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処刑された賢者はリッチに転生して侵略戦争を始める  作者: 結城 からく
第二章

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第48話 賢者は形見の剣を手に歩む

「いきなり消えたから、逃げたかと思ったわ。そこまでの臆病者じゃないみたいだけど。どうせ仲間を逃がしたんでしょ?」


 私の姿を認めたマキアは、腰に手を当ててため息を吐く。

 遠目にもこちらを見下しているのがよく分かった。

 どこまでも私を侮辱したいらしい。


 私が配下を逃がしたことについては、あまり興味がない様子だ。

 彼女の中では魔王討伐が最優先なのだろう。

 他は後回しでもいいと考えている。


「…………」


 私は無言で形見の剣を構える。

 マキアとはまだそれなりの距離があった。

 弓が当たるかどうかといった程度だ。


 もっとも、私にとって距離は関係ない。

 やり方次第でどうとでもなることだった。


「へぇ、無視するのね。アンデッドの癖に生意気じゃん」


 マキアが殺気を放つ。

 苛立った口調から察するに、かなり気が短いようだ。


 彼女は杖を傾けて私へと向ける。

 神聖魔術の予備動作だ。

 決して油断できない。


「時代遅れの魔王には死んでもらうわ。あんたが築き上げたものは、あたしが壊して奪ってあげるから。覚悟してね?」


「お前達が私を阻むというのなら、容赦はしない」


 私は声を荒らげずに宣告する。

 それは聖杖軍全体へと向けた言葉であった。


 彼女達の暴挙を見逃すわけにはいかない。

 このままだと、聖杖軍は魔王領内で虐殺を展開するだろう。

 多大な犠牲が生じてしまう。


 私は世界の敵となる道を選んだ。

 戦いの中で自軍に損害が出ることも覚悟している。

 しかし、無力な民が意味もなく殺されていくのは看過できない。

 服従を示した以上、彼らを守護するのが魔王の務めだ。

 聖杖軍はここで壊滅させる。


「ハッ、無様に死になさい」


 鼻を鳴らしたマキアが杖を掲げた。

 彼女の魔力が高まり、空中に光の鎖が大量に出現する。

 その数は数百にも上るだろう。


 私は一連の術式や魔力の動きを注視する。

 そのおおよその仕組みを理解した。


「――なるほど」


 直後、光の鎖が射出された。

 軌道上の建造物を粉砕しながら、怒涛の勢いで迫ってくる。


 私は近くの建物へと疾走した。

 その際、隠密系統の魔術を合わせて行使し、魔力や瘴気による感知を無効化する。

 扉を破りながら室内へ飛び込む。


 室内には複数の死体が放置されていた。

 家主だろうか。

 これも聖杖軍が手にかけたのだろう。


 死体を観察していると、轟音と共に壁が爆発した。

 光の鎖が室内へ雪崩れ込んでくる。


(大した威力だ。命中すれば、簡単に削り飛ばされそうだ)


 私は形見の剣で打ち払いながら移動する。

 そのまま隣接する別の建物へ移った。

 すると後続の鎖は、軌道を曲げて襲いかかってくる。


(相手を自動で追尾するのか)


 建物内で死角になっているため、マキアからは私の位置が分からないはずだ。

 隠密魔術によって感知もできない。

 それなのに光の鎖は正確に私を攻撃してくる。

 すなわち対象を追尾する術なのだろう。


 非常に高性能な魔術だ。

 通常の攻撃魔術は、目視で狙いを付けるものである。

 追尾式も存在するが、その場合は対象に何らかの印が必要だった。

 この光の鎖は、それを介さずに私を狙っている。

 神聖魔術と呼ばれるだけあって、並の魔術とは性質が違うらしい。


(とりあえず、立ち止まらない方がいいな)


 私は跳躍して別の建物の二階へ移動した。

 迫る鎖を破壊しつつ、さらに別の建物へ跳び移る。


 転移魔術を使わないのは、魔力消耗を気にしてのことだ。

 この空間はアンデッドの身には厳しい。

 常に消耗を強いられる。

 身体保護にも魔力を割いている状態だった。


 通常時ならこれでも余裕があるはずなのだが、やはりこの都市内にいる影響で本調子とはいかない。

 著しい弱体化を強いられている。

 死者の谷との繋がりも一時的に断たれているようだった。


(何かの冗談かと思うほど、私に不利な状況だな)


 ここまで綺麗に条件が揃っていると怒りも感じない。

 如何に世界に嫌われているかを自覚する。

 聖女マキアは、まさしく今代の魔王を滅ぼすために生まれた存在であった。


 だからと言って、諦めることはない。

 この運命を覆すのが私の役目だ。

 マキアに倒された時点で、世界はまた元通りになる。

 次なる魔王が誕生するその時まで、人間同士の不毛な争いが始まるのだ。


 何より、私がもたらした甚大な被害が無駄になる。

 悪に徹して非道な殺戮を繰り返してきた意義が失われる。

 それだけは必ず阻止しなければならない。


 幾多もの光の鎖を凌ぎながら、私は次の建物へと跳ぶ。

 壁の一部を剣で切断し、そのまま転がるように室内へ侵入した。


 室内には、聖杖軍の兵士がいた。

 数は四人で、彼らは脚を組んで床に座り込んでいる。

 集中すると共に、術を行使しているのだ。


「な……ッ!?」


「う、わっ?」


 私の侵入に気付くと、兵士達は慌てふためく。

 彼らはすぐに杖を手に取ろうとした。


 その前に私は形見の剣を一閃させる。

 四人の兵士の首が滑り落ち、血飛沫が室内を染め上げた。

 私の身にも降りかかってくる。


 首を失った兵士達は、同時に崩れ落ちた。

 痛みを感じる暇もなかっただろう。

 せめてもの情けである。


 この兵士達はアンデッド化させない。

 今の都市内は聖気に満ちている。

 配下を増やしたところで盾にもならず、無為に消耗するだけだ。


 私は刃に付着した鮮血を振り払い、周囲の状況に意識を傾ける。

 不気味なほどの静寂に包まれていた。


(鎖が来ない。射程外に逃れたか)


 もしくは無闇に使っても迎撃されるだけだと察したのか。

 どちらにしても、こうして手を止められるのでありがたい。

 あれだけの密度の鎖を常に破壊し続けるのは神経を使うのだ。


 屈んだ私は、目の前に倒れる兵士達に触れる。

 その身体には魔術的な刻印が施されていた。

 四人とも同じものが刻まれている。


「……やはりそうか」


 一連の出来事を以て、私はマキアの力の仕組みを把握した。

 まず彼女の神聖魔術は本物だ。

 あの効力自体は、聖女として得た代物である。

 何の偽りもない純然たる力だろう。


 ただし、魔力については別であった。

 マキアは都市内にいる聖杖軍の兵士から魔力を徴収している。

 集めた魔力で光の鎖を放っているのだ。


 あれだけの術を個人で連発するのは困難極まりない。

 よほど恵まれた体質か、何らかの供給源がなければ不可能だろう。

 マキアの場合、それが聖杖軍そのものだったらしい。

 数を揃えることで、魔力消費の問題を解決している。


(だとすれば、対策は容易だ)


 彼女の力を削ぐには、まず兵士の数を減らすのが先決となる。

 いつものように大規模魔術で直接的に攻撃する手もあるが、あれは防がれた場合に後がなくなる。

 現状、私は様々な面で不利を強いられていた。

 自らの能力を過信して安易な手を打つのは不味い。

 万全を期して、確実な手段で追い詰めなければ。


「……地道だが凄惨な方法だな」


 死体の散乱する部屋で私は自嘲する。

 魔王になってからこれだけ泥臭く、残酷な戦い方は初めてだった。

 これこそ、私の求める悪だったのかもしれない。


(とにかくやるしかない)


 マキアとの戦いに備えて、魔力消費は抑える。

 攻撃系統の魔術は使わずに、身体保護と強化、隠密、感知に限定する。

 向こうからもそれなりの抵抗が予想されるものの、それらは捻じ伏せればいい。

 私にはあの人の剣技があるのだ。

 敵う者など誰一人として存在しない。


 ――聖女率いる幾万の兵士を斬り殺すため、私は静かに歩き出した。

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