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処刑された賢者はリッチに転生して侵略戦争を始める  作者: 結城 からく
第三章

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第75話 賢者は発明家の人柄を知る

「お前がジョン・ドゥか。ようやく話せたな」


『あなたは、魔王ですね……』


 ジョン・ドゥは緊張気味に言う。

 呼吸が少し乱れていた。

 魔道具を介しての会話で顔は見えないが、声音からは弱気な印象を受ける。


 本当に一連の兵器の開発者なのだろうか。

 疑問に思いつつ、私は用件を伝えることにした。


「帝国から奪った秘石を返せ。大精霊が暴れて迷惑している」


『それは……できません』


 ジョン・ドゥはきっぱりと答えた。

 迷いのない口調である。


「なぜだ」


『どうしても必要だからです。候補は探しましたが、適合したのは秘石だけでした』


 候補という表現から考えるに、やはり何らかの利用目的があるらしい。

 秘石ほどの触媒しか適合しないとなると、よほどの術だ。

 大魔術の規模すら超えている。

 そこまで行くと目的が想像できない。

 逆にどのようなことでも可能としてしまうからである。


「何の候補だ」


『……言えません』


 ジョン・ドゥは少々の間を置いて回答する。

 その意志は固く、口頭の説得では白状しないだろう。

 やはり直接会って話さなければならない。


 しかし、こうして会話できるのはまたとない機会でもあった。

 実際に対峙した場合、落ち着いたやり取りはまず不可能だ。

 今のうちに少しでも情報を得たい。

 魔王軍に引き抜けるか否かも査定すべきだろう。


「……」


「…………」


 私はローガンと目配せをする。

 ローガンは頷き、目を閉じて感知に集中し始めた。

 会話の間に、ジョン・ドゥと秘石の位置を探ってもらうのだ。

 片時も無駄にはしない。

 どのような展開にも対応できるようにしておく。


 私は時間稼ぎの会話を続けることにした。



「まあいい。大方、私を殺すための魔術触媒にするのだろう。分かっている」


『…………』


「お前が何を企んでいるにしても、私はそれを止めねばならない。そのためなら幾万もの民も殺し尽くしてみせよう」


 私は挑発を兼ねて宣言した。

 ただし、陳腐な脅し文句ではない。

 必要となれば実行する。


 既に首都の各地では、魔王軍による被害が続発していた。

 アンデッドの数も膨れ上がり、今頃はあちこちで生者を貪っているだろう。

 魔巧軍の大半は、その対処に追われている。

 こうして呑気に会話をしていても、誰も襲ってこないのが良い証拠だ。

 役割分担が十分にできていない。

 私の魔術で連絡が阻害され、軍全体の連携が噛み合わなくなっているのだろう。


『……やめてください。この国に住む人達に罪はありません』


 ジョン・ドゥは悲痛そうに述べる。

 演技ではない。

 彼は国民が傷付くことに心を痛めていた。


 だからこそ、私は冷徹な言葉を彼にぶつける。


「魔王が説得になびくと思ったか? そもそも秘石を盗んだお前達が悪い。民の危険が及ぶと考えなかったのか」


『僕だって、秘石の入手経路は手に渡ってから聞いたんです! 事前に大精霊の秘石だと聞いていたら、絶対に止めていました! だけどもう、手遅れなんです……』


 ジョン・ドゥの声は尻すぼみになっていた。

 精神的に追い詰められている。

 自らの選択に誤りが含まれていることにも気付いているのだろう。

 しかし、後戻りはできないと知っている。

 並々ならぬ重責に苛まれているのは明らかであった。


「勝手に手遅れだと決めるな。悔いがあるのなら早く引き渡せ。大精霊に返してやろう」


『……今度はあなたが秘石を悪用するつもりですか?』


「違う。厄介事を処理したいだけだ。秘石は大精霊に返す。だから私に差し出せ」


 返却猶予である三日間が過ぎようとしていた。

 夜明けには帝国領土へ赴き、大精霊に秘石を渡さなければならない。

 下手をすると、魔王領にまで被害が及ぶ恐れがある。


 あの大精霊ならありえるだろう。

 怒り狂うと始末に負えない。

 できるだけ敵対したくない類の存在であった。


『…………』


 ジョン・ドゥはしばらく沈黙する。

 私の主張を加味して考え込んでいるようだ。

 やがて彼は答えを出した。


『やはり無理です。あなたは魔王だ。とても信用できない』


「そうか。残念だ」


 私は淡々と応じる。


 そういった反応が返ってくることは、なんとなく予想できていた。

 魔王に秘石を渡すという行為は、確かに事情を知らなければこの上なく危険である。

 私も同じ立場なら渡さないだろう。

 ジョン・ドゥの判断は、一般的には正しい。

 何ら間違っていなかった。


 こうして話してみると、ジョン・ドゥは善人寄りの男である。

 嬉々として兵器開発に勤しんでいるわけではない。

 状況に強いられ、様々な苦悩を抱えている。

 気苦労の絶えない人物だ。


 私は隣で集中するローガンを一瞥する。

 まだ感知を行っていた。

 より詳細な場所を特定しているようだ。


 これさえ完了すれば、転移で強引に秘石を奪取できる。

 相手に気付かれないうちに完了させたい。

 そのためにも自然な会話を継続すべきだった。


 旧友の奮闘を横目に、私は新たな話題を提供する。


「ところで、私に何の用だ。こうして顔を合わせずに話したいことがあるのだろう」


『そうですね……あなたに一つ、要望があります』


「何だ」


 私が続きを促すと、ジョン・ドゥは神妙な口調で懇願する。


『この国を脅かすことを、もうやめてくれませんか』


 私は告げられた言葉を受けて黙り込む。

 一瞬ながらも思考が停止した。

 我に返ったところでジョン・ドゥに確認する。


「……それは、本気で言っているのか」


『はい、本気です……あなたという魔王が存在することで、争いは永遠に終わりません。いずれ世界全体が戦禍を被ることになるでしょう』


 ジョン・ドゥは毅然とした態度で言った。

 私は思わず頭を抱えそうになる。


 そもそも魔巧国が帝国貴族に命じて秘石を盗まなければ、このような事態には陥らなかった。

 実際、私が魔巧軍に侵攻する予定はなかったのだ。

 此度の侵攻は間違いなく秘石が起因である。


 ジョン・ドゥの意見は、全ての非がこちらにあるような言い方だった。

 一部の主張は正しい。

 魔王が争いを起こしていることは認めよう。

 しかし、大精霊の逆鱗に触れたのは、魔巧国の愚かな選択によるものだ。

 結果として帝都が滅びている。

 現在の私は、その被害を少しでも食い止めようと尽力しているのだ。


 ジョン・ドゥの糾弾は、自らが正義の側に立つと確信しているが故の発言だろう。

 いや、それを信じないと彼はやっていけないのだ。

 魔王に悪を押し付けなければ、自らの過ちを認めねばならない。

 今の彼の精神は、悪を許容できないのである。


 それを察した上で、私はジョン・ドゥに堂々と宣告する。


「望むところだ。私は世界を滅ぼす」


『そう、ですか。やはり、あな、た……は……ぐっ』


 憂鬱そうに話すジョン・ドゥだったが、突如として苦しみ始めた。

 激しく咳き込み、振り絞るようにして呻いている。

 壁か床を引っ掻くような音もした。


『ああ、駄目だ……くそ……こんな、ところ、で……』


 ジョン・ドゥの声が掠れていく。

 苦悶の末、やがて完全な沈黙が訪れた。

 一切の声や物音が聞こえなくなる。


 不審に思った私は、こちらから話しかけた。


「ジョン・ドゥ、聞こえているか。返事をしろ」


『…………ハハッ』


 返ってきたのは、小さな嘲笑。

 その声は、苛立った様子で喋り始める。


『さっきから大人しく聞いていれば、随分と思い上がってるなァ。あんた何様だよ』


「お前こそ誰だ」


 私に問いかけに、声は鼻を鳴らした。

 深々とため息を吐いている。


『おいおい、通話相手の名前も忘れたのか。骨だけに脳無しってことかね』


「……まさか。ジョン・ドゥなのか」


 幾分かの疑念を持ちながら私は尋ねる。

 声は嬉しそうに肯定した。


『その通り。オレは魔巧国が生んだ世紀の発明家――ジョン・ドゥ様だ』

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