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第7話 賢者は魔王領を拡大する

「ここで絶対に食い止めろォッ! 何が何でも突破させるな!」


 一人の兵士――この場を任された隊長が叫ぶ。

 その顔面を槍が貫いた。

 捨て身で突進したスケルトンの仕業だった。


 隊長を殺害したその個体は、すぐさま他の兵士に屠られる。

 もっとも、こちらの被害は軽微なものだ。

 指揮系統を潰した功績は大きい。

 それに私が瘴気を送れば、破損したスケルトンは起き上がり、再び捨て身で兵士達へ襲いかかる。


 ここは王国北部の都市。

 現在、私は百二十の配下を連れて侵略中だった。

 私の魔術で正門を破り、立ちはだかる兵士をアンデッドに加えながら、領主の館を目指して進んでいる。


「くそ、どんどん湧いてきやがる……ッ!」


「泣き言を言う暇があるなら黙って戦――」


「チッ、あいつら矢まで使ってきやがる!」


 兵士達は苦戦を強いられている。

 アンデッドの放つ矢に手出しできないのだ。

 反撃して数体を倒しても効果は薄い。

 おまけに前衛担当のアンデッドが、損傷を無視して彼らに突貫する。


 その中には、大盾を構えた数体のオーガの姿もあった。

 ルシアナの配下の魔物だ。

 此度の遠征で、試験的に参戦させてみたのである。


 オーガは兵士の攻撃をものともせずに接近する。

 その強大な膂力で棍棒を振り下ろし、一撃で兵士の陣形を崩壊させた。

 さらに咆哮で恐慌状態を誘発する。


(ふむ、悪くないな)


 オーガはアンデッドの軍勢と上手く馴染んでいた。

 共闘させても問題ない。

 それどころか、見事に噛み合っている。


 オーガが兵士を突き崩し、そこへアンデッドが殺到する。

 犠牲を度外視して陣形の穴を喰い広げていく。

 見事な波状攻撃だ。

 領主の館はすぐそこまで迫りつつあった。


「下等なる人間共よ。不死の王の前にひれ伏すがいい……ッ!」


 軍勢を指揮するグロムが杖を掲げる。

 持ち手についた宝玉が発光し、黒い火球を解き放った。


 放物線を描く火球は兵士達の頭上を越えると、そのまま領主の館に炸裂する。

 漆黒の爆炎が上がり、館は勢いよく燃え始めた。

 兵士達はそちらに気を取られ、その隙にアンデッドとオーガの容赦ない追撃を受ける。


 一連の光景を見ていた私は、グロムに声をかける。


「今回の目的は殲滅ではない。やりすぎるな」


 指摘を受けたグロムは、猫背になってこそこそと私のそばへ来た。

 彼はやや大袈裟に耳打ちをする。


「いいえ、魔王様。これは必要な処置ですぞ。服従を強いるのならば、威圧は過度に感じるくらいがちょうどいいのです」


 グロムは妙に自信ありげだ。

 殺戮に酔い痴れているのかと思って注意したが、目的を見失っているわけではなさそうだ。

 彼なりに調整をしているのかもしれない。

 元の位置に戻ったグロムは再び黒の火球を放った。


「フハハハハハ、我が深淵なる力を見せてやろうッ」


「…………」


 嬉々としたその姿に、私は仄かに頭痛を覚えた。

 本当に目的を見失っていないか心配になる。

 グロムは悪としての立ち振る舞いを気に入っているらしい。


 人々に恐れられるのは良い。

 しかし彼の場合、有する力が強すぎる。

 加減を誤ると、そのまま滅ぼしてしまう可能性があった。

 今回はそれだと困る。

 行動が過激化しないよう、私が見張っておかなければいけない。


 その後、私達は兵士を蹴散らして領主の館へ至った。

 あっという間に館内を制圧し、この街の支配者である領主を発見する。


「く、来るな! 穢れた不死者め!」


 領主は喚きながら床を這う。

 護衛は既にグールに変貌していた。

 故に彼を守る者はいない。


「……貴様。楽に死ねると思わないことだ。苦悶の果てに家畜の生餌としてやろう」


 グロムが凄みのある声音で言う。

 領主の暴言が許せなかったらしい。

 穢れた不死者とは、この上なく私を的確に表現していると思うのだが。


「ここからは私がやる。下がっていろ」


「はっ!」


 私が告げると、グロムは素早く退いて跪いた。

 相変わらずの従順さである。


「王都を滅ぼした不死者か……」


 領主は呆然と呟く。

 多量の汗を流して、極限まで青ざめていた。

 放っておくと倒れるのではないかと思うほどだ。


 私は無力な男を見下ろす。


「お前が領主だな」


「だとしたら何なのだ」


「私が始末する」


 領主の首を掴んで持ち上げた。

 そのまま壁に叩き付ける。


「あ、ぐご……っ!?」


 途端、領主が白目を剥き、手足を動かして暴れる。

 全身から白煙が上り、皮膚が変色して溶けだした。

 さらに、ずるずると破れて液状化していく。

 急速に腐敗する領主は、やがて骨だけになって崩れ落ちた。

 足元には黒ずんだ液体が残る。


「……さて」


 私は首を動かし、部屋の端を見やった。

 そこには震える人間が固まっている。

 領主の妻と子供達だ。


「こうなりたくなければ、私に服従しろ。さすれば命までは取らない」


「ひ、ひいぃ……ッ」


 私の忠告に、領主の家族はひどく怯える。

 内容が伝わっているか怪しいが、問い詰めても逆効果だろう。

 存分に恐怖は与えられたはずなので、愚かな真似はしないと思っておく。


 ここの領主は、私達の侵攻で所有者が曖昧になった領土を掠め取ろうとした。

 自己利益を優先して協調性を見せなかったのだ。

 魔王の顕現など興味なく、懐の潤いだけを気にしていた。

 それは、今後の人類の在り方にそぐわない。

 だから見せしめの対象にさせてもらった。


「行くぞ」


 私は踵を返して合図をする。

 アンデッドの軍勢は、一斉に領主の館から退去した。

 私達は閑散とした血みどろの通りを歩く。


「いやはや、さすが魔王様! 見事な手際でございます」


 グロムは私の手をハンカチで拭きながら絶賛する。

 私は首を振って応じた。


「世辞はいい。それより状況はどうだ」


「はい。各地の領主は、次々と魔王様への服従を表明しております。見せしめ目的の粛清が効いているようですな。この調子でしたら、大陸全土の制覇も夢ではありませんぞ!」


「そうか」


 私はグロムの報告に満足する。


 ルシアナ率いる魔王軍の残党が訪れてから、およそ三十日が経過した。

 私は転移魔術を駆使して、王国内を計画的に破壊している。

 魔王の脅威度を認知させると同時に、自ずと人類が協力する土壌を構築しているのだ。


 今回の領主のように、自己中心的に暗躍する人間は順に抹殺していた。

 人々が互いに足を引っ張る展開は望まない。

 協調性を持たない者は不要どころか害悪である。


 そうした地道な努力により、国内の領主は私に服従の意を示していた。

 賢明な判断だ。

 歯向かえば、領土がアンデッドの巣窟になると分かっている。


 彼らには積極的に干渉せず、これまで通りに生活してもらう。

 服従というのもその場限りの嘘で、本音は別にあるだろうが構わない。

 反逆の機会を窺うのも当然の心理だ。


 むしろ、水面下で他の領主と連携している状態が理想的であった。

 私を滅ぼすための企みは基本的に泳がせる。

 魔王討伐という共通目的を掲げて、人間同士は協力すべきなのだ。


 現状、陥落した王都を中心に、服従した国内の領土に関しては魔王領と定めている。

 勢力図で言えばかなり広大だろう。

 実質的な支配地は王都のみだが、あまり気にしていない。

 表面上だけだとしても、王国のほぼ全域を侵略したという事実が重要だった。


 この都市での目的を達成した私は、転移魔術を行使する。

 すべての配下を連れて王都へ帰還した。

 正門跡を抜けると、そこにはルシアナが立っていた。

 彼女は軽い足取りで駆け寄ってくる。


「あら魔王サマ。ごきげんよう。随分と早いお戻りね」


「予定より円滑に決着した。優秀な配下ばかりで助かった」


 あのオーガ達の活躍ぶりは評価に値する。

 アンデッドだけでも突破はできたが、やはり侵攻速度が段違いだ。


 私の言葉にルシアナは誇らしげに胸を張った。


「でしょでしょ! アタシがみっちり鍛え上げたんだから! お役に立てて光栄よ」


 ルシアナは目を細めると、艶っぽい表情で距離を詰めてきた。

 彼女は私の身体を撫でながら小声で囁いてくる。


「ねぇ、魔王サマ。よかったらこの後、お茶でもしない? もちろん二人きりで――」


「魔王様! この女の誘いに乗ってはなりませんぞ! きっと良からぬことを企んでおります!」


 グロムによる鉄壁の妨害が入った。

 もはやいつもの光景である。

 特に害は無いので、私も止めずにいる。


 私から離されたルシアナは、唇に指を当てて思案する。


「うん……まあ、良からぬことよね、ある意味」


「聞きましたか魔王様! ついに自白しましたぞッ! 淫猥なサキュバスめ、我が直々に引導を渡してやろう……ッ!」


「静かにしてくれ。じゃれ合うのは後回しにしろ」


 私が軽く注意すると、二人は同時にこちらを向いた。

 そして強めの語気で反論する。


「じゃれ合ってないから!」


「じゃれ合っておりませんぞ!」


 この二人は、なんだかんだで仲が良いのではないだろうか。

 そう思わざるを得ない揃い方である。


 火花を散らす二人をよそに、私は城への道を歩き出した。

 すると、グロムとルシアナは当然のように追従する。

 ぴたりと言い争いを中断した姿を見るに、やはり仲が良い気がした。

 結局、三人で通りを進んでいく。


 陥落した王都内の光景には、少なくない変化が起きていた。

 道端を走るゴブリンが資材を運んでいる。

 それを受け取ったオークは、工具で破損した建物を修繕する。


 向かい側では、コボルトが空き地に作られた畑を耕していた。

 鍬を使ってせっせと働いている。


 空を飛び交うのはサキュバスだ。

 彼女達は王都各所に放置された物資を集めている。


 人型になった瓦礫の巨人は、建物の残骸を順に撤去する。

 誰かの使い魔のゴーレムだろう。

 まだ使えそうな資材は、集まったゴブリン達が運搬していく。


 彼らはルシアナの配下である魔王軍の残党だ。

 城下街で暮らすことを許可したことで、自発的に都市開発を始めたのだった。

 生活を少しでも豊かにするため、日々を労働に費やしている。


 その中には僅かながらも人間もいた。

 残党に紛れていた奴隷だ。

 専門の技術を持っていたり、手先が器用なので重宝しているのだという。

 中には魔術を使える者もいるそうで、ぎこちない様子ながらも逞しく環境に順応していた。


 私はそれらの光景に感心する。


「都市開発は順調だな」


「この十年で一通りの開拓技術は学んだもの。そうじゃないと生きられなかったから。ここは瘴気が濃すぎるけれど、それさえ対策すれば恵まれた地ね」


「当然だ。陥落したとはいえ、元は王都だからな」


 都市に蔓延する瘴気は、城に集中させていた。

 他の魔物や人間に健康被害が出たためだ。

 高濃度の瘴気は、生身の人間や魔物にとって毒となる。

 現在は支障なく暮らすことができる。


 ちなみに大量のアンデッドは、城の地下や街の倉庫に保管してある。

 各地への遠征で急速に数が増え、収容できない分は王都郊外を徘徊させていた。

 現状、数という観点で見れば最大戦力だ。

 大切にしていこうと思う。


 城に戻った私は、バルコニーから街並みを見下ろした。

 それにしても信じられない景色だ。

 瘴気塗れになって汚染された地域が、再び生活の要所として機能し始めている。

 しかも人間と魔物が共存している。


 生前は夢にも思わなかった光景だ。

 実に素晴らしいことだろう。


 私は真の世界平和を望む。

 こういった形で紡がれる平穏も歓迎だった。

 たった一つの都市の中とはいえ、住人が種族を問わず暮らしていることに喜びを感じる。


 これを世界規模で実現できれば理想なのだが、それは非常に難しい。

 必ず綻びが生まれてしまう。

 王都という限定空間で少人数だからこそ成立している。


(世界規模で平和を生み出すには、やはり巨悪を配置するのが最適解だ)


 無論、住民を受け入れたからには、来たる外敵からも守るつもりである。

 彼らは既に私の国の民だ。

 その代わりに、魔王領の基盤を整えてもらう。

 まさに利害の一致である。


 その時、鋭い雄叫びが聞こえてきた。

 私は視線を声の方角へと向ける。

 そこは街の一角にある更地で、騎士団の訓練場だった場所だ。


 見れば魔物達が集団で模擬戦闘を実施していた。

 戦いに向けて自主的に開催しているのだ。

 非常に良い傾向である。


(彼らのやる気に応えなければいけないな……)


 好調な侵略により、王国の七割以上を掌握した。

 全土を支配するのも時間の問題だろう。

 ここからは、戦禍を徐々に広げていく。

 すなわち国外への侵攻だ。


(深刻化する事態に各国はどう動くか。そこが重要だ)


 現状、何の発表もない。

 おそらくはアンデッドの被害が王国内に留められているせいだ。

 事態の推移を様子見している。

 周辺諸国の支配階級は、次代の魔王を想像以上に楽観視しているらしい。

 だから私は、積極的に動くことにした。


 新たな魔王の顕現を、王国内だけの災害に留めるつもりはない。

 全世界を巻き込んで徹底的に掻き回す。

 誰にも他人事とは言わせない。

 不死の王としての本領を発揮していかなければ。

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― 新着の感想 ―
[一言] う〜んこれほのぼのハートフル系の話だねっ☆
[良い点] いいなあ、すごくいい これゲームで発売してないかな?
[良い点] 牛さんとサキュバスちゃんがやってる日常のやり取りの表現がいいと思います。
2020/03/04 00:07 退会済み
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