第80話 賢者は死霊を使役する
破損したゴーレムが立ち上がる。
弾切れになった魔導砲が、外れて落下した。
不要となって分離したのだろう。
『うお……っ?』
ジョンが声を上げた途端、ゴーレムがよろめく。
何とか踏ん張って倒れずに済むも、端々の挙動が怪しかった。
どうやら魔力の循環に滞りが生じているようだ。
各所の破損で機能不全が起きつつある。
元々、ゴーレムは奇蹟で成り立っているような構造だ。
これほど精密な兵器は他に見たことがない。
故に少しのずれで破綻する。
損傷が増えるほど、その影響は顕著になるだろう。
『くそ……』
ゴーレムは前方で足を止める。
先ほどまでのように苛烈な攻撃を仕掛けてくることもなく、ただ身構えるだけだった。
下手な攻撃を繰り返しても意味がないと悟ったようだ。
操縦者のジョンは、強い警戒心を抱いている。
(魔導砲は弾切れとなり、光線は反射できた。転移による回避もほぼ無制限に使える)
ゴーレムの攻撃は、いずれも私を殺すのに不十分だった。
純粋な力では私が劣るも、能力の汎用性に覆しようのない差がある。
製造された兵器には、明確な限界が存在する。
どれだけ工夫を凝らしても、設計上の枠組みから抜け出せないのだ。
成長という概念がない点こそ、兵器の最たる弱点と言えよう。
「…………」
私は体外に瘴気を滲ませ、融解した脇腹と片腕を補完する。
修復箇所は骨ではなく木のような質感となったが、さしたる問題はない。
瘴気の手も淀みなく動かせた。
少なくともこの戦いを終えるまでは持つだろう。
その間、ゴーレムは私の様子を窺っていた。
適度な間合いを保って、いつでも光線を撃てるようにしている。
心を折るような対処を重ねてきたのだが、まだ戦うつもりのようだ。
劣勢の中でも、ジョンは勝利を諦めていない。
むしろ冷静さを取り戻し、逆転の糸口を探っていた。
激昂から一転して、彼は声を発さなくなっている。
精神的に追い詰めることで、抵抗する気力を失わせるつもりだったというのに、却って奮起させてしまったらしい。
ジョンは意外と執念深い。
あれから主人格が表層化することもなく自我を保っている。
この辺りのしぶとさと諦めの悪さは、英雄的な気質と考えられるかもしれない。
単身で魔王に挑んでいる時点で、並外れた胆力の持ち主である。
(だからこそ油断できない。堅実に進めていかなければ)
現状、私がすべきことは限られていた。
まずは巨人ゴーレムを破壊し、内蔵された秘石を奪取する。
そしてジョン・ドゥを殺害する。
今までの会話により、彼との和解は不可能だと判明した。
魔王軍に引き抜くことができない。
かと言って生かしておくと、再び厄介な事態を招くだろう。
彼の発想と技術力を放置するわけにはいかなかった。
現在のジョンは窮地に追いやられているものの、不用意な接近は禁物だ。
私が最も恐れるのは、至近距離から大精霊の力を浴びることであった。
依然としてゴーレムは高出力を維持している。
光線やそれに類する攻撃で全身を消し飛ばされた場合、魂までもが破損する可能性がある。
それは私の蘇生に関わるため、下手な聖属性の攻撃より危険だった。
だから遠隔攻撃で確実にゴーレムを無力化し、反撃できない状態にしてから秘石を奪わねばならない。
方針を決めた私は、さっそく術を行使した。
それに反応したゴーレムが、両手をこちらに向ける。
ただし光線は撃たない。
やはり反射を警戒しているらしい。
一連の損傷がジョンの判断を慎重にしていた。
故に私は堂々と術を構築できる。
私は意識を首都広域へと拡散する。
その過程で各所に散乱する死体を感知した。
アンデッドに食い散らかされた者や、瓦礫に潰された者、ゴーレムの光線で焼き殺された者、戦闘の中で命を落とした者など様々な死体が見つかる。
それらを死者の谷の権能で合成していった。
徘徊するアンデッドもついでに混ぜ合わせる。
合成したものを私のもとへと招集した。
間もなく不気味な肉塊が瓦礫の上を這い進んで現れた。
芋虫状のそれはあちこちから寄せ集まり、後ずさるゴーレムの前に積み上がる。
粘質な音と共に、膨大な量の血肉と骨が繋ぎ合わさっていった。
『な、なんだこれは……』
ジョンが呆然とする合間に、肉塊は巨大な人型と形成した。
見た目は赤い泥人形のようなもので、ゴーレムと肩を並べるほどの大きさがある。
その表面には、誰かの顔や手足等が浮き上がっては沈んでいた。
仕上げに首都全域を漂う怨念や霊、濃密な瘴気を肉塊の巨人に封じ込める。
これによって肉塊の巨人は、全身に黒い炎を纏うアンデッドへと変貌した。
通常の魔術では到底実現できない異形――魔王だけが生み出せる死霊巨人である。
宙に立つ私は、固まったままのゴーレムに向けて告げる。
「この中にはお前に殺された者も多く含まれている。彼らの憎悪を味わうといい」
言い終えると同時に、死霊巨人が血を垂れ流しながら駆け出した。
猛獣じみた動きでゴーレムへと跳びかかる。
『畜生……っ!』
ゴーレムはすぐさま光線を放つ。
死霊巨人は避けずに直進した。
胴体の数カ所に穴が開くも、速度を落とさずにゴーレムを殴り飛ばす。
『ぐうっ!?』
ゴーレムは瓦礫の上を転がっていった。
まだ無事だった建造物を薙ぎ倒しつつも、なんとか停止する。
殴られた腹部が凹み、火花を散らしていた。
死霊巨人は屍の寄せ集めであり、生物ではない。
だから急所など存在しない。
全身のあらゆる部位が骨と筋肉で構成され、怨念と霊を瘴気で燃やして力に変換する。
その性質上、短時間しか存在できないが、ゴーレムに対抗し得るだけの戦闘能力を獲得していた。
死霊巨人はゴーレムに圧し掛かって馬乗りとなる。
そうして振り上げた拳を、猛烈な勢いで打ち込んでいった。
絶大な膂力による物理攻撃だ。
万全でないゴーレムの防御魔術は瞬く間に突破された。
大質量の拳は、金属の身体を次々と破壊する。
露出した内部機構が、連続で爆発していた。
自動修復も間に合わず、そもそも予備の部品も足りていないのだろう。
『このっ、放しやがれええええええぇッ!』
ジョンが絶叫し、ゴーレムの指から光線を連射させた。
死霊巨人はあっけなく撃ち抜かれるも、すぐに肉が蠢いて穴が塞がる。
拳の連打が止まることはない。
打撃の余波でゴーレムの下の地面が陥没していく。
『くそ、くそ、くそォ! どうしてこんな、オレがああああぁァァァァッ!』
ゴーレムの腕が突き出され、死霊巨人の胴体を貫いた。
無論、攻撃は止まらない。
それどころか、肉がゴーレムの拳に絡まって引き抜けなくなる。
ジョンは平常心を失っていた。
さすがの彼も、思わぬ攻撃に動揺している。
死霊巨人により、ゴーレムの大きさという心理的な優位性を奪い去ったのだ。
その時、死霊巨人の頭部が裂けた。
何らかの攻撃で損傷したわけではない。
自発的に展開されたのだ。
そこから悲痛な咆哮が発せられる。
「――――――ッ」
死霊巨人の両手が、ゴーレムの頭部を掴んだ。
そのまま力任せに引っ張って引き千切る。
金属の頭部はめり込む指に圧迫され、木端微塵に粉砕された。




