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処刑された賢者はリッチに転生して侵略戦争を始める  作者: 結城 からく
第四章

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第84話 賢者は配下の成長を見守る

 謁見の間。

 私は山積みになった報告書に目を通していく。

 最近は特に報告が多くなった気がする。

 密偵が張り切っているようだ。

 僅かな情報も見逃さないようにしている。


(無理のない範囲で奮闘するのは、とても良いことだ)


 現状、密偵が捕まったり、正体が露呈したという話は聞かない。

 非常に優秀な人員ばかりであった。

 引き際を弁えているが故に問題が起きないのだろう。


 そばにはルシアナがいた。

 彼女は事務机を前に書類整理を行っている。

 少しでも私の負担が減るように貢献してくれている。

 同時進行で、密偵関連の指示書も作成していた。

 司令塔であるルシアナが有能だからこそ、部下の密偵達も円滑な活動ができるのだ。


(それにしても、この謁見の間も名ばかりになってきたな……)


 私は机や書類棚の増えてきた室内を見回して思う。

 月日の経過と共に、半ば事務室と化していた。

 広いので使い勝手がいいのだ。

 現状、部外者が訪れることもない。

 私室をほとんど使わない私は、自然とここで仕事をするようになっていた。


 ジョン・ドゥの殺害から早三十日。

 世界の各所に変化が生じている。


 真っ先に挙げられるのは帝国だろう。

 怒り狂った大精霊によって帝都が消滅した帝国は、国家としての機能が麻痺していた。

 主導者が出ないまま、次々と貴族が他国へと亡命しているそうだ。


 さらには他国からの侵攻を受け、領土を食い千切られて縮小しつつある。

 かつて強国と呼ばれた面影は失われ、今やほぼ滅亡状態だった。

 魔王領も何度か攻め込んで、隣接する領土を奪い取っている。


 帝国が回帰することはもうないだろう。

 放っておいても、いずれ地図上から消失する運命だ。

 あとは他国に奪い尽くされるだけである。

 侵略行為で成り上がった戦争国家に相応しい末路と言えよう。


 先日、魔王軍と戦ったばかりの魔巧国も変化が著しい。

 首都での戦いでもたらされた被害は甚大で、こちらも実質的に壊滅していた。

 未だに復興の目途が立っていないそうだ。


 魔王軍の攻撃もあるが、最大の原因は巨人ゴーレムだろう。

 ジョン・ドゥの発明した最終兵器は、首都に消えない爪痕を刻み込んだ。

 あの規模の兵器だ。

 おそらく国の援助を受けながら製造したのだろう。


 関係者の人々も、まさかあのような結果になるとは思いもしなかったに違いない。

 魔巧国の上層部は、巨人ゴーレムの危険性を軽視していたのだ。

 多大なる力を得られると理解して、その点ばかりを肯定的に受け取っていた。

 欲に駆られた結果、盲目になっていたのである。


 現在、魔巧軍は聖杖国の侵攻を受けていた。

 首都壊滅という事態に便乗した聖杖国が、ここぞとばかりに仕掛けたのである。

 これを機に力を取り戻したいと考えたのだろう。

 かつて私との戦いにより、聖杖国は聖女と主力軍を失っている。

 その損害も回復してきたこともあり、此度の侵攻に踏み切ったものと思われる。


 対する魔巧国は、残存する戦力で抵抗していた。

 残る領土のうち、大きな街を首都に定めて再起を図っている。

 ジョン・ドゥと戦った際、首脳陣が生き残ったので、迅速な対応ができたのだ。


 首脳陣の生死については、こちらも特に気に留めていなかった。

 当時はジョンと秘石が最優先だったからだ。

 極端な技術力さえ失ったのなら、魔巧国はさしたる脅威でもなかった。


 聖杖国と魔巧国は、しばらくは戦争を続けるだろう。

 これに関しては看過できない。

 私の望みは、人間同士の争いを止めることだ。

 二国の状況は、それと見事に相反している。


 かと言って、どちらかの肩を持つような真似はしたくない。

 そこで折衷案を採用することにした。


 近日中に、両国の間に巨大な壁や溝を形成する。

 そうすることで、物理的に侵攻できないようにするのだ。

 私ならば片手間に実現が可能であった。

 さらに付近の街を破壊し、両国に魔王領への生贄を要求する。


 両国は魔王を刺激したくないと考えるはずだ。

 敵対すればどうなるか、彼らは存分に味わっている。

 そして、必然的に注意が私に向くだろう。

 生贄の要求も含めて、互いの国に侵攻している場合ではなくなる。


 対外的には、敗北国を魔王が嬲っているような図である。

 まず間違いなく、魔王は悪印象を抱かれるだろう。

 その脅威を改めて知らしめることができる。

 ここまで卑劣な行為をすれば、私の真の目的も悟られない。

 様々な利点が内在している。


 この妨害工作は、ルシアナが提案した。

 私の希望と目的を汲んで、彼女が考えたのである。

 こういった暗躍は、ルシアナが適任だった。

 四天王時代の才覚を遺憾なく発揮してくれる。

 当時は散々に苦しめられたが、味方になるとこの上なく頼もしい。


「……ふむ」


 報告書を読む中で、私は関連資料が必要になった。

 一度、過去の事例を参照しておきたかった。

 こういった確認作業を怠ると、思わぬ場面で問題が発生する。

 疎かにはできない部分であった。


 私は椅子から立ち上がると、黙々と作業をするルシアナに声をかける。


「書庫に行ってくる」


「あ、じゃあついでに借りてきてほしい本があるんだけれど……」


 顔を上げたルシアナは、書物の題名をいくつか挙げた。

 私はそれらを記憶して頷く。


「分かった。少し待っていろ」


「ありがとう魔王サマ。よろしくねー」


 やり取りを終えた私は、城内の書庫に転移する。

 そこには先客がいた。

 私は背中を向けた二人に注目する。


「対象物を発見――取得に際する身長不足を確認。補助を要求します」


「どれ、我が取ってやろう。この書物でいいのか?」


「否。二冊左です」


 壁一面を覆う本棚の前で、青い光の人型が背伸びをしていた。

 大精霊の分体である。


 その横に立つのはグロムだ。

 彼は高い段にある書物を掴み取ると、それを分体に渡す。


「他に読みたい物はあるのか」


「興味関心の自問を開始――回答を決定。植物の図鑑を希望します」


「そうかそうか。植物図鑑なら場所を知っておる。付いてくるがいい」


 優しげな口調のグロムは、踵を返してこちらを向く。

 そして私の姿を目にした瞬間、彼は大袈裟な動作で跳び上がった。

 グロムは後ろの本棚にぶつかりながら驚愕する。


「な、ななっ! 魔王様ッ!?」


「教育ご苦労。お前自身も満喫しているようで何よりだ」


 なんとも微笑ましい光景だった。

 分体はよく懐いている。

 もし分体が暴走しても押さえられるようにグロムを教育係に任命したのだが、その判断は別の側面でも正しかったようだ。


「こ、これは違うのですぞ……わたくしは命令でこの娘の世話をしておりまして、決してそのような心境では……」


 なぜか早口で弁明するグロム。

 そんな彼の袖を分体が引っ張った。


「個体名の誤りを検知――訂正を実行。この娘ではなくユゥラです」


「そ、そうであったな。すまぬ……」


 指摘を受けたグロムは、肩を下げて謝罪する。

 心なしか落ち込んでいるように見えるのは、気のせいではないだろう。


(そういえば名前を付けたのだったな)


 私は数日前の出来事を振り返る。

 深夜、人知れず私のもとへやってきたグロムは、分体の名付けを提案したのだ。

 いつまでも名無しのままであることが気になっていたらしい。


 これに関しては私の落ち度だろう。

 他の用件にばかり気を取られて、すっかり忘れていたのだった。

 大精霊から小言を受けてもおかしくなかったと思う。


 提案を受けた私は、名付けをグロムに任せた。

 決して面倒だったわけではない。

 我ながらそういったことに関する造詣が浅く、上手い名前を閃かなかったのである。


 これは後から聞いた話だが、その日からグロムは書庫に通い詰めて名前を吟味していたそうだ。

 彼なりに真剣に名付けようとしていたのだろう。

 ルシアナの報告によって私はそれを知った。


 そして数日間にも及ぶ熟考の末、分体の名はユゥラに決まった。

 ユゥラとは確か、どこかの英雄譚の登場人物だったと思う。

 なぜその由来にしたのかは聞いていなかった。

 今度、暇がある時に尋ねてみてもいいかもしれない。


「と、ところで魔王様は、何用でここへ来られたのでしょうかな」


 やや挙動不審なグロムは、分かりやすく話題を転換する。

 本来の目的を思い出した私は、それを答えた。


「資料をいくつか取りに来ただけだ。邪魔したな」


「とんでもございません! わたくし、こうして魔王様のご尊顔を拝見することが毎日の幸せでございます」


 グロムは過剰なまでの慇懃さで応じる。

 これもいつもの調子だ。

 世辞ではなく、彼は本気でそう思っている。


 続いてグロムは、隣に立つユゥラを一瞥した。


「ユゥラ。魔王様にご挨拶するのだ」


「骨大臣の要請を受諾――挨拶を実行。おはようございます、マスター」


「……ああ、おはよう」


 私は少々の間を置いて応じる。

 ユゥラの言葉の中に、少々の引っかかりを覚えたのだ。

 触れていいものか迷う箇所があった。


「…………っ」


 案の定、グロムは震えていた。

 瘴気が滲み出て禍々しい気配を発している。

 片目の眼窩に宿る炎が、轟々と勢いを増していた。


 激情を抑えるグロムは、地響きのような声音でユゥラに尋ねる。


「――ユゥラ。今、我のことを骨大臣と呼んだか?」


「はい。個体名ルシアナから更新指示を受けました。現在、その名称で登録されています」


「あのサキュバスがァ! 小癪な真似をォッ!」


 答えを聞いた瞬間、グロムは激昂する。

 彼は極大の殺気を纏って疾走し、瞬く間に書庫から姿を消した。

 衝撃で一部の本棚から書物が落下したので、魔術で元通りにしておく。


 作業の途中、ユゥラが私の目の前に来た。

 彼女はじっとこちらを見ながら、一つの疑問を口にした。


「骨大臣の怒りを検知――原因究明を開始。マスター、解決策の提示を求めます」


「……骨大臣ではなく、グロムに戻せ。それだけでいい」


「変更指示を受諾――更新完了。以降、骨大臣は個体名グロムと呼称します」


 ユゥラは平坦な口調で述べる。

 かける言葉もなく、私はただ頷くのであった。

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