第57話 賢者は別の手段を模索する
その後も私達は研究所を巡った。
魔導砲を始めとする鹵獲した兵器は、それぞれ改善が為されていた。
しかしまだ問題点が残っているらしく、今すぐに実用化するのは難しいそうだ。
最も完成に近いのが鉄砲だという。
それでもいずれは実用化に漕ぎ着けられそうな気配はあった。
所長も自信満々に説明していたので間違いない。
焦ることはないのだ。
兵器開発は元より長期的な計画で、早急に戦力強化を図りたいわけでもなかった。
所員達には、時間をかけてもいいので確実な成果を期待している。
下手に急かしても良いことはないだろう。
兵器群の次に案内されたのは、広い部屋だった。
他の部屋よりも天井が高く、部屋のほとんどが檻で構成されている。
細かく区分けされた檻は、通路を除いた全てを占領していた。
何段にも積まれるようにして天井まで埋め尽くしている。
鉄格子には複数の結界が張られていた。
無断で触れれば、即座に警報が鳴る仕組みである。
やはり厳重に封じ込められている。
無数の檻からは呻き声が発せられていた。
もはや私にとっては聞き慣れたそれは、囚われたグールの声であった。
檻の中のグール達は、拘束着を纏って横たわっている。
肉体の腐敗は進んでおらず、比較的新しい個体ばかりだった。
遠目には人間と区別が付かない者も少なくない。
ここではアンデッドから生者に戻るための方法を研究していた。
檻に囚われたアンデッドは、他国の諜報員である。
王都に忍び込んでいた者達で、ただ殺害するのも勿体ないと思って実験台に選んだのだ。
保管しているアンデッドは腐敗が進みすぎてスケルトンになりつつあるため、こちらとしてはちょうどよかった。
生者に戻すにしても、まずは新鮮なアンデッドで試したかったのである。
各檻には金属の札が貼り付けられていた。
そこには項目別に細かな条件が記載されている。
アンデッドごとにどのような実験をしたかを示しているのだ。
それらを見るに、かなり緻密な検査が行われているらしい。
研究者達の熱意と苦悩が窺える。
「様々な投薬や魔術を試していますが、どうにも手立てが見つかりませんね。生者から不死者への変貌は不可逆とされていますから、やっぱりそれを覆すのは……」
辺りを見回す所長は言葉を濁す。
肩を落としてしまっているが、それだけ困難なことなのだ。
どれほど無理難題かは私も知っている。
だから責め立てるような真似はしない。
現状、根本から変質した生物を元通りにするのは不可能に近い。
多種多様な現象を起こす魔術法則においても、それはほとんど常識であった。
「他の研究や開発を優先しても構わないが断念はするな。引き続き調べるんだ」
「は、はい! 分かりました!」
私の指示に所長は背筋を伸ばして返事をする。
あまり追い詰めたくないが、諦められると困る。
これくらいがちょうどいいだろう。
(私も独自に模索すべきかもしれないな)
アンデッドを生者に戻す方法だが、別に私が使うために研究しているのではない。
死者の谷と深く結び付いた私は、おそらく何をしても不死者のままだ。
その性質は強力な呪いそのもので、どうやっても解ける類ではないだろう。
それこそ研究者達が知恵を振り絞って何とかなる段階ではあるまい。
私の事情とは別に、この技術を確立しておくと便利だろう。
色々な応用が考えられる。
例えばドルダのような者は、人間に戻してもいいかもしれない。
元は稀代の大海賊だった男だ。
人格を取り戻した方が、その辺りの能力を十全に活かせる。
「我が生者になると、どうなるのでしょうな」
グロムがふとした拍子に呟く。
難しい疑問だ。
彼の場合、誕生までの経緯が複雑すぎる。
大量のアンデッドを私の権能で合成し、亡者の記憶や経験を宿す強力な不死者として生まれた。
膨大な瘴気と魔力を備えるグロムは、私に次ぐ怪物である。
正直、不可逆どころの話ではない。
個人が変貌するのとは規模が違う。
グロムをそのまま生者にするのはまず不可能だろう。
(魂を抽出して、生きた肉体に移し込むのが確実だろうか)
それでも相当に高度な術を要する。
この部屋で行われる研究とは完全に別系統のものであった。
グロムをわざわざ生者にする必要性もないため、彼が大きく変貌することはないだろう。
とにかく、この研究に関してはまだ進展が見られないため、長い目で見守る形になる。
幸いにもアンデッドの補充に困ることはない。
他の研究と並行して実施できればそれでよかった。
室内の檻を巡回し終えた私は、所長に希望を告げる。
「そろそろ例の研究を見せてほしい」
「……承知しました。こちらです」
所長は少し気まずげな顔をすると、足早に部屋の外へ出た。
そこから無言で先導を始める。
私とグロムは彼女についていく。
途中、グロムが私に囁き声で尋ねてきた。
「何か浮かない様子ですが、例の研究とは何ですかな」
「見れば分かる。あまり楽しいものではないが」
楽しいか否かの観点で言うなら、兵器群が一番だろう。
グロムは開発途中のそれらを興奮気味に眺めていた。
所長の解説も熱心に聞き、是非とも魔王軍に採用したいと絶賛していた。
よほど兵器運用を気に入ったらしい。
そういった序盤の視察に比べると、今から見に行く研究は退屈に違いない。
「到着しました。こちらですね」
所長が足を止めたのは、研究所内でも最奥に位置する部屋だった。
辺りに設置された魔道具の警備態勢も特に厳重である。
許可なしに侵入することはまずできないだろう。
所長は複数の認証設備を経て扉を開けた。
私達は彼女に続いて室内へ踏み込む。
そこは先ほどまでと同じような部屋だった。
いくつもの檻があり、中には人影が覗く。
一つ異なるのは、檻に入っているのはアンデッドではなく紛れもなく死体という点だろう。
完全に白骨化したものや、腐乱した状態のものが多い。
ガラス容器に満たされた液体に浮かぶ肉片もあった。
あまり気分のいい光景ではない。
室内には少人数ながらも所員がいた。
こちらに顔を向けることもなく作業に没頭している。
よほど集中しているのだろう。
文書の書き出しを行っている者もいれば、死体を検査している者もいた。
それらを目の当たりにしたグロムは小声で呟く。
「こ、これはまさか……」
「死者を蘇生させるための研究だ」
私は感情を乗せずに言う。
予想通りだったらしく、グロムは神妙な様子で黙り込む。
「進捗はどうだ」
「報告書の通り、未だ実現の兆しは見えておらず、何も掴めていないのが現状です。大変申し訳ありません……」
「気にするな。仕方のないことだ」
私は頭を下げる所長に慰めの言葉をかける。
死んだ者を蘇らせるのは、本当の奇蹟だ。
アンデッド化による起き上がりは、言ってしまえば紛い物である。
不死者という別の存在に変貌しただけで、蘇生とは意味合いがまったく異なる。
アンデッドを生者に戻す行為よりも遥かに難しいはずだ。
実現の目途が立たないのは当然だろう。
そもそも簡単に成功するのなら、とっくに私がやっている。
できないからこそ、こうして専門家と施設を用意して研究させているのだ。
この研究に関しては、年単位で経過を見守るつもりであった。
それほど困難なことであると同時に、代え難い価値を秘めている。
その後、私とグロムは研究所を去った。
確認したいものは全て回ることができた。
今後も定期的に視察し、現場の意見や要望等も聞いておきたい。
あそこの所員は優秀なので、きっと私の望む結果をもたらしてくれるだろう。
帰路の途中、私はグロムの落ち着きの無さに気付く。
先ほどからずっとそわそわとしているのだ。
何かを言いかけては、寸前で中断するのを繰り返している。
(私に訊きたいことでもあるのか)
なんとなく察するも、こちらからは触れない。
率先して話す内容でもないからだ。
ここでグロムが触れないまま終わってもいいと思っている。
しかし彼は、悩み抜いた末に遠慮がちに切り出した。
「あの、魔王様。死者の蘇生というのは、やはり――」
「お前の考える通りだ。何ら間違っていない」
私は食い気味に答える。
グロムが言いたいのは、間違いなくあの人のことだろう。
彼は私がこうなった経緯を知っている。
その中で死者の蘇生を考えるとすれば、自ずとあの人が連想されるに違いない。
私の能力では、あの人を蘇らせることができなかった。
彼女は不死者になることを拒否している。
もしかすると私の心理的な問題かもしれないが、どちらにしても現実に変わりはない。
だから私は、別の方法を模索することにした。
兵器開発の傍ら、研究者達に死者の蘇生を実現するように命じたのである。
荒唐無稽な提案だが、彼らは忠実に研究を進めている。
「きっと私は執着しているのだろう。愚かだと思うか?」
「いえいえ、滅相もございませぬ! 我は魔王様の願いのために尽力する所存ですぞ!」
グロムは拳を握って力強く即答する。
取り繕った言葉ではなかった。
本心からそう思っているらしい。
私は、忠臣の心意気に改めて感謝した。




