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処刑された賢者はリッチに転生して侵略戦争を始める  作者: 結城 からく
第三章

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第73話 賢者は不穏な予感を覚える

 転移先は建物の屋根の上だった。

 グロム率いる魔王軍のいる地点からは、それなりの距離がある。

 首都の中央部に寄った形だ。


 住人の避難は済んでいるのか、辺りは静かである。

 派遣したアンデッドも疎らである。

 人間と言えば、傭兵らしき集団がアンデッドと戦う姿を遠目に確認できるくらいだろうか。

 こちらに気付いた様子もないので放っておく。

 わざわざ殺すこともないだろう。


 隣に立つローガンが、頬を伝う汗を拭った。

 澄ました表情をしているも、少なからず緊張が窺える。

 彼は深々と息を吐いた。


「先ほどの兵器は凄まじかったな。大魔術に匹敵する威力があった」


「あれが量産されているのなら恐ろしいことだ」


 そう返しつつ、私は予想が的中していることを確信していた。

 首都の各所に似たような反応があるのだ。

 おそらく戦車だろう。

 把握できる限りでも百は下るまい。


 魔王軍に対抗するため、徐々に製造して数を増やしたに違いない。

 それでも首都全域を網羅できる数ではないため、戦車は均等に散開していた。

 避難場所や魔王軍の付近を動いている。

 護衛と迎撃をそれぞれ担っているようだ。


 互いに離れた場所にいながらも、戦車は見事に統率の取れた立ち回りをしていた。

 おそらくは連絡系統が完備されているのだろう。

 だから魔王軍の強襲にも、ある程度の練度で対処できている。

 魔巧国なら、優れた通信手段を開発していたとしても不思議ではなかった。


 私は首都全域に妨害用の魔術を張ることにする。

 黒い靄となったそれは、風に流されて散布された。

 これで魔術による遠距離の意思疏通は困難になった。

 よほどの出力がなければ、まともに会話ができないはずだ。

 術者の私だけがその影響を受けない。


 幹部達とは念話の繋がりを構築して維持する。

 向こうからでも話しかけられるように調整しておいた。

 彼らとはいつでも連絡できるようにしておくべきだろう。


 その間、ローガンは秘石の方角を確認していた。

 秘石は高度な術で隠蔽されている。

 魔力による識別は私でも難しく、隠し切れない大精霊の力を辿ることでのみ発見できる。

 それを可能とするのが、エルフを始めとする精霊と近しい種族であった。


 ただし精密な感知は消耗が激しい。

 そのため、先ほどからローガンには大雑把な方角だけを把握するように伝えていた。

 方角に限定すれば、彼の疲労も抑えることができる。

 精密な感知はもっと近付いてからで良かった。


 感知を終えたローガンは、通りの先を指差した。

 彼は呼吸を整えてから私に結果を告げる。


「方角にずれはない。このまま同じ間隔で転移してくれ」


「分かった」


 頷いた私は術を発動しようとする。


 その時、眼下の道を通る戦車の存在に気付いた。

 ほぼ真下の位置だ。

 脇道を抜けてきたのだろう。

 幸か不幸か、私達を見つけたようである。


 戦車は停車し、砲身を旋回させた。

 その先をこちらに向けようとするも、どうにも上手くいかない。

 構造上、砲身の角度には限界がある。

 真上にいる私達は狙えないのだ。


 よほど焦っているのか、戦車は見るからに戸惑っている。

 しばらく砲身を上下左右に振っていた戦車は、そろそろと後退を始めた。

 私達を射線に捉えるために距離を確保しているのだろう。


(遠距離では強力な砲撃が可能だが、距離を詰められると途端に無防備になる。ゴーレムを同行させるのが正解だろうか)


 どうやら戦車は、得意な射程を保ちながら運用する兵器らしい。

 今回は数が揃っていないことに加え、魔王軍による迅速な首都侵入が発端だった。

 理想的な運用ができていないのだろう。


「ここは俺が何とかしよう」


 そう言ってローガンは精霊魔術を行使した。

 すると、戦車のそばに生える樹木が蠢き、枝を伸ばして戦車に絡み付く。

 見れば魔力を吸収しているようだった。

 人間なら瞬く間に枯れてしまうほどの速度である。

 そうして燃料を抜かれた戦車は、完全に停止した。

 砲が暴発するようなこともない。


 樹木に囚われた戦車を見て、ローガンは涼しい顔で微笑む。


「破損させずに無力化した。解析するにはちょうどいいはずだ」


「助かる」


 私は素直に感謝の言葉を述べた。


 ローガンという男は、力と力をぶつけ合うような戦いを不得手とする。

 どちらかと言うと技巧を凝らした器用なやり方が得意だ。

 分野によっては私でも敵わないほどである。


 かつて帝国軍を前に彼が苦戦していたのは、守るべき民がいたからだった。

 ローガンが本領を発揮するのは、自由に動ける状態での奇襲戦法だ。

 誇りやこだわりを捨てるほど苛烈な勝利をたぐり寄せられる。

 変幻自在の魔術は、万の軍をも地に沈めてしまう。

 ローガンは、ドルダとは違った方向性の遊撃役であった。


 沈黙した戦車の中から、二人の搭乗員が転がり出てくる。

 そのまま逃げようとしたので、瘴気の槍を飛ばして貫いた。

 アンデッドになった搭乗員達は徘徊を始める。


「いたぞ! 撃てェ!」


 別の建物から兵士が叫びが聞こえ、ほぼ同時に弾が飛来してきた。

 私は防御魔術で弾く。

 さすがにあれだけ派手に戦車を倒したので、居場所が露呈してしまったらしい。

 長居する意味もないため、私は隠蔽魔術を使いながら転移をする。


 行き先はローガンの指示通りの方角だ。

 また別の屋根の上に移動を果たす。

 辺りを見回したローガンは、目を細めてある一点を指差した。


「……あそこだ」


 前方に見えるのは、窓のない巨大な建物だった。

 少なく見積もっても三十階ほどの高さはあり、他と同じく白一色に塗り固められていた。

 周囲の建造物と比べても飛び抜けて大きい。

 明らかに異様な佇まいである。

 どうやら秘石はこの建物の中にあるらしい。


 建物の前には魔巧軍が集まっていた。

 大量の戦車やゴーレムがおり、魔導砲も設置されている。

 鉄砲を携え、奇妙な鎧を着込む兵士も付近を巡回していた。


(警備部隊か? 秘石が保管されているのなら、これだけ厳重なのも納得だ)


 隠蔽魔術のおかげで、魔巧軍は私達に気付いていない。

 もし存在が暴かれれば、即座に攻撃が殺到することだろう。


 私はすぐそばの家屋内に密偵の気配を探知した。

 この場所の監視を担当する者だ。

 私は密偵に念話を送る。


「首尾は順調か」


『はい。ジョン・ドゥはあの建物の中に潜伏しており、動いた形跡もありません』


「そうか」


 意図していなかったが、ここにはジョン・ドゥも潜伏しているらしい。

 ちょうどいい。

 二つの目的を一気にこなすことができる。

 余計な戦いを展開する手間が省けたと言えよう。


 しかし、嫌な予感も覚えた。

 魔術触媒として最良の秘石と、天才的な発想力を持つ技術者。

 この二つが同じ場所にあるとは、ただの偶然とは考えにくい。

 一カ所に集めて保護しているだけならば良い。

 ただ、なんとなくそういうことでない気がした。


(……最悪の展開も予想しておこう)


 現状を鑑みた私は、頭の中で結論付ける。

 侵攻そのものは順調だが、決して慢心できない。

 魔巧国側に、良からぬ要素が揃っていた。

 ジョン・ドゥとの邂逅は、気を引き締めて望むべきだろう。

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