第63話 賢者は新兵器を試用する
私はゴーレムの前に立つ。
資料を読んでいるので操り方は把握していた。
既存のゴーレムとはやや勝手が違うようだが、戸惑うほどではない。
これでも賢者を名乗っていたこともある。
ゴーレム程度なら苦も無く操れる。
私は専用の魔術を行使し、ゴーレムに疑似生命を植え付けた。
さらに魔力を送り込んで全身に張り巡らせる。
細部に至っては自動的に浸透していった。
偏りが出ないように調整されているのである。
ゴーレムと魔力的に接続したことで、操縦できるようになった。
感覚からして特に不具合はなさそうだ。
術者の私が念じれば、その通りに動かせるだろう。
その時、脳裏に一つの光景が展開された。
目の前に立つ私の姿が映っている。
興味深そうに覗き込むグロムや、遠目に眺める所長もいた。
(これはゴーレムの視点か)
私は資料に載っていた機能を思い出す。
術者との視界共有が始まったのだ。
この要領で遠隔操作ができるらしい。
確かにこれは便利だ。
普通のゴーレムだと目視による操作のため、術者が近くにいなくてはならない。
必然的に術者が狙われることになる。
しかし、視界共有ならその欠点も払拭される。
術者が隠れた状態でもゴーレムを操作できるからだ。
それこそ先日のような砦を使った防衛戦において真価を発揮するだろう。
貴重な術者が危険に身を晒さず、強力な戦力を投入することが可能だった。
二つの視界が同時に展開される感覚については慣れが必要である。
人によっては頭が混乱して酔ってしまうかもしれない。
もちろん不死者である私にとっては、考えるまでもないことであったが。
私が念じると、ゴーレムは四肢を使ってゆっくりと立ち上がった。
重心も上手く調整しており、倒れそうな気配はない。
命令に応じるまでの時間差も無く、非常に操りやすい。
ゴーレム生成は、私があまり使ってこなかった魔術である。
生前から適性はあったものの、単純に使う機会に恵まれなかったのだ。
精々、泥や木で生成した即席のゴーレムを陽動に用いるくらいで、戦闘においては別の魔術を多用していた。
魔王討伐において、鈍重なゴーレムの使い所は少なかったのである。
時間をかけて造り上げたところで、魔族の強烈な攻撃を前にしては大して意味もない。
個人的な印象を述べるなら"どの場面でも最適解とはなり得ない、中途半端な魔術"といったものだった。
もっとも、魔巧国のゴーレムを目にしたことでその評価は改めている。
別系統の技術を併用することで、凄まじい進化を遂げていた。
決して酷評はできず、それどころか己の視野の狭さを痛感する次第である。
佇むゴーレムの内部から低い駆動音がする。
様々な部品が同時に動いているのだ。
私は少し離れ、ゴーレムを一歩ずつ歩かせてみた。
自分の身体と同じとまではいかないまでも、違和感はそれほどない。
十分に動かせているだろう。
続けてゴーレムに腕を振らせた。
上下左右に動かしてみる。
こちらも問題ない。
実に滑らかな駆動であった。
今度は屈伸の後に跳躍させるも、こちらはほとんど跳べない。
身体が重すぎるのだ。
さすがにそこまでの運動能力は持ち合わせていないらしい。
私はゴーレムを小走り程度の速度で駆け回らせる。
想像よりもずっと自在に操縦できた。
数と武装を揃えれば、立派な軍隊として機能しそうである。
「おおっ! 素晴らしいですな!」
グロムは興奮気味にゴーレムを見ていた。
今にも飛び出さんばかりの盛り上がりである。
「指の鉄砲も使えますよ。的を用意しますか?」
「頼む」
所長の提案に首肯すると、ゴーレムの背後で床の一部がせり出した。
それが身の丈ほどの鉄板となる。
かなり分厚く、壁のようにそびえ立っていた。
私はゴーレムを振り向かせて、両手の指を揃えて鉄板に向けるようにした。
そして、指に仕込まれた術式を起動する。
刹那、次々と炸裂音が響き、放たれた弾が鉄板に命中していった。
弾は鉄板の表面に深くめり込んでいる。
さすがに貫通まではしていないが、相当な威力には違いない。
人体はおろか、一般的な鎧なら穿てるだろう。
狙いはやや散らばっている。
中央を狙ったのだが、弾は鉄板の全体に満遍なく当たっていた。
性能というより、私が不慣れなためだと思われる。
練習次第で改善できるはずだ。
「両腕の内部に仕込まれた筒に弾が装填されていて、それが指先に送り込まれる仕組みです。ある程度の連射も可能ですね」
「所員でも問題なく動かせたのか」
「はい、大丈夫でした。ただしゴーレムには、事前に魔力の充填が必要でしたけどね。魔王様のように自前で潤沢な魔力をお持ちなら関係ありませんが、人間が扱う分には長時間の稼働や連続戦闘が難しいです」
所長は自身の背中を指しながら説明する。
資料にも内部構造が記載されていた。
ゴーレムの背部には、燃料となる魔力を保持する装置があるのだ。
そこを破壊されると稼働時間は急速に短くなる。
構造的な弱点の一つであった。
逆に言えば、魔巧国のゴーレムと戦う際はそこを狙えばいいということだ。
「防御魔術については破損して再現できませんでした。申し訳ありません」
「気にするな。元より故障していた代物だ。むしろここまでよく修復してくれた」
これだけ動かせるのなら上出来だろう。
鹵獲した当初のゴーレムは、各所が激しく破損していた。
修理できるかも怪しい状態だったのだ。
それを考えれば、ここまで復元できた所員達の努力を褒めるべきだと思う。
一通りの確認が済んだところで、私はゴーレムとの接続を切断した。
「グロムも試してみるか」
「えっ、いいのですか!?」
「無論だ」
「あ、ありがとうございます!」
跳び上がったグロムは深々と頭を下げた。
まさかゴーレムを動かせるとは思わなかったらしい。
動揺しつつも、確かな喜色が窺える。
よほど嬉しいようだった。
「どれどれ……」
グロムは恐る恐るゴーレムに触れる。
彼は首を傾げながら魔力の操作を始めた。
しかし、すぐに唸って手を止める。
「むむ、どうやるのだ?」
「まずはですね、こちらから魔力を流してもらって……」
駆け寄った所長がグロムに手順を伝える。
数度のやり取りを経て、ようやくゴーレムが動き出した。
ゴーレムは両腕を掲げて勇ましく胸を張ってみせる。
「ほほう! なんとなく分かってきましたぞ!」
グロムの操るゴーレムは、ぎこちない動きながらも室内を歩き回る。
時折、指の鉄砲を作動させて、様々な角度から鉄板に命中させていった。
何度かこちらに弾が飛んでくることがあったので、さりげなく魔術で防御しておく。
私はともかく、所長が怪我をしてはいけない。
しばらくするとグロムも操縦に慣れたらしく、こちらに流れ弾が飛んでくることもなくなった。
「ふははははは! どうですか魔王様っ! 我の軽快な動きを見てくだされ!」
グロムは上機嫌に高笑いする。
彼の操るゴーレムは軽やかに走っていた。
たまに勢い余って壁に激突しそうになっている。
そのたびに所長が「あぁっ!」と悲痛な声を上げていた。
随分と賑やかな空気である。
その後、私はグロムの操縦するゴーレムと模擬戦闘を行うことになった。
所長の提案で、性能を確かめたいという話になったのだ。
グロムも乗り気だったため、断れる流れではなかった。
もちろん私が本気を出せば、研究所どころか王都そのものが消滅しかねない。
細心の注意を払って手加減を意識する。
その最中、鉄砲の視察を終えたヘンリーも加わり、なぜか三つ巴の戦いとなってしまった。
交代でゴーレムを操り、制限された中で白熱した戦いを演じる。
しかし、最終的に加減を誤ったグロムがゴーレムを故障させてしまい、所長から説教されてしまった。
ほぼ最高位の不死者を前にしても、所長が容赦なく叱責していたのが印象的である。
半ば追い出されるような形で、私達は研究所を後にした。




