第71話 賢者は迎撃を完封する
転移阻害の感覚があったので、私はそれを破壊して転移を強行する。
さすがにその辺りの対策は施されていたらしい。
今代の魔王が長距離の転移魔術を多用するのは知れ渡っているのだろう。
もっとも、対策されたところで大して意味はない。
術の出力に格差があるため、よほど入念に仕掛けられても突破できてしまうのだ。
魔王に許された力業である。
視界が切り替わるとそこは、夜の草原だった。
ちょうど街道を塞ぐ位置である。
背後には魔王軍が並んでいた。
転移に動じる者はいない。
誰もがこの流れに慣れているのだ。
少し先には、外壁に囲われた巨大な都市があった。
幾重もの結界と防御魔術が施されており、外壁を超える高さの建物が覗いている。
あれが魔巧国の首都だ。
内部へ転移するのが手っ取り早かったが、今回はそれを断念した。
都市内への直接転移は危険だからである。
乱戦になった場合、四方を魔巧軍に囲まれる恐れが考えられる。
そうなれば、魔王軍に少なくない犠牲が出てしまう。
なるべく避けるべき展開だろう。
一万もの軍勢が安全に転移できる場所となると、都市のすぐ外になる。
多少の手間はかかるもの、こちらの方が犠牲を抑えて侵攻できるはずだ。
不測の事態にも陥りにくい。
此度の作戦も単純明快である。
まず魔王軍を前進させて首都へと侵入する。
包囲されないように立ち回りながら魔巧軍を攻撃し、人々をアンデッドにしてさらなる混乱を誘発させる。
その中で私とローガンは別行動を取り、秘石を探知して奪う。
そしてどこかに潜伏するジョン・ドゥと対面するのだ。
彼がこの都市にいることは調査済みであった。
逃亡したという報せも聞いていない。
若干の難点として、ジョン・ドゥを感知できないことだろうか。
彼の持つ魔力は人並みで、これといった特徴のない一般人である。
実際に会ったことがあれば話は別だが、膨大な数の人間がいる首都で、彼の現在地を正確に特定するのは困難だ。
各所に潜伏する密偵の力を借りながら捜索するしかない。
おおよその目星は付いているため、難儀しないことを祈るばかりである。
その時、首都からけたたましい音が鳴り響いた。
外壁上で赤い光が明滅している。
敵襲を周知させるための警報らしい。
魔巧国がこちらの到来を察知したようだ。
外壁に等間隔で設置された兵器が稼働した。
それは魔導砲だ。
帝都にて実装されていた遠距離兵器である。
魔巧国でも同様に開発されていたようだ。
元は提携国なので、複製は容易だったろう。
魔導砲が旋回して魔王軍を狙う。
急速に高まる魔力を検知した。
いきなり砲撃を行うつもりらしい。
そばに立つグロムが殺気を帯びた。
彼は私に小声で話しかける。
「魔王様」
「分かっている。私が対処しよう」
やり取りの直後、魔導砲が火を噴いた。
高速で複数の砲弾が迫る。
背後で魔王軍がどよめいた。
相当な迫力があるので、声を上げてしまうのも無理はない。
私は指を振り、砲弾の軌道上に魔力の網を展開した。
飛び込んできた砲弾を受け止めて、そのままの勢いで跳ね返す。
飛び散った砲弾は、防御魔術を破りながら首都に炸裂した。
外壁の一部に穴が開き、直撃を受けた魔導砲が爆発している。
なかなかの惨状であった。
「さすが魔王様ですな! 魔巧国の連中は、さぞ慌てているでしょう」
グロムがここぞとばかりに私を称賛する。
胸を張って誇らしそうにしていた。
いつも通りの忠臣ぶりである。
魔導砲については、密偵経由で配備を知っていた。
帝都でも迎撃に使われた兵器の上、鹵獲して解析までしている。
対処は簡単だった。
私は首都を指差しながらグロムに告げる。
「怯むな。砲撃は全て私が食い止める。進むぞ」
「はっ! かしこまりました!」
ほどなくして魔王軍は前進を始めた。
配下による魔術の反撃は行わない。
外壁に張られた防御魔術に阻まれると分かっているからだ。
今は温存する局面だろう。
魔王軍の指揮系統は徹底されており、勝手な真似をする者もいない。
ヘンリーによる訓練の賜物であった。
一方、魔導砲は沈黙している。
こちらを狙っているが、射撃自体は行わない。
下手に仕掛けたところで跳ね返されるだけだと理解しているのだ。
「……ふむ」
私はそんな魔導砲に注目する。
魔力が安定して、砲身も赤熱していない。
帝都で鹵獲した魔導砲は、一発ごとに赤熱して射撃不能になる欠点があった。
魔巧国に配備されたものは、改良によって欠点を克服しているようだ。
首都の正門に向けて進む途中、ヘンリーが前に出た。
彼は弓を回しながら私に尋ねる。
「大将、ちょいと驚かせてやってもいいかい?」
「いいだろう。任せる」
「よっしゃ、感謝するよ」
ヘンリーは嬉しそうに弓を構えると、すぐさま矢を放った。
矢の射撃は、首都の防御魔術を貫通する。
そのまま吸い込まれるように魔導砲の筒の中へ突き抜けた。
魔導砲は砲身を下げて停止する。
感知魔術によると、内部の操縦者が射殺されていた。
目視すらできない人間を狙撃するとは、さすがヘンリーである。
同じ条件でも、私にはそれほど繊細かつ精密な攻撃は不可能だろう。
その後もヘンリーは同じ調子で次々と魔導砲を無力化していく。
ついでに彼は、外壁上に潜む兵士も的確に狙撃し始めた。
すると、残る魔導砲が慌てたように砲撃を行う。
このまま待機するのは不味いと判断したのだろう。
飛来する砲弾を、私は先ほどと同じ要領で跳ね返す。
「首ダ……首ヲ、刈ル……ノダァ!」
遠距離での攻防を行っていると、突如としてドルダが咆哮を上げた。
その姿が霞み、雷光を瞬かせながら疾走し始める。
ドルダは凄まじい速度で距離を詰め、外壁を垂直に駆け上がった。
外壁上に辿り着いた彼は、斧で次々と兵士や魔導砲を切断していく。
どうやら衝動を抑え切れなくなったらしい。
非常に危険な状態だが、味方を攻撃しない限りは放任で構わない。
白兵戦でドルダが後れを取ることもない。
遊撃役として、魔巧軍を掻き乱してもらおう。
「今度は我がお見せしましょう」
ある程度の距離まで前進したところで、グロムが嬉々として前へ進み出た。
ヘンリーやドルダの活躍を目にして、彼も手柄を立てたくなったのだろう。
彼は瘴気を含ませた魔力を練り上げ、それを極大の黒い火球にして解き放つ。
黒い火球は固く閉ざされた正門を粉砕すると、そのまま都市内へと突き抜けて大爆発を起こした。
いくつもの悲鳴と断末魔が上がり、炎が舞い狂う騒ぎとなる。
「ふはははははははッ! 見ましたか魔王様! これが我の力ですぞ!」
グロムは上機嫌に高笑いをする。
眼窩の炎を迸らせながら歓喜していた。
いつもの数割増しではしゃいでいる。
「ああ、よくやった」
私は軽く労いの言葉をかけておく。
あまり誉めすぎると調子付いてしまい、加減を間違える可能性がある。
これくらいでいいだろう。
侵入路を得た魔王軍はさらに前進する。
既に外壁上からの反撃はなく、たまにドルダの叫びが聞こえてくる。
彼によって兵士達は首を刈られてしまったのだろう。
或いは反撃の最中で、こちらに対処する余裕はないものと思われる。
このまま侵入できると考えたその時、炎上する正門跡から高出力の魔力反応が現れた。
複数の人影が首都の外へとやってくる。
それは、数十体にも及ぶゴーレムの部隊であった。




