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処刑された賢者はリッチに転生して侵略戦争を始める  作者: 結城 からく
第二章

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第51話 賢者は聖女を追い詰める

 夜明けがやってきた。

 空が地平線から白み始め、朝日が瓦礫地帯を照らし出す。


 私はローブのフード部分を目深に被った。

 日光を浴びたところで消滅するわけではないが、今の状態だと沁みる。

 例えるなら、傷口に塩水がかかった時のような感覚に近い。

 あまり好ましくないものであった。


 明るくなったことで、辺りの光景が露わとなる。

 周囲には数え切れないほどの死体が折り重なっていた。

 それらはどす黒い血で彩られている。

 黒煙を昇らせているのは、炎魔術に焼かれた死体だろう。


 血みどろになった私は、その上を幽鬼のように踏み進んでいく。

 一歩ずつ、死を感じる。

 自らの行いをどうしようもなく思い知らされた。


 身体が少し重たい。

 心理的な問題ではない。

 一連の魔術行使により、体内に残存する魔力が少なくなっているのだ。


 やはりいつもより消耗が激しく、回復速度も著しく遅い。

 いつもならすぐに全快するはずだ。

 そもそも、この程度の魔術行使では消耗しなかった。


 転移で街の外へ離れて回復したいが、ここで休息は取れない。

 マキアに猶予を与えることになるからだ。

 彼女の限界は未知数だった。

 なにせ世界の後押しを受けた者である。


 生存の可能性を与えると、何らかの偶然でたちまち持ち直しかねない。

 突飛な発想だが、マキアには神聖魔術の習得という前例があった。

 少しでもここを離れれば、戻って来た時にはさらなる力に目覚めていることだって十分に考えられる。


 私を滅するためならば、世界の意思は過程や道理を飛ばして奇蹟を起こす。

 何もかもが予想外だった。

 多少の無理をしてでも、マキアはここで殺し切るべきである。


 前方には、屈み込んだマキアがいた。

 呆然とした横顔は、一見すると隙だらけだ。

 しかし、幾本もの光の鎖が彼女の周りを循環している。


 試しに小石を投げ付けると、鎖の一本が反応して弾いた。

 攻撃だけではなく、防御も自動らしい。

 非常に便利な術だ。

 解析して使えるようになりたいものである。


 私はマキアを観察する。

 魔力量は人並みにまで落ち着いていた。

 展開された光の鎖も、辛うじて維持できている状態である。

 最初のように、数百本を一度に放つような真似はできまい。

 継続的な戦闘能力は皆無だろう。

 当初の狙い通り、マキアは大幅に弱体化している。


「…………」


 私は彼女へと近付いていく。

 接近するほど聖気が強まり、身体にかかる負担が増大した。

 全身の骨が軋み、表面から徐々に砕けていく。


 この聖気は、魔術由来ではない。

 マキア本人が自然と放出しているものだ。

 魔力を減らしても止まらない以上、耐えるしかない。


 私はある程度の距離で足を止めた。

 少し声を張れば聞こえるような距離だった。

 聖女と対峙した私は、抑揚なく告げる。


「兵士は皆殺しにした。次はお前の番だ」


「……本当に、あんたは、狂ってるわ」


「そうか」


 私は粛々と応じる。

 言われずとも分かっていた。

 今宵の行いは狂気そのものである。

 どれだけ糾弾されても、反論のしようがなかった。


「あんたさ……この光景に、何とも思わないわけ?」


 立ち上がったマキアは、真剣な顔で尋ねてくる。

 彼女の視線が無数の屍を巡った。

 全て私の手によって死んだ者達である。

 不条理に見舞われた被害者だった。


 私はマキアに倣って辺りを見回し、少しの間を置いて答えた。


「心は痛む。だが、やらねばならなかったことだ」


「へぇ、正当化しちゃうんだ。最低のクズ野郎じゃん」


 マキアは吐き捨てるように言う。

 これも当然の意見であった。

 甘んじて受け止めるべき言葉だ。


 マキアが軽く咳き込む。

 口に当てた手に血が付着していた。

 神聖魔術の過剰行使に、肉体が悲鳴を上げているようだ。

 舌打ちしたマキアは、純白の外套で手を拭う。


「不死者の軍勢と今代の魔王をぶっ殺して、聖女として大成するつもりだったのに。あんたのせいで台無しよ」


 マキアの目は怒りと憎悪に燃えていた。

 彼女は杖を構え、体内の魔力を操作する。


「先代魔王を倒した勇者は、女剣士だったそうよ。ここであんたを殺せば、あたしも勇者を名乗れるわけね」


「お前が、勇者か……」


 私はふと呟く。

 マキアは不機嫌そうに眉を寄せた。


「何? 文句あんの」


「――その名は、重いぞ」


 答えると同時に突進する。

 それに合わせて、マキアが光の鎖を展開させた。

 その数は六本。

 攻撃に回した分、彼女自身の防御がさらに薄くなる。


 一斉に射出された光の鎖に対し、私はその軌道を見極める。

 滑り込むようにして踏み込み、迫る鎖を斬撃で迎えた。

 弾いた鎖が別の鎖に当たって火花を散らす。

 それによって生まれた僅かな隙間を駆け抜ける。


 光の鎖は追尾式だ。

 遠距離で相手の位置が分からずとも攻撃可能である。

 今までの挙動や特徴を見るに、不死者を狙い撃ちにする性質を持つのだろう。


 直接的な接触を経ずに狙いを私に固定し、隠密魔術を行使している間でも、平然と攻撃してきたのが良い証拠である。

 おそらく不死者という存在そのものを感知しているのだ。

 瘴気や魔力は隠していたので、それしか考えられない。


 確かに優秀な術と言えよう。

 術者の技量に依存しないため、鍛練を要せずに扱うことができる。

 しかし自動追尾という特性上、鎖の動きは直線的だった。

 よく観察すれば容易に対処できる程度だ。

 縦横無尽に襲いかかってくる鎖を弾きながら、私は静かに前進する。


「来ないでよっ!」


 叫んだマキアが詠唱し、光の矢を生み出した。

 こちらはただの聖魔術だ。

 それもひどく拙い。

 詠唱に手間取った上に本数もたった一本だった。


 放たれた光の矢を、私は首を傾けて回避する。

 さらに剣を一閃して飛び回る光の鎖を破壊した。

 切断された鎖は、光の粒子となって霧散する。

 彼女を守っていた鎖も消失した。

 維持するだけの魔力がもう無いのだ。


「こ、この……っ!」


 焦るマキアは、何度か詠唱を噛みながらも魔術を使う。

 またも生み出された光の矢は、私のそばを突き抜けていく。

 今度は避けるまでもなかった。

 碌に狙いを付けずに放つから当たらないのだ。


「う、うあああぁぁッ!」


 追い詰められたマキアは杖を捨て、短剣を携えて突進してきた。

 刃には聖属性の刻印が施されている。

 不死者殺しの魔術武器だ。

 それも一級品である。

 しかし、使い手が悪い。


 私は突き出された短剣を躱し、マキアの顎に掌底を打ち込んだ。

 マキアは息を洩らして仰け反る。

 そこへ剣を振るい、短剣を握る彼女の指を斬り落とした。

 振り抜く刃に合わせて鮮血が舞い散る。


「いやああああぁぁァァッ!」


 マキアは絶叫し、指を失った手を押さえる。

 彼女はその場に蹲ると、転がった指を必死に集め出した。

 私はそれを無感動に見下ろす。


(憐れな娘だ……これが現代の英雄の末路か)


 マキアも鍛練次第では、様々な神聖魔術を使えたはずだ。

 それこそ、聖女の名に相応しい威光も手にできたであろう。

 不死の魔王を屠るだけの存在にもなれたかもしれない。


 ところがマキアは、自らの力に驕ってしまった。

 彼女は聖魔術の修練を怠り、簡単に行使できる神聖魔術に頼り切りだった。

 時間をかけて力を高めるという選択も放棄した。

 根拠のない自信に囚われ、目前の功績と名誉に目が眩んだ結果、魔王領への侵攻を開始したのである。

 それらが彼女の敗因だった。


「ふっ、ふふ……あははは……」


 片手を抱くマキアは壊れたように笑う。

 俯いているので顔は見えない。

 彼女は肩を震わせて笑っていた。


(この状況で何か勝算でもあるのか?)


 私は剣を下ろさずに警戒する。

 マキアには魔力も残っておらず、近接戦闘の心得もない様子だ。

 私を屠れる可能性は存在しない。


 ここまで近付くと、マキアから発せられる聖気も強烈だった。

 身体が芯まで焼かれるような感覚がある。

 ただ、今すぐに行動不能になるというほどでもない。

 戦いの行方に影響はなかった。


「あたしの、負けよ。こんなの勝てるわけないじゃん……」


 そう言ってマキアは、ゆっくりと顔を上げる。

 彼女は引き攣った泣き笑いを浮かべていた。

 既に自らの生を諦めた顔である。


(極限まで追い詰められたことで、心が破綻したのか)


 マキアが何かしてくる気配もない。

 どうやら本当にただの泣き言のようだった。


 私は形見の剣を掲げる。

 マキアは充血した双眸で私を見ていた。

 場に沈黙が訪れる。

 意を決して剣を振り下ろそうとしたその時、マキアは掠れた声で呟いた。


「……あんた、本当に人間が憎いのね。あたしを殺すのが楽しそうだわ」

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