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処刑された賢者はリッチに転生して侵略戦争を始める  作者: 結城 からく
第四章

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第85話 賢者は次なる侵略地を定める

 その日の午後、私は城内の会議室にいた。

 私の他に円卓を囲うのは、ヘンリーとローガンである。

 ローガンとは隷属関係だが、準幹部としての扱いが定着していた。

 彼の有能さは周知されているため、それに反発する声は上がっていない。


 扉を叩く音がした。

 入室したのはコボルトの部下だ。

 コボルトは鮮やかな手際でグラスを私達の前に置いていく。


「ご苦労」


「失礼しました」


 コボルトは一礼して退室する。

 さっそくヘンリーはグラスの中身を呷った。

 グラスを空にした彼は、ふと私のグラスを見る。


「大将のそれは、一体何だい?」


 彼が疑問に思うのも無理はない。

 ヘンリーとローガンのグラスには、それぞれ火酒と紅茶が注がれていた。

 対して私のグラスには、赤黒い団子が三個ほど入っている。

 一見すると確かに何か分からない。


 私はヘンリーの疑問に答える。


「不死者用の嗜好品だ。食べてみるか」


「へぇ、一つ貰うよ」


 ヘンリーは私のグラスから団子をつまみ取る。

 それを口に放り込んだ。


 彼が咀嚼する間、私はローガンに尋ねる。


「よかったらどうだ」


「……俺はいらん」


 腕組みをするローガンは首を振る。


 直後、ヘンリーが顔を顰めた。

 彼は恨めしそうに残る団子を睨む。


「うぇ……舌が痺れやがる。辛すぎやしないか」


「不死者は味覚を失っている。唯一、辛みは痛覚だから感じられるのだ」


 私は団子の一つを口内に食べる。

 それを奥歯で噛み続けると、針で突くような刺激が始まった。

 咀嚼するほど強まっていく。


 この団子は、つい最近になって完成された。

 様々な香辛料を練り固め、聖魔術の祝福を付与したものである。

 辛み以外の味は考慮されていない。

 胃を持たない私は、噛み終えた団子を魔術で焼却するようにしている。


 祝福は微弱なもので、私やグロムほどのアンデッドなら害はない。

 精々、ぴりぴりとした刺激を伴うくらいだ。

 この辛みと祝福のおかげで、食事をしているような感覚になれる。

 大半の飲食物を無味に感じてしまう不死者にとって、とても貴重な嗜好品であった。


 私の話を聞いたヘンリーは納得し、苦しそうに団子を飲み込んだ。

 そしてローガンを一瞥する。


「なるほど。こいつは確かに嗜好品だな。あんたは味を知ってたから食べなかったのか」


「そういうことだ」


 ローガンは応じながら紅茶をヘンリーの前へずらす。

 彼なりの気遣いだろう。

 ヘンリーはそれを有難そうに飲む。


 そのやり取りをよそに、私は机上に大陸の地図を広げた。

 二人が落ち着いたのを見て話を始める。


「本題に入るが、二人に集まってもらったのは他でもない。今後の侵略計画について相談するためだ」


「だろうな。そろそろだと思っていた頃だ」


 ヘンリーは嬉しそうに言う。


 彼は生粋の戦闘狂だ。

 戦いを求めているからこそ、魔王軍に所属している。

 そこに聞こえのいい思想はない。

 ヘンリーは善悪に寄らない戦士である。


 魔巧国との戦いから間もないが、私はそろそろ次の手を打っておきたかった。

 各国には継続的に緊張感を与えたい。

 具体的に言うのなら、大陸中の国に攻撃を仕掛けるのが最善だろう。

 無傷の国ほど、余計なことをする。


「ヘンリー、鉄砲部隊の調子はどうだ」


「まずまずって所だ。悪くない。戦場によっては、魔術や弓よりも優秀だろうさ」


 魔王軍は、多面的な戦争に備えて様々な部隊を編成していた。

 より専門性を強めることで、練度を高めるのが目的である。


「魔導砲の運用もできそうか」


「ああ。ひとまず実戦投入ができるだけの程度にはなっている」


 ヘンリーはこれも自信ありげに答える。

 軍関連の責任者である彼は、その身分に相応しい指導力を有していた。

 実戦においても前線にて活躍しており、配下からの人望は厚いと聞いている。

 私が関与せずとも、魔王軍は円滑に運営されていた。


 魔巧国との戦いを経て、魔王軍は大幅な戦力強化を果たした。

 現状、大陸において随一と評しても過言ではないだろう。

 これは疑いようのない事実である。


 無論、だからと言って油断はできない。

 どれだけ強大だろうと、滅ぶ時は一瞬だ。

 それは歴史が物語っている。


 私自身、魔王を討伐して闇の時代を終わらせた者だ。

 慢心は禁物だと知っている。

 あらゆる可能性を想定して備えなければ。


「密偵の報告によれば、表立って魔王軍に戦争を仕掛けようとしている国はない」


「その言い方だと、水面下では色々動いているってことだな?」


「密かに同盟が結ばれたり、魔巧国のように専用の対策を試みている。秘匿情報が多いが、勢力図が徐々に変動しているのは確かだ」


 私は報告書の数々を思い出しながら説明する。


 具体例をいくつか聞いたところで、ヘンリーは大笑いした。

 彼は獰猛な笑みを浮かべて身を乗り出す。


「ははは、最高だ! 盛り上がってきたじゃないか。それで大将は、どこの国に攻め込むつもりなんだい?」


 私は地図上の一点を指しながら答える。


「厳密には国ではないが、奴隷自治区は都合のいい標的になり得るだろう」


 奴隷自治区とは、魔王領の北部及び北西部に広がる土地のことだ。

 ここはいずれの国にも属さない無法地帯で、数々の頭領が縄張りを定めて独自に支配している。

 主に奴隷生産と輸出によって生計を立てている特殊な場所であった。


 秩序が破綻した区域ながら、保有する戦力は膨大だ。

 下手な国よりも強靭と言えよう。

 数百年前からどの国からも支配されずに君臨している。


 私が奴隷自治区を侵略候補に挙げたのには理由があった。

 それは、純粋に悪性が高すぎる点だ。


 自治区は、私がかつて滅ぼした小国や帝国の領土をさりげなく掠め取っている。

 そうして占領した街や村で略奪し、難民を捕えて奴隷に仕立て上げているらしいのだ。

 あまりにも好き勝手に暴れているので、そろそろ叩くべきだと思ったのである。


「なるほど。確かにあの自治区はちょうどいいな。奴隷を奪っちまえば、いくらでも戦力補充ができる」


 ヘンリーは軍事的な観点を踏まえて納得する。

 奴隷を奪って戦力下に加えるのは自治区と同じやり方だが、今更気にする話でもない。

 魔王領はこれまで幾度も虐殺を展開してきた。

 ここで躊躇うこともない。

 魔王は悪を貫くべきだろう。


「ローガン。お前はどう思う」


 私が意見を求めると、彼は毅然とした態度で答える。


「俺も自治区の侵略は賛成だ。あの地にはエルフの奴隷もいる。いずれ恨みを晴らしたいと思っていた」


 ローガンの言葉には、固い意志が窺えた。

 彼が率先して力を貸してくれるのなら心強い。


 これで二人の了承を得た。

 実際に侵略を始めるのは、他の幹部に確認を取った後になるだろう。

 とは言え、おそらく反対されることはない。

 このまま円滑に進むものと思われる。


「奴隷自治区には多大な損害を与えるつもりだが、決して滅ぼしはしない。それが鉄則だ」


「いつもの具合だな。了解したよ」


「エルフの一族は、此度も協力する。何かあれば遠慮なく言ってほしい」


「すまない。感謝する」


 二人の頼もしい言葉を聞いて、私は満足する。

 次なる侵略地が決定したところで、会議は解散した。

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