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処刑された賢者はリッチに転生して侵略戦争を始める  作者: 結城 からく
第三章

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第65話 賢者は死者の谷に贄を捧げる

「大精霊のもとへは、魔王様お一人で向かわれるのですか?」


「ふむ、そうだな。軍を引き連れるつもりはないが……」


 グロムからの質問に、私は腕組みをして思案する。


 大精霊は強大な力を有する。

 それこそ人間の英雄など比較対象にならないほどだった。

 神話において名を馳せるような存在であり、人智を超えた災厄と言えよう。


 下手に味方を同行させたところで犠牲が増えるだけであった。

 少なくとも軍勢を率いて挑む相手ではない。

 たとえ何百万のアンデッドを用意しようが、大精霊には傷一つ付けられないだろう。


 そうなると、同行させられる配下の候補は絞られてくる。

 筆頭はグロムだ。

 魔王軍の中でも私に次ぐ実力者で、現在では先代魔王すらも凌駕している。

 聖女のように相性が致命的に悪い相手でない限り、真っ向勝負においては無類の強さを誇る。


 不死者という特性上、大精霊の攻撃でもそう簡単に死なないのも強みだ。

 残念な言動が目立つせいで忘れがちだが、グロムは絶大な力の持ち主であった。


 ルシアナも忘れてはならない。

 彼女は先代魔王軍の元四天王である。

 諜報や破壊工作が主な担当だったが、純粋な戦闘能力も非常に高い。

 短時間ながら、あの人と正面から打ち合えたほどだ。

 多彩な魔術も扱えるため、様々な状況に対応できる。


 もう一人の幹部であるヘンリーも拮抗する実力者だろう。

 先代魔王の討伐候補に挙がるほどの人間で、天才的な弓術と近接戦闘を得意とする。

 その二点に関していえば、他の幹部の追随を許さない。

 彼の愛用する竜の弓は、おそらく大精霊にも通用するはずだ。

 純粋な戦闘能力については申し分ない。


 他に配下で連れていくとなると、デュラハンのドルダくらいだろうか。

 かつて世界中を荒らした大海賊だが、現在は理性の大半が消失している。

 それでも卓越した力量は健在だった。

 グロムと同様、アンデッドなので死にづらい点もいい。


 ただ、他の者と違って遠距離攻撃の手段を持たないのが気になる。

 ドルダは斧を使った白兵戦を得意とするが、魔術の類が使えない。

 大精霊を相手にする場合、少々不安が残る。


 その四名を除いた配下となると、些か力不足が否めなかった。

 実力者は揃っているものの、やはり相手が悪すぎる。

 だからと言って、幹部やドルダを連れていくべきか。

 彼らにはそれぞれ別の仕事がある上、大精霊との戦いには危険が伴う。

 細かいことは考えず、私が単独で対処すべきかもしれない。


 同行者について悩んでいると、謁見の間の扉が開いた。

 現れたのはエルフの族長ローガンだ。


「話は聞かせてもらった。俺が同行しよう」


「ローガン」


 別件の打ち合わせで呼んでいたのだが、一連の会話を聞かれていたらしい。

 ローガンは堂々と室内を進んでくる。


「大精霊に会いに行くのだろう? それならエルフが適任だ。精霊とは縁が深い。きっと役に立てるだろう」


「危険だ。おそらく戦闘になるだろう。それを分かっているのか」


「無論。我ながら非力な男だが、お前の足手まといにはならないと約束する」


 私の問いかけに、ローガンは躊躇いなく頷いた。

 その意志は固い。

 こちらの説得で覆せるようなものではなかった。

 何を言っても彼は同行するつもりだろう。


「すまない。感謝する」


 私はそれだけを告げた。


 エルフの一族は、厳密には配下ではなく隷属関係である。

 直接的な部下という感覚が薄かった。

 そのため同行者の候補から省いていたが、ローガンは稀有な才能を持つ者だ。

 精霊魔術の優れた使い手である。

 攻撃系統に恵まれなかった代わりに、補助系統の術に関しては右に出る者がいないほどだった。

 十年前、魔王討伐の旅の中で何度か力を借りたこともある。


 此度の大精霊との戦いでも、彼独自の見解や着眼に期待できるだろう。

 どんな相手にも臆さない胆力も持ち合わせている。

 総じて非常に頼りになる男だ。


「魔王様、わたくしはどうしましょうか」


「王都で待機だ。他国の動向を窺っておいてくれ。何か問題が発生した際は対処を頼む」


「はっ! 承知しました!」


 ローガンがいるのなら、幹部達には別の仕事を任せられる。

 主に情報収集と魔王領の防衛だ。

 これも大事なことである。

 大精霊ばかりに気を取られた結果、他国から不意を突かれては目も当てられない。


 思考をまとめた私はローガンに尋ねる。


「何か準備はあるか」


「特にない。大丈夫だ」


 ローガンは淡々と答えた。

 彼はいつも冷静である。

 これから大精霊と対峙するというのに、欠片の緊張や恐怖を見せなかった。


 私はローガンと共に転移魔術で移動した。

 飛んだ先は屋外だ。

 少し先に石造の砦が建っている。

 遠目にも魔物達が働いている姿が見えた。


 砦と反対側には、数え切れないほどのアンデッドが立ち並んでいる。

 王都に待機させていた大群だ。

 私達が転移するのに合わせて、およそ十万体を同時転送したのである。

 アンデット達は地面を埋め尽くしており、異様な光景を醸し出していた。


 そして私たちの眼前には、大きな谷が覗いている。

 大地を抉るようにして地平線の先まで延々と続いていた。

 瘴気の霧に覆われているため、底は見通せない。


 ローガンは眉を寄せて谷を見下ろす。


「ここは……」


「死者の谷だ」


 魔王の力の根源であり、私はこの地で蘇った。

 全てはここから始まったのだ。

 あまり訪れることはないが、繋がりは常に感じている。

 私は死者の谷に呪われていた。

 この身に宿した権能を祝福と称するには、あまりにも禍々しく罪深い。


 崖際から離れたローガンは、彼方まで居並ぶアンデッドを指差した。


「数を揃えて大精霊に対抗する気か? あまり利口な策ではないが……」


「少し違う」


 そう言って私は権能を発動させる。


 何もせずに佇んでいたアンデッド達は、突如として走り出した。

 その先には死者の谷が広がっている。

 一斉に動き出したアンデッド達は、瘴気を湛える谷底へと身を投げていった。


 直後、骨が砕け肉の潰れる音が反響する。

 落下したアンデッド達が谷底に衝突しているのだ。

 聞くに堪えない音が絶え間なく連鎖する。

 地上のアンデッドがいなくなったところで、辺りに静寂が訪れた。


「ふむ」


 私は己の体調に意識を向ける。

 十万もの死体を捧げたことで、力は大きく増幅していた。

 その違いがはっきりと感じられる。

 大精霊と対峙する前に力を強めておきたかったが、その目論みは成功したようだ。


 代償として十万の戦力を失ったことになるが、実際はそこまでの痛手ではない。

 これでも王都に残しているアンデッドと比べるとごく一部に過ぎなかった。

 魔王領各地に配置している分を加えれば、さらに膨大な数となる。

 したがって今後の大勢に影響は無い。


 一連の光景を見届けたローガンは、ため息を洩らした。


「……凄まじい光景だったな」


「私もそう思う。見ていて気分の良いものではない」


 会話に応じながら、私は感知魔術を使う。

 遥か遠方である帝国領土を探り、すぐに強大な魔力反応を捉えた。

 間違いなく大精霊だろう。

 その質と量は生物の枠組みに留まっていない。

 まさに規格外であった。

 正確な位置を把握した私は、ローガンに声をかける。


「向かうぞ」


「ああ」


 短い応答が返ってくる。

 それを認めた私は、転移魔術を行使した。

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[一言] スイスイ読める、かなり好きな作品です
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