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処刑された賢者はリッチに転生して侵略戦争を始める  作者: 結城 からく
第二章

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第53話 賢者は罪を抱えて魔王を担う

「いやはや、危うく死んでしまうところでしたな! 目の前に冥府の門を幻視しましたぞ。魔王様のご助力がなければ、そのまま息を吹き返すことはなかったでしょう」


 謁見の間にグロムの称賛の声が響き渡る。

 息を吹き返す、という表現には些か引っかかりを覚えるも、私はそれを指摘したりはしない。

 彼が満足しているのならそれで良かった。


 グロムは二日前からこの調子だ。

 瀕死状態より回復してからは、ことあるごとに此度の私の活躍を吟遊詩人のように語る。

 その口ぶりが非常に大袈裟で、まるで別人の英雄譚としか思えなかった。

 いずれ落ち着くだろうと放置しているのだが、むしろ悪化している気がする。


 私のそばに不在の際は、王都各地で私と聖女マキアの戦いを語っているらしい。

 ところが、グロムは最初の段階で王都へ転送したので、戦いの様子は見ていないはずだった。

 幹部には簡潔な報告を行ったものの、第三者に語り聞かせるほど詳しい内容は伝えていない。

 どうやら大部分をグロム自身の妄想で補完しているようだった。


 あまりにも虚構が過ぎれば注意するつもりが、なぜか事実と符合する箇所が多かった。

 そのせいで否定もできず、現在は黙認状態を維持している。


 まあ、何らかの実害があるわけでもない。

 強いて言うならば、私が少し恥ずかしいだけだ。

 これで配下達の娯楽になるのなら安いものだろう。


 加えて彼らに安心感を与える効果も期待できる。

 聖女に打ち勝つ魔王など、士気の底上げには最適だと思われる。


(このような悩みも、グロムが消滅しなかったからこそ抱けるものだ)


 助けることができて本当に良かった。

 少しでも事情が違えば、この場に彼はいなかったかもしれない。

 グロムの過剰な賛辞をよそに、私は彼の健在を喜ぶ。


 聖杖軍との戦いから早五日。

 魔王軍の受けた損害はそれなりのものだった。

 実質的に初の敗戦である。

 私が戦いを引き継いだものの、魔王軍は聖女を前に撤退を余儀なくされた。


 アンデッドだけでなく、魔物やエルフの配下にも死者が出た。

 葬儀は既に執り行われた。

 親しき者の死を悼む者や次なる戦いへの覚悟を決める者、後方支援から前線での戦いを希望する者等、それぞれに心境の変化があったようだ。


 無論、私も例外ではない。

 私が判断を誤ったことで多大なる被害が出てしまった。

 もっと早く異変に気付いていれば、死なずに済んだ者もいただろう。


 今後は連絡系統の強化を図るつもりだ。

 どのような状況でもすぐに察知できるようにして、魔王軍の損耗を極力減らせるようにする。

 起きてしまったことは変えようがない。

 反省点を洗い出して、次回以降に活かすしかなかった。


 ただ、現在の王都が悲しみに暮れているかと言えば、必ずしもそうではない。

 誰もが前へ進もうとしていた。

 ここで立ち止まっている場合ではないと分かっているのだ。

 魔王軍は未来を見据えている。

 そのことに私は安堵する。


「大将、入るぜ」


 扉がノックされ、そこからヘンリーが現れた。

 彼が聖杖軍との戦いで負った傷は既に癒えている。

 それどころか、敗北を悔しがるヘンリーは己を鍛え直していた。


「何かあったか」


「ちょいと見てほしいものがあるんだ。そら、入って来い」


 ヘンリーは部屋の外に向かって手招きする。

 それに従って入室するのは、朱の全身鎧を来たドルダであった。


「首ダ……儂ノ首、寄越セ……」


「ははは、首はちゃんとあるだろうが」


 虚ろに呻くドルダの頭を、ヘンリーは軽く叩いた。

 その弾みで首が外れて床を転がる。

 苦笑するヘンリーはそれを拾い上げると、元の位置に置いて押し込んだ。


「接合が甘かったな。やっぱり鍛冶師に頼むかね」


「ヘンリー……これは、どういうことだ」


 私は玉座で頭を抱えそうになる。

 仄かに頭痛を覚える。

 対するヘンリーは、いつも通りの調子で応じた。


「ああ、ご存知ドルダだよ」


「そこを訊いているのではない。ドルダの頭部についてだ」


 私は指を差す。

 ドルダの首は、人間のそれではなかった。

 灰色の毛並みをした老狼となっている。

 その瞳は蒼く光っていた。

 ドルダの首となると、共通してその色合いを帯びるらしい。


 ヘンリーは老狼の頭に手を置く。


「これかい? あまりにも首が欲しい欲しいと騒ぐもんでね。剥製の首を用意してやったのさ」


「自作したのか?」


 剥製の製作には、時間がかかるはずだ。

 ドルダが魔王軍に加入してから拵えるのは難しい。

 そう思った私が尋ねると、ヘンリーは首を横に振った。


「いや、貴族の屋敷から拝借してきた。他にも何種類か見つかったから、気分で付け替えができる。なあ、嬉しいだろう?」


「コレ、ハ……儂ノ首、デハナイ……」


「ほら、ちゃんと喜んでいる」


 ヘンリーは得意そうに笑う。

 喜ぶどころか不服そうなのだが、あえて気付かないふりをしているのか。


 ただ、ドルダが暴れ出すような気配はなかった。

 大人しくヘンリーのそばに立っている。

 そういえば、宴会でも彼と肩を組んでいた。

 なんだかんだで懐いているのかもしれない。


 それから軽い世間話を挟み、ヘンリーはドルダを連れて謁見の間を退室した。

 ドルダの新しい首を披露するのが目的だったそうだ。


 二人を見送ったところで、グロムは咳払いをする。


「彼奴等は、その……大丈夫なのですかな?」


「実害が無ければそれでいい。放っておけ」


「しょ、承知しました」


 別に悪事を働いているわけでもない。

 好きにさせておくのが一番だろう。

 それこそ、配下の首を刈るような凶行さえ起こさなければ構わない。


「魔王サマ、お客様よー」


 能天気な声と共に、今度はルシアナがやってきた。

 彼女に同行するのは、エルフの族長ローガンだ。

 ローガンは玉座のそばまで寄ってくる。


「久方ぶりだな。調子はどうだ。聖女を倒したと聞いたが」


「私は平気だ。お前はどうなんだ」


「問題ない。不便のない生活を送らせてもらっている。これもお前のおかげだ。感謝している」


 ローガンがおもむろに頭を下げた。

 私はすぐに手で制する。


「頭を上げてくれ。礼を言われる立場でもない」


「なるほど。では床に伏せた方がよかったか? 隷属する者として相応しい態度だろう」


 ローガンが片膝を床につく。

 その口元には、微かな笑みが浮かんでいた。

 それなりの付き合いがなければ分からないほどの変化だが、だからこそ私には分かる。

 私は彼に確認をする。


「……今のは、冗談か?」


「当然だ」


 ローガンは立ち上がりながら答える。

 冗談を言うような性格ではなかったはずなので驚いた。

 そもそも彼の場合、冗談か否かの判断が付け難い。

 今の言葉も、ローガンなら本気で言いかねないからだ。


「え……今、何て言ったの……?」


「二度も言わせるでない。今宵、魔王様は我と食事をする約束をしたと言っておるのだ! 貴様が出る幕など無いわっ!」


 ルシアナとグロムが言い争いをしている。

 会話内容に反して緊迫感のある雰囲気だった。

 なぜか動揺するルシアナは、悔しそうに反論を試みる。


「で、でも、魔王サマは優しいから、アタシを優先してくれるかも――」


「馬鹿め、順番という言葉を知らぬのか! 先んじて約束した者が優先されるに決まっておろう。サキュバスよ、貴様は我に敗北したのだァッ!」


「いやあああああああああっ!」


 勝ち誇ったグロムの宣告に、ルシアナは絶叫して崩れ落ちる。

 一体何をやっているのか。

 私にはよく分からない。


 ちなみに食事の約束というのは、不死者の味覚に関する検証のことである。

 私やグロムは基本的に飲食が不可能だ。

 味も感じられない。

 そのため、なんとか味を感じられるようになるのが目的だった。


 今のところは辛い食べ物が有力だ。

 辛みは味覚というより、痛覚を刺激するためである。

 今夜、それを試すためにグロムを呼び出した。

 彼はそれを拡大解釈してルシアナに自慢しているらしい。


「相変わらず、お前の部下は騒々しいな。元気で何よりだが」


「……すまない」


 呆れた様子のローガンに謝る。

 改めて指摘されると、恥ずかしく思ってしまう部分があった。


 ただ、こんな二人だが仲は決して悪くない。

 聖杖軍と戦った際、ルシアナは転送されてきた迎撃軍の治療を担当した。

 もちろんその中にはグロムも含まれていた。

 彼女は献身的に働き、崩れゆく彼らの命を掬い上げたのだ。

 結果、その時点で生きていた者は、誰一人として死ななかった。

 ひとえに彼女のおかげと言えよう。


「とりあえず、お前の元気な姿が見れて良かった。また何かあれば言ってくれ。惜しみなく協力する」


「助かる。頼りにしている」


 ローガンは私の肩を軽く叩くと、そのまま退室していった。

 この後、王都での用事を消化するのだろう。

 族長という立場上、彼は多忙である。

 魔王軍に関わったことで、それはより顕著になっていた。


 今回も僅かな時間を利用して、私への挨拶だけに立ち寄ったのだろう。

 聖杖軍との交戦を聞いて、気にかけてくれたのかもしれない。

 一見すると無愛想だが、胸中では友のことを考えている男だ。

 私はその優しさに重ねて感謝する。


「じゃあアタシも魔王サマとお食事の約束しちゃうからっ! 明日は朝から夜まで独り占めよ!」


「なぬっ!? 連続は反則だぞ! せめて我と交互にするのだッ」


 ルシアナとグロムは、まだ口論を繰り広げている。

 このまま白熱する予感がした。

 私が仲裁に入れば止まるのだろうが、なんとなく億劫なのでやめておく。


(喧嘩できる状況というのも幸運なものだ)


 勇者を殺した私は、帝国を滅ぼして聖女を死に至らせた。

 聖杖国とは引き続き交戦することになるだろう。

 聖女を失って面子を潰された国は、きっと報復を考えている。


 この血で血を洗う戦争がいつ終わるのか、私には見当が付かない。

 膠着状態に持ち込めるのは、まだ遠い先のことだろう。

 今しばらくは、各国との殺し合いが繰り返されるに違いない。


 人間同士の争いを減らして平和を実現したい。

 そう考えながら殺戮を展開する私は、少なからず矛盾を孕んでいる。

 しかし、それも受け入れて進んでいくつもりだ。


 私という悪は世界に君臨し続ける。

 たとえ人類にそれを拒まれようとも、あらゆる抵抗を押し退けてみせよう。

 それが私に許された贖罪であり、最も罪深い使命である。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 魔王の残虐性 [気になる点] ルシアナ喋り過ぎ 聖杖国も正義の名の下に無抵抗の人間殺してますやん なぜ今更そんな国の聖女の言葉に動揺してるんだ? [一言] 全体的に1話の文字数も多く、更新…
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