第59話 賢者は二国の争いを偵察する
「どういうことだ。詳しく話せ」
「は、はい! 実は……」
グロムは恐縮した様子で説明を始める。
曰く、聖杖国と魔巧国は両者の国境付近にて戦闘を行っているらしい。
非常に限定的かつ小規模なので、今のところは小競り合いに近いそうだ。
ちなみに魔巧国は、魔王領から遥か南東部に位置する。
聖杖国の向こう側にあり、二国はその境にて争っている模様だ。
したがって魔王領が直接的に巻き添えを受ける心配はない。
争いの発端は、聖杖国が魔巧国に挙げた複数の要求にあるらしい。
主に技術提供や兵器の譲渡を求めたが通らず、その腹いせに偽装した戦闘集団を国境に派遣したのだという。
表向きは盗賊団という体を取っているそうだ。
(やり方が横暴すぎる。聖女を喪失して焦っているのか)
聖杖国の立ち回りを聞いて、私は少なからず呆れる。
面子を保ちたいがために強気な態度に出るのも分かるが、それにしても程度があるだろう。
正直、信じがたい出来事であった。
魔巧国が要求を断ったのは当然の対応と言える。
私が人間だった頃は、もう少し正常な国だった記憶がある。
この十年で上層部が変わって変貌したのだろう。
ここまで身勝手だったとは予想外だった。
状況を把握した私は立ち上がり、二人の幹部達に指示を告げる。
「グロムは私と偵察にむかう。ルシアナは待機だ。件の二国について、何か分かれば情報をまとめておいてくれ」
「承知しましたっ!」
「はいはーい、いってらっしゃい」
ひらひらと手を振るルシアナに見送られて、私とグロムは転移で移動した。
転移先は森の中だった。
すぐさま私達は茂みに身を潜ませる。
前方に石造りの砦がそびえ立っていた。
感知魔術によると、内部で大勢の兵士が慌ただしく動き回っている。
彼らが魔巧国の兵士のようだ。
そんな砦に攻撃を仕掛ける者達がいた。
薄汚い外套を纏い、布で顔を隠した人間の集団である。
およそ百五十人ほどで、おそらくは聖杖軍だろう。
彼らは盗賊に扮しているようだった。
あくまでも国が関わっていないという体裁を取るために違いない。
いくらなんでも強引すぎる。
おおよそ誰も騙されない言い分だが、聖杖国もそれを承知で主張するつもりなのだろう。
魔巧国の兵士は、砦から防戦を繰り広げていた。
揃いの全身鎧を着て、設置した盾に隠れながらクロスボウによる攻撃を行っている。
砦に固定された弩はバリスタだろうか。
上下左右に旋回させて、盗賊もとい聖杖軍を射撃していた。
対する聖杖軍は防御魔術で凌ぎながら弓や魔術を使っている。
しかし、射撃のせいで接近できず、木々に隠れる者が大半であった。
私達は、その様子を遠目に眺める。
隠蔽魔術を使っているので気付かれていない。
このまま第三者として観察に徹することができる。
(バリスタか。珍しいな)
魔巧国の使うバリスタは、様々な矢弾を放てる魔術武器だ。
クロスボウと比べて携帯性や使い勝手は劣るものの、その威力は破格である。
どちらも魔巧国が発明し、他国ではあまり見かけない類の兵器だった。
今までの戦いを振り返るに、その傾向は十年前からほとんど変わっていないようだ。
そもそもクロスボウ自体が各国に普及していない。
弓と比較すると高威力だが、構造が複雑なことに加えて故障が頻発するためだ。
射程もそれほど長くない。
一時期、質の悪い模造品が大量に出回ったのも要因だろう。
数々の戦場で動作不良を起こしたクロスボウは、評価と印象が悪化してしまったのである。
費用面でも決して安くないため、遠距離攻撃は弓と魔術に頼ればいいという風潮に落ち着いた。
バリスタの場合はその流れが特に顕著で、やはり普及することはなかった。
そういった中でも技術力を活かした兵器を扱うのが魔巧国である。
強力な術者や戦士は輩出しないが、代わりに戦力の均一的な底上げを得意としている。
折り畳み式のクロスボウや、バリスタの属性付与等がその代表例であった。
個人の鍛練ではなく、運用される兵器をひたすらに重視したのだ。
魔術の価値を別側面に見出した国と言えよう。
両国の軍による戦いは拮抗していた。
聖杖軍はクロスボウとバリスタによる射撃を前に攻めあぐねている。
迂闊に顔を出せば、即座に射殺されるためだ。
あちこちに倒れる死体が、それを表していた。
一方、魔巧軍も射撃を繰り返すばかりで、打って出ようとはしない。
砦から兵を出さず、その堅牢な防御を利用して戦っている。
自軍の被害減少を優先しているようだった。
どうやら聖杖軍が諦めて撤退するのを待っているらしい。
「魔王様はこの戦いに介入されるおつもりなのですかな?」
「いや、観戦するだけだ」
ちょうどいいので魔巧国の動きを確認しておきたい。
何らかの新兵器を用いる可能性がある。
どちらが勝利するにしても、私達に損はない。
「グロムも気になる点があれば教えてほしい」
「はっ! かしこまりました!」
戦いを観察しているうちに、砦側に動きがあった。
重い音を立てて門が開く。
そこから高出力の魔力反応を感じた。
人間の魔術師では困難な濃度と量である。
門から現れたのは、数十体の寸胴な人型金属だった。
物質に擬似的な生命を与えた魔術人形――ゴーレムだ。
全体に魔力を神経のように張り巡らせて、まるで生物のように動かすことができる。
砦にいる術者が生み出したのだろう。
様々な素材で生成が可能で、やや専門的だが利便性の高い魔術である。
ただし砦から現れたゴーレムは、私の知るそれとは異なる。
外見からして非常に精巧な造りをしていた。
部品ごとに一から組み立てられているようだ。
通常はもっと大雑把で、即席で生成されることも少なくない。
魔巧国のゴーレムは、兵器として調整されていた。
「ほほう、見事なゴーレムですな」
「まったくだ」
会話をしている間にも、ゴーレム達は前進を始める。
その先には聖杖軍が待ち構えている。
魔巧軍は、無人の兵器に近接戦闘を任せるつもりなのだろう。
兵士に被害が出ない合理的な策だ。
(しかし、ゴーレムだけで対処できるのか?)
戦況を見る私は、魔巧軍の戦法を訝しむ。
ゴーレムの挙動が鈍重かつ単純なのは常識であった。
その耐久性を活かして前進させて、追従する人間が白兵戦を仕掛けるための盾とするのが一般的とされている。
ゴーレムだけを送り込んでも、大した脅威とはなり得ない。
強靭な膂力から繰り出される攻撃にだけ気を付ければいい。
さらに砦から発進したゴーレム達は、武器すら持たされていなかった。
そうなれば殴り付けることくらいしかできない。
聖杖軍なら魔術で一方的に破壊できるのではないだろうか。
案の定、聖杖軍は木々を背に詠唱を始めた。
距離を詰められる前に、一気にゴーレムを撃破するつもりらしい。
ほどなくして詠唱は完了した。
木陰から飛び出した聖杖軍は、ほほ同時に魔術を投射する。
ゴーレム達に迫る魔術はしかし、寸前で弾かれて霧散した。
間に発生した半透明の障壁に阻まれたのだ。
それを目撃したグロムは、開いた顎を手で押し上げる。
「あ、あれは……」
「防御魔術だな」
どこかに術者が潜伏していたのではない。
ゴーレム達が自主的に行使したのである。
魔力の動きを見るに、術式が内蔵されているようだった。
(聞いたことがない技術だ。魔巧国が独自開発したのか?)
魔術を凌いだゴーレム達は、同時に腕を上げる。
ちょうど聖杖軍のいる方向だ。
次の瞬間、炸裂音と共に指先から弾が放たれた。




