第89話 賢者は王都の発展を実感する
数日後、私は王都外周に赴いた。
そこは工事現場となっており、作業員が汗水を垂らして働いている。
仮設の小屋も並び、見れば酒場らしきものもあった。
普段はあまり訪れない場所だが、独特な賑やかさが感じられる。
ここは露店街だ。
王都を訪れた商人が、私に営業の許可を求めたのが発端である。
以来、商機を察知した者達が集まるようになり、自然と規模が膨らんでいった。
始まりはつい最近のことだが、その発展具合は著しい。
今ではちょっとした村か街のようになっている。
ここを利用するのは、主に流れの傭兵や戦争難民だ。
彼らは魔王領の噂を聞き付けて、はるばるやってきたのである。
増え続ける住人により、王都はだんだんと手狭になってきた。
放置区域を整理すればまだ余裕はあるのだが、それ以外の作業に時間を取られているのが現状だ。
食糧問題や種族的な住み分けも考慮しなければならない。
今の王都は、気軽に住人を増やせない状態であった。
それらの負担を軽減しているのが、この露店街だ。
商人が生活用品を取り揃え、王都から溢れた者達が暮らしている。
聞けば治安もそこまで悪くないらしい。
傭兵達が自警団を組んで巡回しているそうだ。
こうした光景を目の当たりにすると、人間の逞しさを感じられる。
(いずれこの場所も王都の一部になりそうだな……)
そんなことを考えつつ、私は露店街を一人で歩く。
周囲の者に気付かれると大騒ぎになるため、隠蔽魔術で気配を消していた。
ここにいる者の大半は人間で、私と面識がない者がほとんどだ。
姿を見られれば驚かせてしまい、必然的に迷惑をかける。
こうしてひっそりと行動するのが一番だろう。
何事もなく移動すること暫し。
私は建設途中の施設の前で足を止めた。
そこにあるのは、屋根付きの待合所だった。
隣接して細長い棒状の鉄材が敷かれている。
それが並行に二本並び、彼方に向かって延々と続いていた。
鉄材の間には、木材が等間隔で設置されている。
二種を合わせてちょうど梯子のような形状になっていた。
これらは線路と呼ばれる代物だ。
箱型の乗り物――列車の通り道である。
列車は魔力を使って高速移動し、人や物の運搬を容易にするそうだ。
総括して鉄道と呼ばれる施設だった。
鉄道は、魔巧国の資料にあった案の一つである。
考案者はやはりジョン・ドゥだ。
やはり彼の閃きは底知れない。
この画期的な移動法は、様々な場面で有用となるだろう。
現在、鉄道は製造途中である。
線路は世界樹の森の方角に続いており、森の手前にまで繋げる予定だった。
線路周辺にはアンデッドを配置し、無許可で弄られたり、鉄材を盗まれないように予防している。
なぜ鉄道を建設しているかと言うと、ローガンや一部のエルフが苦労しているからだ。
森と王都の行き来にはそれなりに時間と手間を要する。
今のままだと不便だと思い、試験的に鉄道を通すことにしたのである。
王都にいるエルフ達が、気軽に帰郷できるようにしておきたかった。
鉄道が完成すれば、日帰りも可能となるだろう。
その事実に、私は文明の発展を実感する。
先日、研究所を訪れた際はゴーレムの視察が主な目的だったが、他にも様々な開発が進められている。
それは兵器類に留まらず、様々な分野に及ぶ。
いずれもジョン・ドゥの案か、或いはそこから研究所の者達が連想して考え付いたものだ。
今後も多種多様な発明がもたらされるだろう。
技術発展については、私なりに思うところがある。
魔巧国のような例が起きるからだ。
それでも過度な停滞が最善とは思えなかった。
私は魔王だが、決して世界を滅ぼさない。
悪の頂点に君臨し、人間同士の争いを抑止するのが目的だ。
しかし、それにも一定の形がある。
純粋な平和だけを極限にまで追求するのなら、全人類を洗脳して絶対に争わないように支配すればいい。
だが、そんなものは私の望む未来ではなかった。
人々を家畜同然にまで下げて、何が平和だというのか。
私は世界のあるべき形を肯定する。
その上で魔王を介入させるのだ。
自然な流れで技術が普及するのは良いことだと思う。
人々はそうやって文明を築き上げてきた。
だから魔王領も、ほどほどに新技術を取り入れていく。
この地に暮らす者達に豊かな生活を送らせたい。
技術が悪なのではない。
それを用いる者の匙加減で左右するだけだ。
無論、例外はある。
魔巧国の一件のような事態は看過できない。
あれは世界を大きく乱す出来事だ。
速やかに排除せねばいけなかった。
今後も似たような問題が起きれば、私は魔王として猛威を振るうつもりである。
世界平和を望みながら、侵略戦争による破壊を繰り返す。
技術発展を受け入れながら、それらを抹消する。
ある種の独善で、中途半端なやり方だろう。
しかし、私はその独善的で半端な考えを貫き通すために魔王になった。
常人が言ったところで戯言に過ぎないが、最強の魔王ならば実現できる。
望まれないと知りながらも、運命を覆してきた。
私はかつて非業の死を遂げた。
もう二度と同じ過ちを犯さない。
(いつかあの人が蘇った時、平和な世界を見せられるように……)
未だ目途は立っていないが、必ず蘇らせてみせる。
それが私に許された贖罪と責務であろう。
「魔王サマーっ」
改めて決意をしていると、空からルシアナが降ってきた。
彼女は私のそばに着地する。
それによって露店街の住人がこちらに気付き、大騒ぎとなってしまったが止めようがない。
早くこの場を立ち去るのが一番だろう。
大慌てで離れる人々の背中を見つつ、私はルシアナに応じる。
「どうした」
「そろそろ会議の時間だから呼びに来たのよ。こんなところで何をしていたの?」
「鉄道を見物していた」
「ふーん、変わった趣味ねぇ」
ルシアナは顎に指を当てながら言う。
その間、蝙蝠のような羽が動き続けていた。
あまり興味がなさそうだ。
線路から視線を外した彼女は、思い出したように手を打つ。
「あ、そうそう。旧魔族領で所属不明の人間が魔族と接触していたそうよ」
「人間と魔族だと……?」
私は訝しむ。
旧魔族領とは、かつて先代魔王が占有していた土地だ。
魔王領からは南に位置しており、少数ながらも魔族が生息している。
なんでもいくつかの集落があるらしい。
彼らはかつての魔王軍の残党だ。
人間の国々による討伐を逃れて、隠匿生活を送っている。
旧魔族領は砂漠と荒野で成り立っており、高濃度の魔力と瘴気の蔓延する危険地帯であった。
とても人間が暮らせる環境ではない。
そんな場所を訪れる者がいるとは驚きだ。
ましてや現地の魔族と接触するとは、不審すぎる。
これは調べる必要があるだろう。
「ルシアナ、何か心当たりはあるか」
「もう十年以上も前の話よ? さすがに知らないわ」
ルシアナは肩をすくめる。
昔、彼女は"穏健派"の指導者として、魔王軍の残党を率いていた。
私が魔王になるまでは辺境にて潜伏していたらしく、此度の出来事に心当たりがないのも当然である。
少し思案した私は、考えをまとめてルシアナに宣言する。
「奴隷自治区の侵略も大切だが、それも放置できない。今夜、旧魔族領を調査する」
「はーい、ご一緒させてもらうわね」
「ああ、頼む」
新たな問題の予感がする。
今回も後回しにせず、すぐに行動すべきだろう。
取り返しのつかない状況になってから慌てても遅いのだ。
具体的な段取りを考えながら、私はルシアナと共に転移した。




