第78話 賢者は巨人ゴーレムを翻弄する
巨人ゴーレムが肩の魔導砲を連射する。
いずれも直撃すれば只では済まない威力を秘めていた。
故に私は、転移で躱しながら移動を繰り返す。
素通りした砲弾が、後方の建造物に炸裂していった。
白塗りの建物が次々と爆散し、通りの石畳が乱雑に抉られる。
復興には相当な年月と資材が必要だろう。
街の損害を眺めている間に、さらなる砲撃が飛んできた。
今度は魔力の網で跳ね返そうとするも、受け止める間もなく砲弾が貫通する。
感触が通常の魔導砲とは違う。
弾頭に術式破壊の細工が施されているようだ。
巨人ゴーレムが扱う専用弾らしい。
無理に跳ね返そうとするより、回避に徹するべきだろう。
万が一、直撃すれば木端微塵になってしまう。
仁王立ちするゴーレムは、容赦なく砲撃を浴びせてくる。
間隔を乱さず、圧倒的な火力を以て私を殺そうとする。
あまりに遠慮がないため、私は魔術による拡声でジョンに尋ねた。
「街の被害は気にしなくていいのか」
『ああ、どうだっていい! 俺は国に忠誠を誓ったわけじゃないからなァッ!』
ジョンは嬉々として即答する。
合わせて放たれた砲撃が、家屋をまとめて貫通していった。
大穴の空いた家屋は、轟音を立てて崩壊する。
『そもそも死者は全てあんたの責任になるんだぜ? 俺は何も悪くない。正義の看板を掲げて、堂々と戦えるってものさ』
開き直るジョンは高らかに笑う。
そこに良心の呵責は感じられない、
彼はゴーレムの片脚を上げさせると、そのまま踏み付けようとしてきた。
私は後退して距離を取る。
打ち下ろされた鋼鉄の足は、眼下の建物を踏み潰した。
衝撃で地面が陥没し、亀裂が深まっている。
(まったく、とんでもない男だな)
苦悩の中で正義を志していた主人格とは対照的である。
何もかもを理解した上で、彼は殺戮を敢行していた。
ある意味、相当な合理主義者だろう。
私を抹殺できれば、その他の被害を許容できるのだから。
もっとも、ジョンの場合は他者に興味がないだけだろう。
別に誰がどこで死のうと構わないのである。
そういった考えだからこそ、街中でも躊躇いなくゴーレムの力を振るえるのだ。
魔巧国の人々からすれば迷惑極まりないが、彼の行為を止めるわけにもいかない。
この首都において、魔王を止められるのは巨人ゴーレムしかいないのだ。
無力な人々は、戦いの推移を見守る他なかった。
私はゴーレムの関節部に向けて雷撃を撃ち込む。
やはり防御魔術に弾かれてしまい、損傷させるには至らない。
大魔術すら凌ぐ強度が常に張られているようだ。
『何度やったって無駄だ! こっちが消耗することはないんだからなァ!』
ゴーレムの胴体が変形し、収納されていた極大の砲が現れる。
胴体から突き出すような形だ。
そこに魔力が集まって渦を巻き、急速に出力を高めていく。
力の膨らみが頂点に達した時、光線が私を狙って放たれた。
(今度は戦車の砲撃か)
私は多重の防御魔術で光線を逸らす。
軌道のずれた光線は、一直線に都市を薙いでいった。
それに沿って爆発が連鎖し、かなり遠くの建造物までもが崩壊する。
感知魔術によると、避難場所も巻き込まれたようだ。
今の光線で相当な数の命が犠牲となった。
甚大な被害をよそに、ゴーレムは戦車砲と魔導砲を連射してくる。
挙句の果てには、指からも光線を放ってきた。
私は転移魔術を駆使して躱していく。
絶え間なく攻撃を仕掛けられているが、今のところは余裕があった。
(これだけ乱用すれば、すぐに魔力が枯渇するはずだが……)
私は巨人ゴーレムを注視する。
漲る魔力は、依然として尽きる気配がない。
搭載された秘石が、無尽蔵に魔力を供給しているのだ。
この程度の消耗では、供給速度を超えることはないのだろう。
ゴーレムの一連の攻撃によって、街は壊滅寸前だった。
各所で火の手が上がり、近隣の建物はほとんどが崩れている。
避難していた人々も多くが死んでいた。
私達は瓦礫の荒野で戦っている。
『はっはっは! ちょろちょろと逃げやがって、すぐに――ッ!?』
さらに光線を撃とうとしたゴーレムが、唐突に尻餅をついた。
狙いが大きく逸れた光線は、夜空に向かって打ち上がる。
ゴーレムはすぐに立ち上がろうとするも、手足が強張って上手くいかない。
何やら様子がおかしかった。
『駄目、だ……こ、こんなことは許され、ないっ! 僕は……ま、魔王を倒して、皆を――ったく、ふざけんな! 状況が見えてないのか!? オレの邪魔をするなッ!』
激情に駆られた声が響き渡る。
独り言のように聞こえるが、実際はそうではない。
おそらく主人格が抵抗しているのだ。
人々を殺戮するゴーレムを止めようとしている。
互いの人格を完全には抑えられないのだろう。
現在のジョン・ドゥは、二つの心が衝突していた。
何はともあれ、私にとってはまたとない機会である。
この隙に私は拘束系統の魔術を行使した。
大量の魔力を使って範囲を拡張する。
地面から伸びる蔦がゴーレムの四肢に絡み付いていった。
防御魔術も関係ない。
その上から丸ごと縛り付けてしまうからだ。
ゴーレムは砲撃で蔦を粉砕し、手足を振り回して拘束を引き千切る。
纏わり付く蔦を鬱陶しがりながらも、なんとかして立ち上がった。
しかし、そこへ新たに生えた蔦が覆い被さろうとする。
『チッ、こんなショボい真似しかできないのか!? 時間稼ぎにしかならねぇぞ!』
ジョンはかなり苛立っているようだ。
彼は延々と生え続ける蔦に苦戦していた。
地面に向かって光線を連発するも、拘束が止まることはない。
ひたすら焼き切るか、千切り捨てるしかなかった。
(主人格の声が聞こえない。なんとか抑え込んだのか?)
聞こえてくるのは、ジョンの悪態ばかりだ。
不調気味だった動きも改善されている。
私は転移でゴーレムの頭上に赴く。
すぐさま砲がこちらを向いて火を噴いた。
構っている暇はないので、防御魔術で適当に防いでおく。
いくら破壊されようと、それ以上の速度で展開し続ければ問題ない。
私はゴーレムの眼前で禁呪を発動する。
ただし魔力はほとんど使わず、瘴気を軸に術を構成した。
私の指先から、針のように細い漆黒の管が伸びる。
それは防御魔術を貫くと、ゴーレムの頭部に突き刺さった。
純度の高い瘴気であることに加え、漆黒の管は極限まで圧縮している。
術を一点に集中させることで、ゴーレムの堅牢な守りを貫通させたのである。
私は管を経由して微量の魔力を吸収した。
その途端、身体が融解する。
右肩から脇腹にかけての骨が崩れた。
魔力の性質的に反発してしまったようだ。
大精霊の力と魔王の瘴気は相性が悪いらしい。
私は損壊した身体に構わず、摂取した魔力を解析する。
目視では判断しかねる部分を重点的に調べていく。
性質を掴むのは大切なことだ。
魔術を学ぶ上での基本とも言える。
戦闘においては、攻防の両面で有用だった。
魔力の性質に合わせて術式を調整できるからだ。
解析が緻密であるほど、私の攻撃は相手の防御を穿ちやすくなり、展開した防御はより強固となる。
『何してんだ、離れろッ!』
ゴーレムの手が私を掴もうとするので、転移で瞬時に離れる。
ただし瘴気の管は残したままだ。
私は歩いてくるゴーレムを遠巻きに眺める。
(術は既に発動した。あとは少し待つだけだ)
間もなくゴーレムに異変が生じた。
急に動きが緩慢となり、膝をついて止まってしまったのだ。
『おい……どうして動かない! 魔王、お前何をしやがった!』
ジョンの怒声が反響する。
今度は人格が不安定になったわけではなかった。
私が施した術による機能不全である。
停止したゴーレムの頭部にて、大きな魔力反応を探知する。
それは瘴気の管であった。
ゴーレムの魔力を養分のように吸い取ることで膨れ上がっているのだ。
相性の悪さから融解しているが、それに勝る速度で肥大化している。
やがて管は幾本もの枝となって拡散した。
相次ぐ爆破音と共に炎が揺らめく。
ゴーレムの頭部を破りながら、黒い大樹が育ち上がった。




