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処刑された賢者はリッチに転生して侵略戦争を始める  作者: 結城 からく
第二章

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第46話 賢者は聖杖軍と対峙する

 その日の夜。

 謁見の間に座す私は、独りで考え込んでいた。


「…………」


 一定の間隔で床を踏み鳴らす音が聞こえる。

 音の出所を探ると、私の足だった。

 無意識のうちに動かしていたらしい。

 私はそれを止めて手を組む。


(遅い。何に手間取っている)


 胸中に募る焦燥感を自覚する。

 原因は分かっている。

 グロム達がまだ帰還していないことを気にしているのだ。


 今頃は聖杖国と戦っている頃だろうか。

 出軍から既に半日は経過している。

 激戦になったとしても、幹部二人がいれば決着してもおかしくない頃合いだ。

 戦闘が終わり次第、グロムから念話が飛ぶ手筈になっている。

 それにも関わらず、迎撃軍からは音沙汰が無かった。


(苦戦しているのか? いや、彼らが敵わない英雄など滅多にいまい)


 考えれば考えるほど胸騒ぎがする。

 迎撃に向かった魔王軍に何かあったのではないだろうか。

 現状を鑑みると、そう結論付けるしかない。

 こういう時の第六感というものは馬鹿にできないのだ。

 常に最悪の事態を想定しておいた方がいい。


 今回、聖杖国は些か大胆な動きを取ってきた。

 いくら大義名分を掲げているとしても、彼らは多数の人間を虐殺し始めた。

 他国からの非難はおろか、魔王の怒りを買うとは考えなかったのか。

 不死者への憎悪があるにしても、明らかに度を超えている。


 彼らも馬鹿ではない。

 現在の魔王軍がどれだけの力を持っているか知っているはずだ。

 本当に救いようがないほど愚かなら、先代魔王が活動していた時期に滅んでいる。


 此度の虐殺に関しても、彼らなりの策がある気がした。

 聖杖国は、無為に自国民を死地に追いやる真似はしない。

 戦いに敗北して面子が潰れることを、彼らは何よりも恐れているからだ。

 華々しい勝利と栄光こそ、聖杖国にとっての誉れであった。


(聖杖国は、何かを隠し持っているのかもしれない)


 それも魔王軍に対抗できると判断するに足る何かがである。

 大抵の問題なら、グロムとヘンリーの力で打破可能だ。

 彼ら二人だけでも、通常の軍勢を相手にできるほどの戦力に達している。


 しかし、今回に関しては不安が拭えない。

 彼らが何の連絡も寄越さず、帰還してこないのは不自然すぎる。

 日中は他の事務に追われて気に留めていなかったが、もう少し早い段階で気付くべきだった。


(念のために見に行くか)


 暫し考えた末、私は判断を下した。

 別に大した労力ではない。

 転移魔術で様子を確かめるだけだ。

 もし問題なく戦闘を展開しているだけなら、私の杞憂に終わる。

 ルシアナ辺りからは心配性だとからかわれるかもしれないが、それでいい。


 私は感知魔術を行使する。

 意識を領内の東部へと拡散させた。


 その途中、抵抗感を覚える。

 隠蔽の術式が用いられており、範囲内の情報が不明瞭だった。

 一見すると異常が感じられないように細工が施されている。

 ここからだと、範囲内で何が起こっているのかよく分からない。


 そこは都市の只中だった。

 ちょうど迎撃軍を派遣した地帯である。

 周辺一帯を探るも、彼らの反応は探知できない。

 グロム達は都市内にいるようだ。


「…………」


 私は無言で玉座を立った。

 そばの台座に載せられた水晶に注目する。

 内部にはあの人の遺骨が浮かんでいた。

 私は水晶の前に跪き、あの人に向けて告げる。


「――お借りします」


 台座に立てかけた形見の剣をそっと手に取る。

 先代魔王と今代勇者を斬った武器だ。

 この剣には様々な因果が複雑に絡み合っている。

 何の特殊能力も持たないただの名剣だが、私にはそれが感じられた。


(きっとこの剣は持っていくべきだ)


 漠然とした予感ながらも、そんな気がした。

 魔王としての在り方が主張するのだ。

 間違った選択ではあるまい。


 何はともあれ、迎撃軍のもとへ向かわねばならない。

 私は転移魔術を起動し、行き先の状態を探る。

 その中で阻害術式や罠の結界を壊して、件の都市へ飛んだ。

 視界が夜の街並みに切り替わった瞬間、全身を強い痺れが襲う。


「むっ……」


 呻いた私は、地面に膝をつく。

 身体の表面を熱したナイフで削がれるような感覚があった。

 手足が鉛で固められたのかと思うほど動かしづらい。


 聖魔術だ。

 周囲一帯に聖魔術が展開されている。

 世界樹の森の聖気とは比較にならない。

 本来、大魔術に分類されるであろう出力を発揮しながらも、広域に渡って張り巡らされていた。

 この分だと、都市を丸ごと覆い尽くしているのではないだろうか。


 とにかく、このままでは埒が明かない。

 私は魔術によって身体の保護を図る。

 術の起動に合わせて、骨の蒸発が治まった。

 ただ、これも損傷が完全に止まったわけではなく、あくまでも浄化速度を抑えているだけに過ぎない。

 いずれ身体は朽ち果て、骨の髄まで消滅するだろう。


 否、それだけで済めばいい。

 死者の谷の権能を持つ私は、支配する別のアンデッドを媒体に蘇ることができる。

 しかし、この聖魔術は強力すぎる。

 下手をすると、私の魂まで破損させる恐れがあった。

 最悪の場合、蘇りに失敗するかもしれない。


 とにかく常軌を逸した効力の聖魔術だ。

 間違いなく聖杖国の仕業だろう。

 このような高度な術を使える者を私は知らない。

 複数の術者による儀式魔術だろうか。

 明らかに個人で行使できる領域を超えている。


(ただ、これだけの術を短時間で準備できるとは思えないが……)


 長い時間をかけて築かれた敵陣地に飛び込んだのならまだしも、ここは魔王領の都市である。

 聖杖国が居座れたのは、半日程度が精々だろう。

 儀式魔術を行使するには圧倒的に時間が足りない。


「ま、おう……さ、ま……」


 背後から掠れた声がした。

 物陰から這い出てきたのは、グロムだ。

 彼は全身が破損し、下半身に至っては原形を留めていなかった。

 八本あった腕も、既に六本が朽ちている。

 浄化の影響を受けているのだ。


「お、逃げ……くだ、さ――」


 グロムは私に警告しようとする。

 その時、彼方から伸びてきた光の鎖が彼の胴体を捉えた。

 矛のように鋭利な先端があっけなく貫通し、グロムを地面に縫い付ける。

 白煙を上げるグロムは、地面に突っ伏して動かなくなった。


「あれぇ? 何か変なのが増えてるじゃん。まあ、いいや。殺しちゃおうっと」


 妙に明るい少女の声がした。

 ほぼ同時に光の鎖が飛来する。

 私は形見の剣でそれらを弾き落とすと、声の主に視線をやった。


 街の通りの先に、居並ぶ人間の姿がある。

 見える範囲でも数百はいるだろう。

 各所に控える者を含めると一万は下るまい。

 発動したままの感知魔術は、あちこちに潜む人間の気配を掴んでいた。


 彼らは白い軍服を着込み、魔術的な装飾を装備している。

 十字架を模した国旗の柄が、聖杖国の所属であることを示していた。


 その先頭に、一人だけ風貌の違う者がいる。

 純白の外套に手には立派な杖。

 金髪の髪を揺らして佇むのは、加虐的な笑みを浮かべた少女であった。

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