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処刑された賢者はリッチに転生して侵略戦争を始める  作者: 結城 からく
第三章

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第56話 賢者は発明家の名を知る

 扉の先には、白衣を着た所員が整列していた。

 所員達は私とグロムを見て礼をする。


「魔王様、ようこそお越しくださりました! 所員一同、心より感謝しております!」


 所長である女は、代表して元気に挨拶をした。

 眼鏡をかけた若い魔術師で、少し頼りなさげな笑みを浮かべている。

 頬のそばかすも相まってどこか素朴な印象を受ける。


 一見すると魔王領の研究所など似合わない人物だが、実際はとても優秀な魔術師だ。

 彼女は特殊な経歴を持っている。

 二年前までは帝都の魔術工房に勤務していたが、無断で禁呪の研究をした挙句、多額の研究費用を使い込んで左遷された。

 その左遷先が魔王軍の侵攻を受けて捕虜になったのである。

 現在では能力を買われ、魔王領の研究所の最高責任者に就いている。

 控えめに評しても、相当な変わり者と言えよう。


 もっとも、所長以外の所員達も少なからず変わっている。

 彼らはここでの研究を志望して働いている。

 誰もが豊富な魔術知識を有した者ばかりで、性別や種族、年齢等にこだわりや偏見はない。

 彼らは潤沢な資材で思うがままに研究に明け暮れていた。

 常日頃から、大変満足しているという旨の報告書が届いている。


「さっそくだが案内してくれ」


「了解しました! こちらへどうぞ!」


 所長の先導に従って私達は進む。

 入口の先には小さな門がいくつか設けられていた。

 人間一人が余裕を持って通れるほどの大きさだ。

 大柄な魔物や亜人だと窮屈するだろう。


「魔力認証を導入した門です。登録した者以外が通れないようになってますね。これを無視して進めば、すぐに警報が作動して迎撃装置が展開されます」


「ほほう、それは便利ですな」


 グロムが顎を撫でつつ感心する。


 魔力認証の技術については、帝都で奪取した資料に載っていた。

 防犯上の案の一つとして挙げられていたのである。

 ただ、案だけで何も進んでいなかったため、私が術式の根幹を組み上げた。

 それ以降は研究所に丸投げしたのだが、しっかりと設備に採用されているようだ。


 この研究所は数多くの機密資料等を扱う。

 どれも持ち出し厳禁で、ある意味では王城よりも重大なものが大量に保管されていた。

 故に所員の素性はルシアナが精査し、他国の諜報員が紛れ込まないように注意している。

 ここでの研究内容を国外へ持ち出されると非常に困る。

 現状、密偵が紛れ込んだという話も聞いていなかった。


「お二人の魔力は登録済みですのでご安心ください」


 そう言って所長が門を通る。

 特に何かが作動するような気配もない。

 私とグロムはその後に続く。

 グロムは肩や頭がぶつかっていたが、何とか通ることに成功した。


 研究所内は清潔に保たれていた。

 白い通路には埃一つとして落ちていない。

 整頓も徹底されているのか、雑然とした感じが無い。

 実に機能的な内装となっている。


 さらに見えない場所に魔道具がいくつも設置されていた。

 不審な魔力や侵入者を検知する類だろう。

 すぐに異常事態を発見できるようになっている。


 おそらく入り口の門は陽動に近いのだ。

 本命は各所に仕掛けられた魔道具だと思われる。

 細かな部分で工夫が施されている。


 これだけの設備なら、所内の物を盗むのはほぼ不可能だろう。

 研究所そのものを転送して奪い取るくらいの荒業でなければ無理だ。

 それも私だからできることなので現実的ではない。


 所長は一つの部屋の前で足を止め、手持ちの鍵で開錠した。

 そのまま私達を室内に招き入れる。


「こちらの部屋は鉄砲の保管庫ですね。試射もできるようになっています」


 部屋に入った途端、天井の照明が点灯した。

 そこには金属棚が並び、中には鉄砲と弾が保管されている。

 私が帝国で鹵獲した試作型に酷似しているが、どれも細かな形状が違う。

 改良と試作を繰り返している段階なのだろう。


 所長は惚れ惚れとした表情で鉄砲を撫でる。


「いやぁ、やっぱり鉄砲はいいですよ。きっと次世代の主力武器になり得ますね」


「この豆粒みたいなものが主力? とてもそうは見えないが……」


 グロムは訝しげに弾をつまむ。

 彼は魔術や瘴気を主体とする戦い方を好み、個人で軍隊を相手にできる不死者だ。

 だから鉄砲の実用性を疑っているのだろう。

 実際、彼が弾を数百発を受けようと死ぬことはない。


 納得できないグロムの前で、所長は鉄砲の有用性を説明し始めた。


「グロム様からすればそうでしょうが、一般兵からすれば強力な武器です。弓や魔術ほどの練習や適性を必要とせず、遠距離から人間を殺傷できるわけですからね」


「ううむ、否定はできぬな」


 これにはグロムも反論できずに唸る。


 所長の意見は正しい。

 魔術適性を持たない人間にとって、遠距離攻撃の手段は貴重だった。

 鉄砲はまさに新たな選択肢である。

 弓と比べても狙いやすい。


「よろしければ試射してみますか?」


「ああ、頼む」


 私は差し出された鉄砲を受け取る。

 銃身が二本あり、引き金も二つだ。

 連続で二発まで撃てる仕組みらしい。


 その時、部屋の壁の一面が展開されて奥の空間が見えるようになる。

 奥の空間には、鎧や盾等が不均一な位置取りで設置されていた。

 穴が開いていたり、陥没している物ばかりである。

 これらは射撃用の的らしい。


「ふむ……」


 私は鉄砲を観察してその構造を理解する。

 仕掛け自体は単純だ。

 最初の試作品と大差ない。

 使い勝手や射撃精度の向上に力を入れている様子だ。


 私は遠くに置かれた鎧を狙って引き金を引く。

 炸裂音と共に、衝撃が腕に走った。


 発射された弾は、鎧の中心を貫いている。

 その後ろにある盾にめり込んでいた。


 続けて固定された剣を撃つ。

 鈍い金属音がして、命中箇所の刃が欠けた。

 ものの見事に撃ち抜いている。


「さすが魔王様! 見事な腕前ですな」


 グロムが拍手をしながら称賛の声を上げる。

 少し興奮気味だ。

 直前まで鉄砲には否定的だったが、射撃風景が彼の心の琴線に触れたのか。


 一方、所長は恐る恐るといった具合に尋ねてくる。


「どうでしたか? 一応、最新型になりますが……」


「使いやすいな。悪くない」


 私は鉄砲を返しながら答える。

 魔術工房で触れたものより明らかに改善されていた。

 このまま実戦に投入できるほどだ。

 ただし、その場合は鉄砲の数を揃えなくてはいけない。


 死者の谷で得た記憶と経験によると、大勢で一斉射撃を行うのが良いらしい。

 射撃の密度を上げて敵の陣形を崩すのだ。

 運用方法としては、従来の弓矢と同じようなものだろう。

 鉄砲の方が扱いやすい分、総合力においては優れている。


「いずれ弾自体にも術式を施す予定です。暫定的に魔弾と呼称していまして、将来的には状況に応じた魔弾を使えるようになるのが理想ですね」


「……そうか」


 私は所長の持つ鉄砲を凝視する。

 鉄砲について考察するうちに思うところがあった。


 視線に気付いた所長は、やや戸惑った様子で鉄砲を見る。


「えっと、何が問題がありましたか? それならすぐに修正しますが……」


「この鉄砲を発案した人間を知っているか」


 私の質問に、所長はきょとんとした顔になった。

 予想外の質問だったらしい。

 彼女は天井を眺めながら記憶を遡る。


「発案者ですか? 魔巧国から一時的に派遣された技術者の男性でしたね。短期間の在籍でしたが、画期的な案をたくさん出してくれました。帝都に持ち込まれた試作兵器も、大半は彼が発明したらしいです」


「名前は分かるか」


「ジョン・ドゥ、でしたっけ? 確かそんな感じだった気がします」


 所長は一人の名前を口にする。

 魔術工房の資料で何度か出てきた名前だ。

 所長の記憶通り、様々な兵器開発に関わっていた。


 そして彼の所属する魔巧国とは、帝国と裏で提携していた国である。

 帝国があれだけの兵器群を所持していた実質的な原因と言えよう。


(ジョン・ドゥ……ルシアナに調べさせるか)


 この男を放っておいてはいけない予感がする。

 所長や資料の記述が正しければ、様々な兵器を考案するだけの頭脳と閃きを有している。

 兵士ではないのだろうが、間違いなく戦争に変革をもたらす者だ。

 今もさらなる開発に挑んでいるかもしれない。

 いずれにせよ、魔巧国は詳しく調査すべきだろう。

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― 新着の感想 ―
[一言] ジョン・ドゥ(_’ 日本人風に言うなら、確か、「名無しの権兵衛」だったか。 妖しさ満点だ(_-
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