第82話 賢者は発明家の糾弾を受ける
私は姿を現したジョンを観察する。
彼の身を包む装着型のゴーレムは、魔力の光を灯していた。
既に稼働を始めているらしい。
背中の箱からは秘石の反応を感じる。
(しぶといな。さらなる策を隠しているとは)
ジョンの周到さに感心するも、さすがにここで打ち止めだろう。
正真正銘、強化鎧が最後の砦だと思われる。
それも本命の武装ではない。
あくまでも悪あがきに近い代物だった。
私は降下していく。
ジョンを見据える位置に着地すると、静かに形見の剣を構えた。
こちらからは動かない。
焦ることもなかった。
「魔王ッ!」
逸る感情に駆られて、ジョンがこちらに向けて突進してくる。
彼は両手に聖属性の魔力を流し、幅広の刃を形成した。
それを掲げながら跳び込んでくる。
「ハァッ!」
ジョンが両手の刃を引き、こちらに向けて突き出そうとする。
その前に私は横一線に剣を振るった。
斬撃を受けた魔力の刃は、あっさりと砕け散る。
(動きが単調だ。攻撃が大振りすぎる)
一撃必殺を狙っているのが目に見えて分かった。
技量に頼る戦いでは勝てないとジョンは悟ったのだろう。
だからと言って大雑把な立ち回りをするのは悪手でしかないが、それを教えるほど私は親切ではない。
焦りすぎた彼は、自滅の道を突き進んでいる。
私は片手に魔力を収縮させた。
それをジョンの胴体に衝撃波として叩き込む。
「が、ァッ……」
目を見開いたジョンが吹き飛ぶ。
彼は地面を転がる途中で手をつき、辛うじて立ち上がることに成功した。
そして、忌々しそうに血を吐き出す。
強化鎧は胸部と腹部が破損していた。
その箇所が脆くも剥がれ落ちる。
汗と血に濡れた衣服が露出していた。
「諦めろ。お前では私に勝てない」
「黙れェッ!」
激昂するジョンが鉄砲を抜き放つ。
それを私に向けようとした。
「無駄だ」
私は短距離転移でジョンの眼前に出現した。
発砲される前に鉄砲を切断し、彼の顔面に掌底を炸裂させる。
ジョンが勢いよく仰け反る。
衝撃で兜が割れて外れ飛んだ。
首が千切れなかったのは、強化鎧の保護が効いていたからだろう。
「ウオアァァッ!」
叫ぶジョンは豪快な回し蹴りを繰り出す。
私はそれを片腕で止めた。
瘴気の腕が砕けるも、構わずジョンを斬る。
「…………ぁっ」
後ずさるジョンは、自身の身体を撫でる。
胴体が斜めに裂けていた。
傷は肋骨を断ち、内臓を傷付けているだろう。
すぐに血液が溢れ出してくる。
「く、くそっ」
慌てるジョンは背中の箱を弄る。
すると強化鎧が発光して傷を覆い尽くした。
光が消えた時には出血が治まり、傷も塞がっている。
回復魔術だ。
供給される魔力を流用したのだろう。
精霊の力をそのまま使うなど自殺行為だが、今のジョンに躊躇する余裕はなかった。
迷っていれば、どのみち出血多量で死んでいた。
彼もやむを得ず頼ったに違いない。
私は破損した腕を瘴気で補完すると、荒い呼吸のジョンに指摘する。
「お前は主人格だな。違うか」
「…………」
ジョンは答えず、ただ私を睨む。
そこには闘志が滾っていた。
正義の心に燃えている。
直後、ジョンが殴りかかってきた。
私は拳を受け止めて引き寄せる。
そして、体勢を崩したジョンの顔面に肘打ちを食らわせた。
「――っ」
ジョンは鼻血を噴くも、踏ん張って頭突きを繰り出してくる。
彼の額が、私の鼻と上顎に衝突した。
骨の割れる音が鳴る。
(大した根性だ)
私はジョンの顔を掴み上げると、勢いに任せて地面に叩き付ける。
ジョンは血反吐に塗れながら呻く。
「ぐく……っ、うぅぅ……」
ジョンは私の脚にしがみ付いてくる。
土だらけの顔は涙を流していた。
ただし、戦意は微塵も消えていない。
ジョンはナイフを逆手に持って私に突き立てる。
震える刃先が、僅かながらも骨に食い込んでいた。
焼ける音がするのは、聖属性が付与されているからだろう。
私はジョンを蹴り飛ばす。
彼は抵抗できずに仰向けになった。
立ち上がろうとするも力が入らないらしく、虚しく土を掻いている。
「…………」
その様を見下ろしながら、私は魔術を行使する。
ジョンの背後で土が隆起し、身の丈ほどの十字架となった。
続けて魔力の鎖を伸ばして彼をそこに縛り付ける。
拘束されたジョンは必死にもがく。
しかし、十字架も鎖も壊れない。
いたずらに彼の体力が奪われるばかりであった。
「くそ、どうして僕は――こんな、違う……いや、そうだ! オレは追い詰めたはずだった! ロボの調整が甘くなければ――駄目だ。本当に、何をどうすれば……」
ジョンは顔を振り乱しながら大声で喚く。
完全に錯乱している。
一瞬たりとも同じ表情をしていない。
発言の内容も支離滅裂で、とても理解できなかった。
(内在する二つの人格がせめぎ合っている……?)
生命の危機に瀕したことで、何らかの均衡が崩れたのかもしれない。
そうとしか思えない様相だった。
「は、早く帰らないと……テレビ、毎週観ている番組、が――僕は知ら、ない……面白いんだ。今夜は録画、していな……い、から……」
ジョンはあらぬ方角を向いて呟き続ける。
その目はここではないどこかを見ているようだった。
先ほどまで顔に滲んでいた苦悩が薄れつつある。
「ジョン・ドゥ」
歩み寄って声をかけると、彼は真顔になる。
目の焦点も合って私のことを見ていた。
現実に戻ってきたようである。
「何、だ……僕を――オレを殺すのか。やってみろよ! オレ達の生み出す技術は革新的だ! お前はその可能性を潰すつもりなのかッ!」
ジョンは目を血走らせて吠えた。
十字架に縛られながらも、彼は懸命に自らの価値を主張している。
その意見は間違っていなかった。
ジョン・ドゥという発明家は、有史における分岐点である。
私は辺りを指し示しながら彼に問いかける。
「この街を見て何も思わないのか? 何もかもが破壊されている。飛躍した技術が招いた結果だ」
「それは、あなたが侵攻してきたからだ! 僕達は街を壊すつもりなんて無かった! 全て魔王軍の責任で僕達は――」
彼の言葉を遮るように剣を振るう。
その途端、ジョンは硬直した。
首にじわりと赤い線が浮き出て、そこから鮮血が迸る。
ジョンの目から光が失われていく。
緩やかに首を垂れた彼は、そのまま動かなくなった。
私は剣に付いた血を振り払う。
鮮血に染まる十字架を一瞥して、ジョンに告げる。
「そうだ。全ての責任は私にある。存分に恨むといい。しかし、私はお前を殺した」
どれだけ崇高な思想や主張を持とうと、それに伴う力が必要だった。
綺麗事だけを並べる口しかないのでは意味がない。
確かに私は最低最悪の魔王だが、己の目的を突き通すだけの暴力を有していた。
誰にも屈せず、運命すらも覆す力だ。
それが今まで屠ってきた人間との違いであった。
その時、視界の端が明るくなり始める。
見れば遥か遠方から朝日が顔を出そうとしていた。
夜明けが訪れたのだ。
日光を浴びる十字架の死体を一瞥して、私は形見の剣を鞘に収めた。




