第60話 賢者は魔巧国の力を垣間見る
ゴーレムの発射した弾は、容赦なく聖杖軍に襲いかかった。
血飛沫を上げた兵士達が次々と倒れる。
不運な者は額を穿たれ、脳漿を散らして即死していた。
攻撃の当たらなかった者は、負傷した仲間を木陰に引きずる。
腕を下ろしたゴーレムは、足並みを揃えて歩みを再開した。
無機質な兵器達は、着実に聖杖軍との距離を詰めていく。
(今のは鉄砲……ゴーレムの指先に仕込んでいたのか)
私はゴーレムの手に注目する。
指先から仄かに白煙が昇っていた。
発砲によるものだろう。
一見すると分からないが、全ての指が銃身となっているようだ。
ゴーレムは武器を持っていないのではない。
その巨躯に内蔵していた。
手に持つ必要がなかったのである。
外見から武器が判別できないのは大きな強みだ。
相手からすれば、どのような攻撃が来るか直前まで分からない。
自ずと不意を突きやすくなるだろう。
人間でも暗器を忍ばせる者は存在する。
ゴーレムの鉄砲は、その発展形と言える代物であった。
聖杖軍は必死に反撃を行う。
魔術や弓矢による遠距離攻撃だ。
対するゴーレム達は、防御魔術を使って凌いでいく。
堅牢な障壁を前に、聖杖軍の攻撃のほとんどが無効化されていた。
時折、ゴーレム達は鉄砲の指による射撃を繰り出す。
そのたびに屍が築かれる。
一斉射撃の狙いは的確で、木々の合間に隠れる兵士達を確実に葬っていた。
砦にいる術者が遠隔操作しているのだろう。
それらしき魔力の繋がりを感じる。
さらに砦からも、魔巧国の兵士がクロスボウとバリスタによる追い打ちを行っていた。
それが聖杖軍の反撃を防いでいる。
見事なまでにゴーレム達と連携を取っていた。
何度も訓練したのが見て窺える。
総じて聖杖軍は劣勢を強いられている。
彼らは徐々に後退し、為す術もなく犠牲者だけを増やしていた。
近付かなければ勝利はない。
しかし、彼らには前へ進むだけの余裕がなかった。
遠目にも士気が落ちているのが分かる。
「うおおおおおおッ!」
戦場に雄叫びが響き渡る。
聖杖軍の兵士の一人によるものであった。
その兵士は獣のような動きで射撃を躱すと、最寄りのゴーレムへと跳びかかる。
瞬時に張られた防御魔術を掻い潜り、振り上げた長剣を叩き込んだ。
刃を受けたゴーレムの頭部が陥没し、一筋の亀裂が走る。
しかし、それだけだった。
ゴーレムは何事もないかのように動き、兵士の足首を掴んだ。
そのまま近くの樹木に叩き付ける。
千切れ飛んだ兵士の上半身。
四散した臓腑がゴーレムを濡らす。
似たような光景は付近で続発していた。
ゴーレムの拳が、兵士の頭部を爆散させる。
踏み付けられた状態から、至近距離で鉄砲を食らう者もいた。
いずれも近接戦闘を試みた兵士達である。
劣勢の中で奮起した彼らは、誰よりも無惨な末路を辿った。
ゴーレムの身体は金属製だ。
それも兵器として構造を考えられている。
一連のやり取りを見るに、通常のゴーレムより頑丈な設計なのだろう。
防御魔術を使わずとも十分に強靭であった。
加えてゴーレムは人外の膂力を有している。
迂闊に近付けば、あのように惨殺されることになる。
いくら鈍重だろうが、至近距離の兵士を捉えられないほどではなかった。
金属製のゴーレムを停止させるなら、強力な一撃で内部の術式を迅速に破壊しなければならない。
魔術人形として成立できないようにするのだ。
動力源である魔力を吸収して奪い取るのも有効だろう。
とにかく、生半可な物理攻撃は却って危険を招くだけであった。
「一方的ですなぁ……」
「これは仕方ない。相手が悪すぎる」
グロムの呟きに応じつつ、私はゴーレムを観察する。
だんだんと内包する魔力が減少していた。
特に防御魔術を使用した際の消耗が大きい。
全ての機能を魔力に依存しているためだろう。
魔術を発動するほど、稼働時間が少なくなっている。
魔巧国のゴーレムは、長時間の戦闘を不得手とするようだ。
ただ、今すぐに停止するほどでもない。
この程度の戦闘なら、最後まで動けるだけの魔力量が充填されていた。
むしろあれだけの機能を備えているにしては、魔力消費が異様に少ない。
他国の技術力ではまず再現できないだろう。
内部構造に相当な工夫が凝らされている。
さすがは魔巧国といったところだ。
(勝敗は決したな)
残り僅かとなった聖杖軍は、ついに撤退を開始した。
彼らは魔術で牽制しながら森の奥へと逃げる。
砦から離れる方角――すなわち聖杖国の領内であった。
ゴーレム達は深追いしない。
この時点で魔巧軍の勝利は確定している。
欲を出さず、ここで切り上げるつもりらしい。
下手に追撃したところで、余計な損耗を受けるだけだろう。
魔巧軍はそれを分かっている。
「戦いは終了のようですな。どうされますか?」
「帰るぞ。収穫はあった」
これ以上は長居しても意味がない。
魔巧軍に見つかると厄介なことになる。
私は転移魔術を行使し、一息に王都の謁見の間へと飛んだ。
見慣れた室内に戻ってきたところで、グロムが大袈裟な動きをする。
「ややっ、これはもしや……」
彼の視線の先には、一体のゴーレムが転がっていた。
胴体が大きく裂けており、頭部も真っ二つに割れて、内部機構が剥き出しになっている。
術式は破損し、機能不全を起こしているようだった。
「魔王様、これは……」
「もちろん魔巧国のゴーレムだ。戦場で破壊された個体を持ち帰ってきた」
先ほどの戦いにおいて、聖杖軍は劣勢ながらも奮闘していた。
結果、僅かながらもゴーレムの破壊に成功したのである。
これがそのうちの一体というわけだ。
彼らの努力は私が掠め取らせてもらった。
ゴーレムが持ち去られたことに、魔巧軍も気付くはずだろう。
それについては別に構わない。
どさくさに紛れて聖杖軍が鹵獲したと考えるはずだろう。
あの戦場にまさか魔王が潜伏しており、偵察の末にゴーレムを盗んだとは思うまい。
我ながら卑劣なやり口であった。
しかし、魔王なのだから問題ない。
聖杖国はあらぬ罪で非難されることになるが、元より身勝手な理由で争いを起こしたのだ。
それくらいは許容してもらおう。
このゴーレムは研究所に提供するつもりだった。
所員達に解析を任せ、可能なら模倣型のゴーレムを生産したい。
私もゴーレム生成の魔術は使えるため、素体さえ用意できればあとはどうとでもなる。
これだけの性能のゴーレム兵器が製造できると非常に便利だろう。
アンデッドとはまた異なる戦力として期待できる。
その技術を別方面にも応用できるはずだ。
今の研究所には必須の試料となり得る。
魔巧国については、やはり監視のみに留める。
今回の戦争は、聖杖国の横暴が発端だった。
つまり人間同士の和を乱したのは聖杖国であるため、魔巧国に何らかの制裁を加える気はない。
それにしても魔巧国は、想像以上の技術力を保有している。
魔王軍の密偵では探り切れない領域に、今回のゴーレムのようなものを秘匿しているらしい。
他にも様々な開発が為されていると考えるべきだろう。
現状、魔巧国の方針は不明であった。
戦力を強化して魔王領に攻め込むつもりなのだろうか。
密偵によると微妙な反応らしく、断定には至らない具合だそうだ。
防衛目的でゴーレム等を増やしているのなら放っておく。
もしも魔王領に侵攻するのなら、相応の被害を覚悟してもらおう。
その時に備えて、こちらも何らかの策を用意しなければ。




