見ている頃だろうか。
彼が一番気にかけている印象がある。
「今から捕虜を転送する。城の地下に監禁してくれ」
『承知しました! お任せくださいませ』
グロムの返答を聞いて念話を終了させた。
私は蔦に覆われた魔族達を王都の城に転送する。
これで一段落といったところだ。
彼らは後ほど拷問される。
魅了でも聞き出せなかった情報がないかを精査するのだ。
役目を終えたら研究所に提供すればいい。
貴重な魔族の検体なので、所長が涙を流して喜ぶのではないだろうか。
その時、私はふと視線を感じた。
ルシアナが私をじっと見つめている。
頬が紅潮して、うっとりとした笑みを湛えていた。
「冷酷な魔王サマ、すごくかっこよかったわぁ。惚れ惚れしちゃう」
「そんなことはどうでもいい。廃墟に戻るぞ」
「はーい」
やや不満そうなルシアナを連れて、私は廃墟へと転移する。
廃墟の魔族は残らず首を叩き斬られていた。
誰一人として生きておらず、逃げ出せた者もいない。
私達が転移した後も、蹂躙が展開されたのだろう。
それが容易に想像できる光景であった。
血の海に佇むドルダを回収して、私達は王都に帰還した。




