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処刑された賢者はリッチに転生して侵略戦争を始める  作者: 結城 からく
第三章

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第69話 賢者は世界法則の一端を知る

 大精霊と私は王都上空を進む。

 それなりの高度のため、地上の人々からこちらは見えていないだろう。

 もっとも、魔術に心得のある者なら、大精霊の尋常でない反応を察知しているはずだ。

 恐ろしさのあまり、気を失った者が続出しているに違いない。


 強い風が吹き抜けていく。

 生身なら肌寒さを感じていただろう。

 この身では、そういった苦痛が大幅に緩和されている。


 少し見上げれば、夜空に月が浮かんでいた。

 半ばまで欠けたそれは、静かに光を落としている。

 美しい光景と思うが、残念ながらそれを楽しめる状況ではない。


 先行する大精霊は、眼下に広がる街並みを見下ろす。


「良い街ですね。統治者の思想が伝わります」


「そうか」


 短い相槌を返しつつ、私は大精霊の挙動を警戒する。

 現状、何か仕掛けてくるような気配はない。

 少なくとも騙し打ちで私を殺傷したいわけではないようだった。

 そのように回りくどいことはしないと分かっているが、ひとまず安堵する。


 空中で停止した大精霊がこちらを振り向いた。

 彼女はじっと私の目を見る。


「魔王。あなたの目的は何ですか」


 鋭い視線だ。

 大精霊の問いかけには、見定める意図が含まれていた。


 故に私は毅然とした態度で答える。


「――私が唯一絶対の敵となり、人々を団結させることだ。そして世界平和を維持する」


 死者の谷で志してからずっと掲げてきた目的だ。

 あれから常に実現を目指している。

 今後も歪めるつもりはない。


「…………」


 答えを聞いた大精霊は、しばらく私を注視する。

 やがて彼女は視線を外した。

 心なしか纏う気配が穏やかなものになっている。


「なるほど。魔王を名乗る者とは何度か話したことがありますが、そのような目的を聞いたのは初めてです」


「私を止めるつもりか」


「まさか。あなたは人類の敵ですが、世界に滅びはもたらさない。わたしが手出しすることはできません」


 大精霊は当然とばかりに断言する。

 私はその表現に違和感を覚えた。


 彼女は手出し"しない"のではなく、手出し"できない"と述べた。

 言い間違えたわけではないだろう。

 二つの表現には大きな差がある。


(どういうことだ?)


 密かに訝しんでいると、不意に大精霊が近寄ってきた。

 彼女は口に指を当てるような動作を取る。


「その反応……大精霊の存在意義をご存知ではないのですね」


「存在意義?」


 私は死者の谷で得た記憶を遡る。

 時を経て摩耗しているのか、朧げなものばかりだ。

 生前の私が得た中にも該当する知識はなかった。


「すまない。浅学なんだ」


「いえ、仕方のないことです。移りゆく時代の中で忘れ去られたことなのでしょう」


 大精霊は首を振る。

 こちらを咎める口調ではない。

 彼女は達観した様子で語る。


「まず前提として、この身体は真の姿ではありません。それはあなたも気付いているでしょう」


「ああ。分体かそれに類するものだろう」


「その通り。わたしはこの分体を介して行動しています。現状、本体は世界に顕現できないからです」


 大精霊は告白する。

 聞いたことがない情報だったが、事実だろう。

 ここで大精霊が嘘をつく意味もない。


「顕現できない理由が、大精霊の存在意義とやらに関わるのだな」


「はい。それを今からお話しします」


 大精霊は上昇してこちらを見下ろせる位置に移動した。

 彼女は凛とした声で話し始める。


「大精霊とは、世界の理に沿って生み出された防御機構です。世界――すなわちこの星の滅びを防ぐために存在しています」


「世界の滅びを防ぐための存在……」


 私は復唱する。

 まさか大精霊がそのような役割を担っていたとは知らなかった。

 過去の文献のどこにも載っていなかったはずだ。


「防御機構を担う存在は他にもいます。わたし以外の大精霊や、竜神等が分かりやすい例でしょう。長い歴史の中で死した者もいますが、代わりに新たな存在が誕生しています」


 大精霊は次々と新事実を明かしていく。

 いずれも初耳のことばかりだ。

 人々の間で知られていた時代もあったのかもしれないが、時を経て風化してしまったのだろう。


「ご存知かと思いますが、我々のような防御機構は多大な力を有します。しかし、ある制限があるのです」


「ある制限?」


「我々は世界そのものを滅ぼすような問題が発生しなければ顕現できません。その規模や領域でないと干渉できないのです」


 大精霊は自らの欠点とも言える事項をあっさりと打ち明ける。


 そういった説は過去に何度か提唱されていた。

 大精霊のような存在が滅多に姿を現さないのは、何らかの制約があるのではないかという考えだ。

 確証に足る材料がないため結論が出ていなかったが、どうやら間違っていなかったらしい。

 思わぬ形で真実を知ってしまった。


「神話に記された大精霊や竜神の活躍は、それに該当する状況だったということか」


「記述によっては虚実が混ざっていますが、その解釈で概ね間違いないでしょう。もしくは今のように分体を使っている場合でしょうか。本体でない限りは、ある程度の自由行動が可能なので」


「ある程度の自由行動……帝都を消滅させた件も問題ないというわけか」


 私はほんの数日前の出来事を挙げて指摘する。

 帝都消滅は大精霊によって行われたものだ。

 決して私が批難できる行為ではないが、あの出来事によって数え切れないほどの死者が出ていた。


 対する大精霊は平然と頷く。


「はい。世界を滅ぼす行為は実行できませんが、帝都消滅は関係ありませんから。その気になれば人類根絶も可能です」


 彼女は恐ろしいことを述べた。

 今は"その気"ではないのだろうが、機嫌次第ではその力が各国に波及するということだ。


 早期に接触して正解だった。

 こうして平然と対話しているが、やはり大精霊は災厄そのものである。

 決して人間がどうにかできる類ではない。


(……まあ、私も災厄には違いないか)


 被害の規模で言えば、此度の大精霊を遥かに凌駕していた。

 そして今後も増大していくだろう。

 人々からすれば同類に違いない。

 内心で自嘲しつつ、私は話題を転換させる。


「話は理解できた。しかし世界の生んだ防御機構なら、尚更に私の存在が疎ましいのではないか?」


「先ほども答えましたが、あなたは世界を滅ぼす者ではありません。顕現の条件から外れています。初めて会った時から感覚的に分かっていましたが、目的を聞いて確信しました」


 大精霊は即答する。

 迷いがない口ぶりだ。

 考えるまでもない問いだったのだろう。


 確かに彼女から攻撃されたのは最初の一度のみだった。

 それも癇癪の最中に八つ当たりを受けたようなものである。

 以来、大精霊が私に敵意を向けたことはない。

 本当に戦う気はないらしい。


 私としても望ましかった。

 彼女は全力を尽くさねばならない相手であり、もし戦うことになれば周囲への被害を考慮できない。

 極力、戦いたくないのだ。


「防御機構は人類の味方ではありません。結果的に彼らを救うことがあるだけです」


「なるほどな」


 大精霊の主張に私は納得する。

 彼女の優先は世界そのもので、人類はそこに付随しているだけなのだ。

 役割を全うする過程で、勝手に助けてしまう場合がある。

 ただそれだけの存在だった。


 大精霊の視点からすると、人間は庇護対象ではない。

 むしろ害虫に近いだろう。

 積極的に殺害するほどではないが、一片の価値も見出していない。

 そして場合によっては叩き潰すことも厭わない。


 しかし、ここで気になることがあった。

 私はその疑問を大精霊に向ける。


「なぜこのような話を私にするんだ」


「ただの気まぐれと言いたいところですが、理由の半分は警告です。もしあなたが世界を滅ぼそうとすれば、わたしを始めとする防御機構が発動します。くれぐれも忘れないように」


「……分かった。肝に銘じておく」


 私は神妙に頷く。

 決して冗談ではないのだろう。

 今のところは抹殺すべき相手ではないと判断されているが、これからの行為次第で覆る恐れがある。

 その際は大精霊と殺し合うことになる。


 これに関しては注意するが、実際はあまり神経質にならなくてもいい。

 私が世界を滅ぼすことはない。

 魔王を謳っているが、実際に望むのは世界平和だ。

 まったく正反対の事象である。

 防御機構を担う存在と敵対することはないだろう。


 脳裏で確信していると、大精霊が私の前まで降下してきた。


「わたしからの話は以上です。最初に会った地で待っています」


 それだけ告げた彼女は翻り、高速で飛翔した。

 あっという間に彼方まで突き進んで見えなくなってしまう。

 その際、王都の防御結界に新たな穴が開いたので、私の魔力で修繕しておいた。


 私は上空に立ったまま少し脱力する。

 ため息を吐こうとして、それができない身であることを思い出した。


(どうなることかと思ったが、何事もなく終わったな……)


 さすがに精神的な疲労を感じた。

 気を抜けない相手だった。

 敵でないことが判明したが、味方でもなかった。


 早急に秘石を返却して関わりを断ちたい。

 頻繁に接触すべき存在ではないだろう。


 ただ、有益な情報も手に入った。

 世界の生み出した防御機構という概念だ。

 抵触しないように気を付けなければ。


 気分が落ち着いたところで、遠くにある王城を一瞥する。

 夜の間に強襲を始める予定なので、そろそろ魔王軍の準備も整う頃だ。

 私も出発の用意を進めようと思う。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 人類の根絶は世界平和と矛盾しない では世界を滅ぼすとは具体的にどういうことなのか? 帝都を消滅させる辺り環境へのダメージも深刻そうだが 秘石を取られてぉこの大精霊的には些事だとすると …
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