第81話 賢者は最終兵器を破砕する
頭部の残骸を捨てた死霊巨人は、胴体を貫くゴーレムの片腕に手を添えた。
そして、あらん限りの力を込めてへし折る。
放り投げられた片腕は、無残に瓦礫の上を転がった。
『やめろ! それ以上は……ッ』
ジョンの焦る声が上がる。
光線を撃とうとしたもう一方の手が鷲掴みにされ、関節を逆方向に捻じ曲げられた。
動作不良を起こした光線が暴発し、死霊巨人の前面を焦がす。
無論、死霊巨人は気にしない。
平然とした様子で拳の猛打を浴びせていく。
ゴーレムの胸部がさらに陥没し、内部機構が破損していた。
各所から青い液体が溢れ出している。
抵抗する動きを見せれば、死霊巨人が怒り狂って攻撃を加速する。
戦況は一方的な蹂躙へと移りつつあった。
(これで終わりか)
遠巻きに観察する私はそう判断する。
ゴーレムは両腕と頭部を失った。
他の部位も続々と壊されており、既に反撃の余地が残されていない。
ただ解体されるのを待つのみとなっている。
拡声装置が故障したのか、ジョンの声も聞こえなくなった。
ほどなくして、死霊巨人の動きが鈍り始める。
内包する力が霧散し、肉が泡を立てていた。
白煙を噴きながら融けていく。
活動限界を迎えたのだ。
元より長期的な戦闘を見越していなかったが、消耗が思ったより早い。
何度か光線を受けたのが原因だろう。
すぐさま修復できるとは言え、性質的には反発してしまう。
その分だけ瘴気を多量に使わされたものと思われる。
それでも役目は果たしてくれた。
死霊巨人の活躍によって、ゴーレムは半壊状態に陥っている。
働きとしては十分だろう。
ゴーレムは倒れたまま沈黙している。
全身を激しく損傷したことで動けなくなったのか。
直前までの抵抗とは打って変わって静かだった。
(いや、違う)
私は自分の考えを否定した。
神経を研ぎ澄ませて感知に注力する。
秘石の力は未だ衰えていなかった。
ゴーレムと接続して供給を続けている。
魔力はゴーレムの大部分に行き渡っておらず、中央部にのみ集まっていた。
具体的には、操縦者であるジョンの周辺である。
その時、ゴーレムの胴体が展開して何かが飛び出した。
飛び出したそれは死霊巨人を貫く。
破裂音を鳴り響かせて、血肉と骨片が四散した。
死霊巨人の背中を破って空中を舞うのは、小型のゴーレムだった。
球体状の胴体に手足が付いている。
頭部に相当する部位はなく、簡素な見かけをしていた。
ただし小型と言っても、それは巨人ゴーレムと比較した場合だ。
通常のゴーレムよりも二回りほど大きい。
オーガの身の丈を超える程度はある。
私はそのゴーレムからジョンと秘石を探知した。
間違いない。
球体部にジョンが潜伏している。
(脱出用の機構というわけか)
私は抜け殻となった巨人ゴーレムを見て理解する。
あの球体ゴーレムは、緊急時の備えだろう。
平常時は操縦用の装置となっており、巨人ゴーレムが壊れれば今のように単体で稼働できるのだ。
私の考察をよそに、巨人ゴーレムに残留する魔力が怪しげな動きをしていた。
一カ所に集中して渦巻いている。
精密な術式を無視して出力を高めている。
不味いと思った時には、大爆発が起きた。
馬乗りになっていた死霊巨人は、その直撃を浴びる。
大地を揺るがす衝撃を前に、死体で構築された巨躯はあっけなく破砕した。
一方で爆発した巨人ゴーレムも金属の残骸と化している。
完全に原形を失っており、さすがに稼働できる状態ではない。
周囲の瓦礫に紛れて見分けが付かないほどだった。
どうやら巨人ゴーレムは自爆機能を有していたらしい。
なかなかに凶悪なものである。
至近距離で今の自爆を受けていたら、致命傷どころでは済まなかっただろう。
アンデッドに任せて遠隔攻撃を選んで正解だった。
『うおおおおおぉぉぉッ!』
反響するジョンの雄叫び。
足裏から火を噴射する球体ゴーレムは、私に向かって突進してくる。
やや不安定ながらもかなりの速度だ。
その手には、光の槍が握られていた。
聖属性を付与された魔力の槍だ。
もう一方の手には防御魔術の盾が構えられている。
(まだ私を倒すつもりなのか。見上げた根性だ)
素直に感心しつつ、腰に手を伸ばす。
そこには鞘に収まった形見の剣があった。
巨人ゴーレム相手だと間合いが不足していたが、球体ゴーレムならちょうどいい。
『死ね、魔王ッ!』
裂帛の気合を乗せてゴーレムの刺突が放たれる。
私は紙一重で躱し、すれ違いざまに剣を抜いた。
その動きを利用して、ゴーレムの表面を撫で斬っていく。
「…………」
私は剣を下ろして振り返る。
ゴーレムは足裏の噴射で高度を維持していた。
斬撃を受けた箇所が割れて、濛々と黒煙を漏出させている。
(――思ったよりも浅いな)
どうやら外装の裏に強靭な防御魔術が仕込まれているようだ。
それのせいで刃の角度がずれたのだろう。
損傷を受ける前提だが、その損傷を極力減らす仕組みである。
小型になったにも関わらず、内蔵された秘石の出力は変わらない。
相対的に術の強度自体も向上しているようだ。
攻撃範囲は狭くなったが、代わりに耐久性が劇的に上がっている。
『ちょろちょろと避けやがって……ッ』
空中で方向転換したゴーレムは、一直線に私のもとへ飛び込んできた。
突進の勢いに任せて再び刺突が繰り出される。
(拙いな。新兵未満といったところか)
私は迫る刺突を目にして思う。
これはゴーレムの性能が原因ではない。
ジョンの技量が如実に反映されているのだ。
おそらく最低限の扱い方しか習っていないのだろう。
私は防御魔術で刺突を逸らすと、踏み込んで間合いを詰めた。
がら空きのゴーレムを狙って形見の剣を振り上げる。
『ぐっ、この……!』
ゴーレムが盾を割り込ませてきたが、関係ない。
形見の剣による一閃で、防御魔術の盾を切り裂く。
流れるように槍を持つ腕も切断した。
『やりやがったなクソ野郎ッ!』
球体ゴーレムの頂部が開き、そこから鉄砲が覗いた。
私が剣を構え直すと同時に発砲される。
「……っ」
無数の粒が私の全身を打った。
一度の射撃で、分散された弾がばら撒かれたのだ。
こちらの回避や防御を困難にするためだろう。
実際、大半は剣で弾くことができたが、残りは身体に命中している。
命中箇所が焼けるような痛みに襲われる。
粒の弾には聖属性が込められていたらしい。
一部の骨は衝撃で割れている。
しかし、それだけだ。
私を行動不能にするほどの威力ではなかった。
しばらくは痺れや痛みが残るだろうが、許容範囲の傷であった。
「鉄砲程度で魔王は殺せない」
そう告げた私は、瘴気の片手で鉄砲を掴んで握り潰す。
さらにゴーレムを地面へと投げ飛ばした。
ゴーレムは受け身も取れずに瓦礫の山に衝突する。
遅々とした動きで起き上がろうとしたので、そこへ大魔術を連続で撃ち込んでいった。
極大の炎が焼き尽くし、天から降り注ぐ落雷が炸裂し、瘴気の霧が執拗に蝕む。
一切合切の反撃を許さず、ひたすらに追撃を繰り返した。
(……これくらいでいいか)
頃合いを見て私は魔術を止める。
辺り一面に煙が蔓延しており、その様相は窺えない。
私は魔術による風で煙を押し流す。
そこに街だった形跡は残っていなかった。
瓦礫すらも綺麗に消滅している。
この近隣だけが、ぽっかりと荒れ果てた大地を晒していた。
「…………」
変貌した光景の中心に、唯一の例外が転がっている。
球体ゴーレムだ。
内部機構が剥き出しになってほぼ全壊しているが、確かに存在している。
大魔術の嵐を耐え切ったようだ。
空気の抜ける音がして、ゴーレムの上部が蓋のように開いた。
そこから一人の男が現れる。
こちらを見上げるのは、強化鎧を纏うジョン・ドゥだった。




