第79話 賢者は発明家の希望を摘み取る
黒い大樹は軋みながら成長し続ける。
栄養となっているのは、巨人ゴーレムの魔力だ。
圧倒的な吸収力によって循環する魔力の流れを阻害し、結果としてゴーレムの動きが悪くなっている。
『舐めた真似をしやがって……!』
ゴーレムは指の光線を大樹に当てた。
光線は幹の表面を削るのみで、切断には至らない。
魔力の大部分を大樹に浪費されているため、勢いが弱まっているのだ。
それでも丹念に投射することで、なんとか切り落とす。
支えを失った大樹は、大きく裂けながら傾いていく。
重力に従ってゴーレムの頭部から剥がれ落ちた。
ところが、残った部分が再び成長を開始する。
頭部全体に深々と根を張っており、たとえ切断しても意味がないのだ。
全ての根を余さず引き抜くのは困難だろう。
『畜生! どうなっていやがるんだッ!』
ジョンは悪態を吐くと、ゴーレムの破壊された頭部を分離した。
轟音を立てて地面に落下すると、すぐさま瘴気に侵されて錆びる。
魔力の供給を失ったことで、育ちかけた瘴気も枯れて消えた。
頭を失ったゴーレムの断面から金属板がせり出す。
それは自動で組み上がり、箱型の無骨な頭部を形成した。
ゴーレムは予備部品を内蔵しており、破損箇所を修理できるようになっているらしい。
形状が最初と異なるのは、他の部位との互換性を持たせるためだろう。
どこが壊れても同一の部品で直せるように考えられているのだ。
あくまでも応急処置に近い扱いで、完全な修復ではないのである。
それでも戦闘中に修理できるのは画期的だろう。
箱型の頭部に青い光が灯る。
明らかにこちらを凝視していた。
大樹による吸収がなくなったことで、ゴーレムは復活したようだ。
『クソッタレの魔王が……お前は絶対に殺してやるよォ!』
激昂するジョンの声と共に、ゴーレムの光線と砲弾が作動した。
全身各所に搭載された兵器が私に牙を剥く。
(冷静さを欠いているな。攻撃方法に工夫が無い)
回避行動を取らず、私は中空に佇む。
あまり避けすぎると、街の被害が拡大してしまう。
現状、この首都を滅ぼすつもりはない。
何よりわざわざ回避するまでもないのだ。
迫りくる光線に対し、私は瘴気を乗せた業火をぶつけて相殺する。
反発する性質が功を奏した。
私も魔力量には自信があるため、一瞬で押し込まれる心配はない。
加えてゴーレムの内包する魔力は解析済みだった。
上手く相殺できるように調節するのは容易である。
続けて十数発の砲弾が飛来してきた。
私は前方に防御魔術を展開する。
特製の障壁を数千枚だ。
砲弾は勢いよく突き進んでくるも、障壁を穿つごとに減速していた。
術式破壊の細工が摩耗しているのだ。
そうなるように私が障壁を調整している。
全ての障壁が破られたところで、魔力の網を展開した。
砲弾を残らずしっかりと受け止め、弾性を活かして跳ね返す。
『なっ!?』
ジョンが驚愕し、ゴーレムの両腕を掲げられた。
防御魔術を貫いた砲弾が炸裂する。
爆発によって鋼鉄の前腕が陥没し、衝撃でゴーレムは体勢を崩した。
瓦礫の海をよろめきながら後ずさる。
「ふむ」
私はゴーレムの損傷を確かめる。
砲弾を受けた両腕が火花を噴いていた。
指の挙動がおかしい。
動作機構が壊れたのだろう。
人間なら神経に該当する。
部品の取り換えで修理できる部分ではなかった。
『やってくれるじゃねぇか……ちょっとだけ堪えたぜ』
「そうか」
やり取りの中で私はゴーレムの変化に気付く。
ゴーレムの魔導砲が作動を停止していた。
おそらくは弾切れである。
魔力由来の戦車砲と異なり、魔導砲には実物の弾が必要だ。
装填した分が無くなったのだろう。
これ以降、ゴーレムの遠距離武装は光線に限られる。
他の武装は備えていない様子である。
さすがにその辺りを充実させるだけの余裕はなかったようだ。
そもそも必要ないとも言える。
ゴーレムの性能を考えれば、魔導砲と戦車砲があれば十分だった。
通常の敵なら、相手の射程外から攻撃して完封できる。
近接攻撃も、鋼鉄の巨躯による打撃がある。
現在のように長期戦となるのが想定外なのだろう。
本来は短期決戦で一気に畳みかけるための兵器に違いない。
改良が進めばこの辺りの弱点も克服されるはずだが、私がそれを許さなかった。
この時期に発見できて良かったと思う。
さらに開発が進んでいたら、今以上の苦戦を強いられていた。
被害規模も乗算で増えていたかもしれない。
『お前、どれだけ魔力を持っているんだ……とっくに枯渇してもおかしくないはずだろう?』
「それはこちらの台詞だ」
『ハッ、真面目に取り合う気はないようだなァ……ッ!』
ゴーレムが屈みながら疾走する。
途中、瓦礫を鷲掴みにすると、それを私に向かって投擲してきた。
(なるほど。そう来たか)
剛腕を以て放たれた瓦礫は、相当な破壊力を伴う質量兵器となった。
下手な大魔術よりよほど強力だろう。
しかし、所詮は苦し紛れで行われた攻撃だ。
対処はさほど難しくない。
私はそれらを風魔術で吹き散らした。
瓦礫の雨はすぐそばを通過する。
命中した物は一つもない。
『――隙ありだッ!』
勝ち誇るようなジョンの声。
直後、ゴーレムの胴体から極太の光線が放たれた。
瓦礫は私の意識を逸らすための罠で、本命はこちらだったらしい。
「甘い」
私は鏡のような障壁を生成し、光線を受け止める。
すると光線は逆流し、そのままゴーレムの胴体へと戻っていった。
『うおっ!?』
ゴーレムは身を翻しながら回避する。
掠めた光線によって胴体の砲が融解し、右肩が抉れて腕が外れかかる。
大きな損傷だが、咄嗟の動きで被害は最小に留められていた。
もし光線が直撃していれば、胴体に大穴が開いていただろう。
操縦者であるジョンは消し炭となり、光線の出力に耐えられるであろう秘石だけが残ったはずである。
ゴーレムが片膝をついて、破損した右肩を庇う。
断面から金属板が現れて溶接が行われた。
少しの間を経て肩の破損は塞がれた。
見た目はやや不自然だが、動きに大きな支障はなさそうだ。
箱型頭部の青い目が私を睨み上げる。
『てめぇ……何をしたっ!?』
「反射の禁呪だ。ゴーレムの魔力を解析したことで使用可能となった」
秘匿すべき情報でもないため、私は正直に答える。
ゴーレムの渾身の一撃に合わせて使いたいと考えていたが、目論見は上手くいったようだ。
今の反射で勝負が決すれば良かったものの、そこまで欲張ることもない。
また一つ、ジョンの手札を潰せたことに変わりはなかった。
これで彼は、迂闊に光線を使えなくなった。
その心理的な負担は大きいだろう。
徐々に策を封じられていく状況は、確実に希望を削ぎ落とす。
あれだけ何度も光線を目にしていれば、嫌でも対処方法を思い付く。
醜い不死者になっても、私は賢者だった人間だ。
これくらいの芸当は片手間にでもこなせる。
生前は強大な力に驕る者と戦ってきた。
形勢が有利だったことなど、本当に数えるほどしかない。
格上との戦闘は心得ているつもりである。




