表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
処刑された賢者はリッチに転生して侵略戦争を始める  作者: 結城 からく
第三章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

55/288

第55話 賢者は王都の街並みを巡る

 私とグロムは徒歩で研究所へと向かう。

 今回は転移魔術を使わない。

 ふと王都の街並みを確かめてみたくなったのである。

 日頃、じっくりと眺める機会がなかったのだ。


 それでいいかとグロムに尋ねたところ、食い気味に了承を得られた。

 彼にとっては退屈なはずだが、別に構わないらしい。

 なぜか楽しそうにしているので大丈夫だろう。


 城を出た私達は、城下街を歩いていく。

 大通りには露店が並んでいた。

 行き交う人々は、その手に串焼き等を持って食べ歩いている。

 もし嗅覚があれば、さぞいい匂いがしたことだろう。

 それを感じられないのが少し惜しかった。


 通りを進む人々の中には、少数ながらもエルフの姿があった。

 魔物達と親しくしている光景も散見される。

 同じ魔王軍という所属で、両者の仲は良好になりつつあるようだ。

 そのことに私は満足する。


「しかし、すごい人の数ですなぁ。我々が目立たないほどですぞ」


「街が発展している証拠だろう。良いことだ」


 しみじみと言うグロムに、私は周りを見ながら応じる。


 王都の人口は徐々に増加傾向にあった。

 近隣の村や街から人間が流入しているのだ。

 さらには辺境の集落に暮らす亜人が、集団で移住してくることも珍しくない。

 ごく少数だが、先代魔王に仕えていた魔物達も密かに紛れ込んでいた。


 やってくるのは主に貧困に苦しむ者達である。

 王都は種族的な差別をせず、職に困ることはないという噂が立っているらしい。

 噂を聞き付けた者達が安定した生活を求めて訪れるのだ。


 実際、それは間違いではない。

 現在の王都は、常に人材を求めていた。

 そこに種族的なこだわりはなかった。

 誰であろうと基本的には歓迎している。


 各種作物の栽培も軌道に乗っている。

 王都にいる人々の腹を満たすだけの収穫はあった。

 それでも足りないのなら、魔王領にある他の都市から徴収してもいい。

 少量をあちこちから寄せ集めれば、極端に負担を強いることもなくなる。

 そういった事情もあり、王都の食糧事情は良好だった。


 これだけの新規人材を受け入れながらも、まだ王都には余裕が残されている。

 敷地の大半が半ば廃墟街のような扱いで放置されており、物資に関しても持て余しているほどだ。

 現在の廃墟街は、使用しないアンデッドの保管場所のような扱いとなっている。


 人の出入りが活発になったことで、王都郊外に散開させていた分もそこに待機させていた。

 まず起こり得ないが、アンデッドによる事故を防ぐためである。

 王都自体の守りは既に防御魔術や結界で十分で、アンデッドを徘徊させる意味も無くなっていた。

 有事の際は私が現場へ転送するだけだ。


 街がさらに発展していくことを想定すると、いずれアンデッドの保管場所を考えねばならない。

 このままでは街を圧迫してしまうだろう。

 一部は魔王領の各地に派遣済みだが、それでもまだ多い。


 いっそまとめて死者の谷に捧げるという手段もあった。

 アンデッド達は無駄にはならず、私の力の増幅に貢献してくれる。

 しかし、主戦力でもあるアンデッドを減らしていいものか迷いどころではある。


(……とりあえず今は保留だな)


 考えた末、私はそう結論付ける。

 街が発展する過程で、アンデッドの保管場所に困ったらどうにかしようと思う。

 今日や明日に対処すべき問題ではなかった。

 幹部達に相談して決めればいいだろう。


「相手の動きをよく見ろ。そんなんじゃ、あっという間に殺されちまうぞッ」


 威勢のいい声がした。

 それは訓練場から聞こえていた。

 私は足を止めて覗く。


 ヘンリーが配下達に指導をしていた。

 配下達は木製の武器を携え、二人一組で対峙している。

 どうやら模擬戦闘を行っているらしい。


 その中にはドルダも混ざっていた。

 彼は木斧で数人の魔物を圧倒している。


「首ィ……ッ!」


 突き出された剣を柄で弾き、相手の顔面に拳を叩き込む。

 死角からの斬撃も躱し、振り向きざまに斧で打った。

 同時攻撃にも斧を回転させることで対処している。


(さすがの斧捌きだな。死しても尚、"雷轟"の名は健在というわけか)


 私はドルダの戦いぶりを見て感心する。

 その技量はアンデッドになっても残っているようだった。

 むしろ肉体的な枷が外れたことで、鋭さが増している気さえする。


 生前のドルダは凄まじく強かったが、やはり加齢による衰えが見え隠れしていた。

 人間である以上、それは仕方のないことだ。

 私自身、現在の身体となったことで生前とは比較にならない能力を得ている。


 あまり認めたくないが、人間にはどうしても限界がある。

 人外となることでさらなる成長を望めるのだ。

 身を以て体験してそれを痛感した。


 その点、ヘンリーはよくやっている。

 間違いなく人間の身でありながら、こうして魔王軍の幹部として活躍しているのだ。

 借り物の力で魔王になった私からすれば、尊敬の念を覚える他ない。


「やあ、大将達も参加するかい?」


 ヘンリーが私達に気付いて声をかけてくる。

 配下達は、こちらを見ると途端に緊張し始めた。

 明らかに委縮していたり、中には恐怖心を抱いている者もいる。


 後者に関しては新参の兵士だろう。

 この二百日の間で魔王軍への所属を希望した者達である。

 割合的には獣人が多い。


 彼らの反応は当然のものだった。

 私は数え切れないほどの命を奪ってきた殺戮者だ。

 恐れるのは自然な感情だろう。


 この存在になってから、他者から向けられる恐怖心を正確に感じ取れるようになった。

 単純に恐怖される頻度が高くなったためだろう。

 何とも言い難い発見である。


 それより模擬戦闘を中断させてしまった。

 申し訳なく思いつつ、私はヘンリーに言葉を返す。


「すまないが、用事がある」


「そうか。じゃあ、また今度相手をしてくれよ」


「分かった」


 私が見ていると、他の者達の気が散ってしまう。

 別れを告げた私とグロムは、足早にその場を立ち去った。


「グロム」


「はい! 何でしょうっ!」


「配下と親しくなるには、どうすべきか教えてほしい。あまりに怖がられると支障が出る」


「ふぅむ、配下と親しくなる方法ですか……」


 私からの質問に、グロムは腕組みをして唸る。

 あまり考えたことがなかったのだろう。

 彼は普段から気の赴くままに行動していた。


 暫し悩んだグロムは、手を打って提案する。


「料理を振る舞うというのはどうでしょう。交流のきっかけになりますな」


「料理は保存食くらいしか作れない」


 その保存食も栄養補給だけを念頭に置いたものだ。

 魔王討伐の旅に出ていた時期によく作ったが、味は決して良いものではない。

 あまり食べたいとは思えない代物であった。

 おまけにこの身体では味を感じ取れないため、料理は余計に駄目だ。


 同じ不死者であるはずのグロムが絶品の料理を作れることに関しては納得できない。

 彼の場合、その身に料理人の技術を取り込んでいるため、味覚以外の部分で調理を行っているのだろう。


 私も死者の谷の亡者から様々な技術を習得できたはずだが、なぜかその感覚はない。

 あの地で死んだ亡者に料理が得意な者がいなかったか、或いは私が無意識に調理技術を切り捨ててしまったか。

 何にしろ、今はそれを惜しく思う。


 私の内心を察したのか、グロムは少し慌てたように話し始めた。


「りょ、料理以外となりますと、ちょっとした催し等を通じて会話をするくらいでしょうか。魔王様と話したがっている者も多いかと思いますぞ」


「そうなのか……?」


「ええ、そうですとも! 対話の機会が設けられれば、きっと長蛇の列ができることでしょう」


 グロムは自信満々に断言する。

 おそらく私を励ますための返答だろうが、そこまではっきりと言い切れるとは。

 彼なりに根拠があるのだろうか。

 生憎と私には心当たりがない。


 そういった雑談をしているうちに、私達は目的の研究所に到着した。

 王都の通りからは外れた区域で、放置物件の只中に佇んでいる。

 白を基調とした三階建ての建造物に窓はなく、どことなく閉鎖的な印象を受ける。

 いくつかの建物を解体して敷地としているため、外観からでもかなり広大であるのが分かる。


「なんだか心が踊りますな」


「それはよかった」


 短いやり取りを交わしつつ、私達は研究所へ入った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 街中で魔王と出会ったらって何か笑える。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ