第86話 賢者は新兵器を目にする
翌日、私は王都内の研究所に赴いた。
所長から是非来てほしいと連絡を受けたのである。
彼女がそう言うのだから断るわけにもいくまい。
きっと開発関係で何らかの発展があったのだろう。
隣にはユゥラがいた。
これも所長の指示で、同行させてほしいと頼まれたのだ。
理由を訊けば、彼女にも関係することなのだという。
「魔王様っ! よくぞお越しくださりました。ご機嫌いかがでしょうか!」
所長は第一声から高々と挨拶をする。
対する私は淡々と応じた。
「いつも通りだ。お前はどうだ」
「私ですか! もちろん元気いっぱいですとも! 研究したいことが多すぎて、時間が足りないことが悩みですかね!」
所長は満面の笑みで答える。
その表情とは対照的に、顔色は驚くほど悪い。
まるで死人のように青白かった。
眼鏡の奥の双眸も、微妙に焦点が合っていない。
きっと寝る間も惜しんで研究に没頭しているのだろう。
休むようには伝えているのだが、おそらく守っていない。
実は所員から内密で連絡が来ることもあった。
曰く、何度言っても所長が不眠不休で仕事をするらしい。
それを受けて、魔術で強制的に眠らせる事態が起きたのだが、この様子だと効果は薄かったようだ。
(遠くないうちに過労で命を落とすのではないか……?)
やはり所長は、アンデッドに変貌させるべきかもしれない。
彼女なら二つ返事で了承するだろう。
不死者は疲れを知らず、寿命にも囚われない。
所長はさぞ喜ぶはずだ。
無論、本人の意思を無視して敢行するつもりはない。
変貌させる種族も考えなければいけなかった。
ルシアナ辺りと真剣に検討してみようと思う。
私が思案する一方、所長はユゥラを凝視していた。
彼女はぎらぎらとした眼差しで近寄っていく。
「ほほう、こちらがユゥラちゃんですね……っ!」
「生命の危機を検知――マスター、救護を要請します」
ユゥラがたじろぐ。
彼女は私の袖を握ると、背後に隠れてしまった。
回り込もうとする所長を私は手で制する。
「迂闊な真似はするな。ユゥラがどのような存在かは事前に伝えているはずだ」
「大精霊の分体ですよね! それはもう、はい、興味が留まるところを知りませんが、ぐっと堪えていこうと思います」
所長は嬉しそうに話す。
魔力放出による威圧も込めたのだが、まったくと言っていいほど臆していない。
強靭な精神力の持ち主である。
彼女の場合、研究欲求がその他すべてを凌駕しているのだろう。
完全に正気を失いかけている。
ジョン・ドゥとはまた異なる方面での天才であった。
「では、こちらへどうぞ。ユゥラちゃんは、先に魔力登録をさせていただきますね。これをしないと警報が鳴ってしまうので……」
先導を行う所長は、始めに魔道具でユゥラの魔力を登録する。
その後、私達は何事も無く入口の検問を通過した。
「それにしても、先日は本当にありがとうございました。魔王様が提供してくださった魔巧国の開発資料は、非常に役立っております」
「役に立ちそうか?」
「ええ、あれはすごいですよ! 今後、様々な発明に繋げられると思います。冗談ではなく、本当に宝の山でしたね」
所長はだらしない笑みで語る。
それを目撃したユゥラは、さりげなく距離を取った。
本能的に恐怖を察知したらしい。
その判断は、あながち間違いではなかった。
所長の言葉通り、私は魔巧国の首都で入手した兵器や資料を研究所に提供した。
きっと参考になるものが大量にあっただろう。
これが所長の不眠不休を悪化させたのだと思うと、少し軽率だったと考えざるを得ない。
やがて所長は足を止める。
そこは地下二階だった。
目の前には厳重に封鎖された扉がある。
「着きました! こちらへどうぞ」
所長が鍵で開錠し、私達は続いて室内へと踏み込む。
白一色の広い空間の中央には、見覚えのある兵器が鎮座していた。
所長はそれを腕で指し示しながら、誇らしげに言う。
「鹵獲されたゴーレムを基に新規製造されたゴーレムです。魔王領における正式な試作機一号となりますね」
「見せたいと言っていたものはこれか」
「はい! ようやく形になったので、まず魔王様にお披露目したかった次第です」
私はゴーレムに歩み寄る。
以前にここで見たのは、魔巧国の製造したゴーレムだった。
今回は研究所の独自開発らしい。
大まかな形は既知のものと似ている。
多数の部品で構成されており、太い手足と寸胴が特徴だ。
背中には燃料の魔力を保持する箱が備わっている。
魔巧国のゴーレムとの相違点として、外見は従来の鎧騎士を模していた。
遠目には、恰幅のいいドワーフのようにも見えるだろう。
「よかったら起動させてみてください。疑似生命は既に埋め込んでいます」
「分かった」
私はゴーレムに魔力を流し込んで接続する。
そしてすぐに感心した。
魔力の浸透がとても円滑で、淀みがほとんどない。
魔巧国のゴーレムも優れていたが、それと比べても格別だった。
実際に歩かせてみても、これといった問題は感じられない。
念じた通りに動いている。
かなり精密な機構となっているようだった。
「操作系統に工夫を凝らして、魔術師でない人でも動かしやすくしました。魔術適性の無い所員に操縦させましたが、しっかりと稼働できていましたね」
私は所長の解説を聞いて納得する。
実を言うと、ヘンリーはゴーレムの操作に苦戦していたことがある。
彼は魔術適性を持たないため、ゴーレムを操るという感覚に不慣れだったのだ。
訓練次第では使いこなせただろうが、それでも多少の時間がかかる。
あくまでも魔術師専用の兵器といった具合であった。
しかし、この試作ゴーレムは以上の欠点を克服している。
言われてみると、確かに操縦の快適さが向上していた。
元から操縦に難が無い私だと実感しにくいが、ヘンリーなどは変化を如実に感じられるのではないだろうか。
「標準武装は鉄砲・魔力の剣・防御魔術の三点ですね。用途に応じて武装の追加も可能です」
「稼働時間はどの程度だ」
「最大まで魔力を充填すれば、半日持つかといった具合ですかね。ただし、それは純粋な移動だけの場合です。戦闘行動による消耗を加味すると、実際はその四分の一くらいでしょうか」
魔巧国のゴーレムは、短時間しか稼働できないのが欠点だった。
それと比較すると、かなり改善されている。
これだけの性能を詰め込むとはさすがだ。
試作ゴーレムは、魔巧国のゴーレムの欠点を徹底的に潰していた。
上手くやっている。
私は試作ゴーレムを停止させた。
接続を切ったところで所長に尋ねる。
「ところで、ユゥラを呼んだ理由は何だ」
「ふっふっふ、それはですね……」
所長は不敵な笑みを洩らす、
彼女は勿体ぶるような態度の後、手を打ち鳴らした。
すると、そばの床が展開して何かがせり上がってくる。
現れたのは、金属で構成された長身の人型だった。
おそらくゴーレムなのだろうが、そばに立つ試作型とは明らかに違う。
全体的に洗練された形状で、無駄な部分を徹底的に削ぎ落としたような印象を受ける。
凹凸のはっきりとした体躯は、人間のそれと大差なかった。
むしろ人間より均衡の取れた身体つきと言えよう。
ともすれば、芸術的とさえ思ってしまうほどだ。
(これは一体……)
私は所長に視線を送る。
彼女はここぞとばかりに胸を張ると、勢いよく両手を上げた。
「ユゥラちゃん専用のゴーレムですっ!」
所長は高らかに宣言した。




